明石家さんま 若手極貧時代

明石家さんま 若手極貧時代

玄関はダイヤル鍵。解錠番号は「113(よいさんま)」風呂ナシ、WCナシ、照明も漏電で壊れてナシ。テレビは全チャンネル、砂嵐。ビールケースを並べてベニヤ板を置いたベッド。ガラスがなくビニール袋を貼りつけた窓。兵庫県西宮市のそんな部屋にお笑い怪獣は生息していた。


和歌山県生まれ、奈良育ちの明石家さんまは、高校卒業後、落語家の笑福亭松之助に弟子入り。
最初は奈良の実家から兵庫県西宮市鳴尾町の師匠の家まで90分かけて通っていたが、やがて西宮に4畳半1間、家賃5500円の部屋を借りた。
そして弟子になって2ヵ月後、異例の早さでデビュー。
それは新喜劇と並ぶ吉本の定番演劇、コントと歌とダンスで構成される「ポケットミュージカル」で、白塗り、女物の着物姿でオカマ役を10日間演じた。
その後、漫談でも舞台デビュー。
開演前の前座で、まともにをみている客はおらず、ギャラは250円。
さらに弟子入り半年足らずで「笑福亭さんま」として落語でもデビューし、1200円のギャラをもらった。

さんまは弟子っ子としての仕事や稽古が終わった後、よく奈良に帰って友人に会っていたが、ある日、高校時代の1番の相棒、大西康雄の家に向かう途中、幼馴染で高校まで一緒だった女性に遭遇。
喫茶店に入って1時間ほど昔話に花を咲かせた。
女性は、長い黒髪で顔はアン・ルイス似でスタイル抜群。
交際していた男性に何度も暴力を受け、少し前に別れていて、実家の両親とは合わず、外に出ればその男性が現れるのではないかと怯え、心が休まるときがないという。
そしてさんまのトークで笑顔になった女性はいった。
「ああ、何もかも捨てて2人でどこか遠くに行きたいなあ」
2人は、翌週の同時刻同場所で会うことを約束。
結局、つき合い始めた。
その後、さんまは
「コイツを守ってやれるのは俺しかいない」
「芸をとるか、愛をとるか」
「同棲しながら弟子修業はできない」
と悩み続けた。
「冷静に考えれば関西のどこかで一緒に住みながら弟子修業を続ければよかった」
が若さのせいか、「上京」という言葉に憧れがあったせいか、東京行きを決断。
女性に
「俺が先行って向こうで生活の基盤をつくるから、それから一緒に東京で住もう」
と伝えて同意を得た。

そして西宮のアパートを引き払った後、笑福亭松之助に電話。
「あ、師匠、さんまです」
「おお、どないした」
「師匠、電話ですんません。
やめさせていただきます」
「女か?」
明らかに寝不足でみるみるやつれていき、珍しく仕事でもミスをするさんまをみて、松之助はウスウス気づいていた。
「・・・は、はい。
ホンマすんません。
すんません」
さんまは、電話を切った後も謝り続けた。

東京に着くと高校時代の同級生が住む社員寮へ行き、翌日から部屋探し。
出した条件は

・家賃1万円以内
・場所は、映画「男はつらいよ」の主人公、車虎次郎の生まれ故郷、葛飾区柴又

そして探し当てたのが「幸楽荘」
木造2階建て、4畳半1間、風呂なし、炊事場、トイレ共用、家賃8000円。
同級生の部屋を出ると、翌日から職探し。
しかし簡単には見つからず、13万円あった所持金は残りわずかになり、高校時代に腕を磨いたパチンコ店へ。
以後、

喫茶店で朝食

10時からパチンコ

喫茶店で昼食

閉店までパチンコ

喫茶店で夕食

銭湯

というパチプロ生活が始まった。
角刈り頭、上下黒のジャージ、女物のピンクのサンダルという姿で、まだ手打ちだったパチンコ台を1日2~3回打ち止めにすることもあったが、ある日、
「パチプロお断り」
といわれ出入り禁止。
他のパチンコ屋に鞍替えするも勝率が下がり、瞬く間に所持金が減っていき、喫茶店に通うことも出来なくなった。
「もう夢もクソもなかった」
というさんまは2日間何も食べず、ずっと部屋で寝ていたことが6回。
その度に同級生に食事に連れていってもらった後、お小遣い5000円をもらった。
最初は恥ずかしかったが、最後は黙って手を出してお金を要求することができた。

1974年10月14日、38歳の長嶋茂雄が38歳で引退。
17年間で、通算444本塁打、首位打者6回、最多安打10回。
守備でも華やかなフィンプレーでファンを魅了し「ミスタープロ野球」と呼ばれた男は
「私は今日ここに引退いたしますが、我が巨人軍は永久に不滅です」
コメント。
その勇姿をパチンコでとった5インチのポータブルテレビでみたさんまは、
「アカン、俺、スタート地点でつまづいてる」
いてもたってもいられなくなり浅草の演芸場を訪ねて回り
「大阪で芸人やってた者です。
幕前で結構ですから漫談やらせていただけませんか」
と頼んだが、どの劇場でも
「まず誰かの弟子について修行しないとダメ」
と断られた。
船橋のストリップ劇場も回ったがことごとく門前払い。
途方にくれた。


「とにかく働かないと」
さんまはパン屋の求人広告が貼ってるのを発見するとすぐに応募。
白い帽子と調理用の白衣をまとって肉まんとアンまんを販売。
そしてパチプロ時代に通っていた喫茶店ののマスターに
「ウチに来たら?
夕方から閉店まで手が足りないんだよ。
夕食つきで自給もウチのほうが高いし・・」
と誘われ、白いシャツに黒のスラックス、黒のボウタイを締め、16時半から24時までホールスタッフとして勤務。
いつもニコニコ笑顔、もみ手をして愛想よく接客。
1週間もすると常連客を大笑いさせるようになった。
閉店間際、蛍の光のBGMが流れ始めると
「ええ、皆様、本日はご来店、誠にありがとうございます。
本店は12時をもちまして本日の営業は終了となります。
本日も本店、ならびに杉本高文のために絶大なるご支援を頂きまして誠にありがとうございます。
本日の営業はこれで終わりますが我が本店は永久に不滅です!
またのご来店、お待ちしております」
と長嶋茂雄の引退スピーチをパロって大ウケ。
これが通常業務の1つとなり、この閉店間際に行われるスピーチや漫談に合わせて来店する客も現れた。
喫茶店の先輩店員は
「この人は何者なんだ」
と驚いた。

そんなとき奈良にいた女性が上京してきて、2人は一夜を過ごしたが、さんまは
「一緒に暮らそう」
といい出せない。
女性もそのことにふれないまま、翌日、帰っていった。
さんまはどうしようもない苛立ちを抱えながら新幹線を見送った。
喫茶店の先輩店員、宮島、坂本、松本はいずれも学生でさんまと同世代。
4人は仕事が終わると銭湯に行き、その後、喫茶店に戻ってマージャン。
喫茶店が休みの日は4人でパチンコ屋に行ったり、女子学生とコンパやナンパ。
さんまは、10時からパチンコ、夕方からアルバイト、深夜から朝までは仲間と遊ぶという生活をほとんど寝ないで送った。
楽しく過ごす時間はすべてを忘れさせてくれた。
一方、奈良の高校時代の同級生たちが次々と幸楽荘にやってきた。
さんまの才能を信じて疑わない彼らは旅費を出し合って代表者を東京に送り
「帰って来い」
「師匠に謝って修行し直たらええやないか」
と説得。
しかしさんまは女性と暮らすことはできないまま、東京で1人、年を越した。


2ヵ月後、喫茶店のマスターが千葉の松戸駅西口にライブハウス「DIME(ダイム)」をオープンさせ、さんまは毎週土曜の夜、そのステージに立った。
ギャラは破格の1万円。
さんまは感謝しながら精一杯、喫茶店とDIMEで仕事をした。
数回、DIMEのステージの立った頃、再び奈良から女性が上京してきた。
2人は幸楽荘で夜を過ごし、翌朝、さんまが目を覚ますと女性の姿はなく、ちゃぶ台の上に手紙があった。
そこに書かれた別れの言葉を読み返しながら、さんまはこの半年間を振り返った。
「俺は東京に何しに来たんやろう」
数日後、高校時代の1番の親友、大西康雄が上京。
「もう帰って来いや」
といわれると、もう抑えることはできなかった。
無我夢中で新幹線に乗った。


そして兵庫県西宮の松之助の自宅へ向かい、インターホンを押した。
ドアが開き、康子夫人と対面。
「ご無沙汰してます」
「寒かったやろう。
上がって」
「いや、僕はもう敷居またげませんから、表で待たせてもらいます」
「なにいうてるの!
早よ、上がりなさい」
「あっ、さんま兄ちゃんや」
松之助の2人の息子に手を引かれ、家の中へ。
(師匠に合わせる顔がない)
いますぐ逃げ出したいような気持ちでいると松之助が帰ってきた。
「お客さんか?」
玄関で男物の靴をみた松之助がいうとさんまの心臓がバクバクしてきた。
そして松之助が部屋に入ってくると
「師匠!」
とすがるように叫んだ。
この後、さんまは1度東京に戻って、挨拶と後片づけをして、再び大阪で松之助師匠の弟子となった。

そしてさんまは奈良の仲間に帰ってきたことを報告。
「よう帰ってきた」
「もう大丈夫や」
「もう寄り道せんと真っ直ぐいけよ」
「絶対売れる、俺が保障する」
と励まされた。
そして実家に向かい
「高文や。
高文が帰ってきた」
「早よ、入り」
といわれ、久しぶりの一家団欒を楽しんだ。
しかしその後、自分の部屋が物置のようになっているのをみて
「もうここは自分の居場所じゃない」
と2度と実家に戻らないことを決めた。

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