壮絶! 大西秀明 生まれながらのお笑いモンスター

壮絶! 大西秀明 生まれながらのお笑いモンスター

優しすぎて純粋すぎて、そして面白すぎるジミー大西。そのケタハズレのエピソードと天然ボケにはどんな芸人もかなわない。人々に爆笑と癒しを与える最強のお笑い芸人である。


ジミー大西。
1964年1月1日、大阪生まれ。
本名、大西秀明。
ヒデアキは、1月1日生まれという豊臣秀吉の「秀」と明けましておめでとうの「明」を組み合わされて命名された。
「僕んとこの家ね、ロングハウス(長屋)やったんです」
という家は、西に大阪市、東に奈良に隣接している八尾市にあった。
大阪府八尾市は、橋下徹、豊川悦司、桑田真澄、中村あゆみ、天童よしみ、清水翔太、河内家菊水丸らの出身地でもある。
大西の父親はお酒が大好きな長距離トラック運転手。
座右の銘は
「女は車で落とせ」
休みの日、
「京都 連れてったるわ」
といわれ、2人の息子を連れて自分の会社にへ移動。
「これ乗っとけ」
といったのは会社にあった京都観光のバス。
大西と2歳上の兄がその中に入ると、女の人がやってきて父親とどこかに行ってしまった。
2人は動かないバスの中で待機したが昼になっても父親は帰ってこない。
ひたすら待って、夜になってやっと帰ってきた父親に
「さぁ家 帰ろうか」
といわれた。
「えっ 京都は?」
「これ京都いった車や」
その後、家に帰ったが大西には
「あの女の人は誰や?」
という謎がずっと残った。

「小学校2年まで喋れへんかったんです。
だから言葉の記憶っていうのがホントに僕の中ではないんです」
という大西は、人と話さないので友達もおらず、1人で空想して1人で遊ぶ少年で、頭にカナブンを乗せれば飛べるはずと思い、屋根から飛んでケガしたり、イスを神輿にして担いで遊ぶ「1人神輿」をしたりしていた。
「水がバ~流れてるとこ(側溝)、あるじゃないですか
あれをカチャカチャカチャカチャって、音鳴らして電車ごっこしてたんです」
と謎の遊びに興じることもあった大西は、あるとき家から徳用マッチを持ち出し、納屋で1本1本火をつけて火遊びをしていた。
「同じ色でも全部、色も形が違う」
とウットリと見とれていたが、落としたマッチが枯れ草に引火し、アッという間に燃え広がった。
脱出した大西は、物陰から、大人が消火作業するのをみていた。
「火つけたん誰や。
見つけて火あぶりにたる」
消火作業をしていた人がいうのを聞いていたが、結局、自分の仕業であることがバレて
「火あぶりのほうがマシ」
と思うほど厳しく叱られた。
また一時期、バキュームカーが大好きだった。
「バキュームカーの人になりたかってん。
ガ~ 来て、吸うて、シャ~いうて、ほんでシュ~いうて、ポ~ンっていう、その音が。
最後ね。
最後、ポ~ンっていう音がハマってもうて」

小学校3年生のとき、喋れない上、成績もクラスで最下位の大西は、みんなにからわれていた。
しかしマキちゃんだけは味方だった。
数人に囲まれ小突き回され、身を縮めていると、マキちゃんが
「アンタらなにやってんの」
といって助け、濡らしたハンカチを顔に当ててくれた。
マキちゃんは、みんなの輪に入れないし、入ろうともしない大西の手を引っ張って、花いちもんめの中に入れた。
花いちもんめは、2組にわかれ、横一列に手をつないでジャンケンで勝った組から歌い始める。
「♪勝ってうれしい花いちもんめ♪」
と3歩進んで足を上げ、3歩後ろに戻る。
『♪負けてくやしい花いちもんめ♪』
負けた組も前に3歩進んで足を上げ、3歩後ろに戻る。
「♪となりのおばさんちょいときいておくれ♪」
『♪オニがこわくていかれない♪』
「♪おかまかぶってちょいときいておくれ♪」
『♪おかま底ぬけいかれない♪』
「♪ふとんかぶってちょいときいておくれ♪」
『♪ふとんビリビリいかれない♪』
「♪それはよかよか どの子がほしい♪」
『♪あの子がほしい♪』
「♪あの子じゃわからん♪」
『♪この子がほしい♪』
「♪この子じゃわからん♪」
『♪丸くなってそうだんしよう』
「♪そうしよう」
お互い組で相談した後、
「♪花いちもんめ、・・・ちゃんがほしい」
『♪花いちもんめ、・・・君がほしい』
相手の組の中から欲しい人を決めて指名。
指名された2人でジャンケンをして負けた人は相手の組に入る。
これを最後の1人が負けるまで続ける。
大西は、指名されず最後まで残り
「花いちもんめ、マキちゃんが欲しい」
といったが
『花いちもんめ、大西君はいらない』
とみんなにいわれ終了。
マキちゃんは、その後、大西の国語のノートに書いた。
「花いちもんめ、大西君が欲しい」

大西はお返しに屋上の床にチョークでマキちゃんの好きなリンドウの花を描いた。
リンドウは本来の紫色だが、赤や青のリンドウも描いた。
それをマキちゃんにみせ、その笑顔にみて
(・・・す、好き)
と思った。
その後、
「自分の心が、どんどん どんどん、もう好き 好き 好き 好きってなってもうて・・・・」
という大西は、もうたまらなくなってしまい
「マキさん、好き」
といってしまった。
「何ていうた?」
「もう1回いうてみ」
周囲にいわれ、
「マキさん、好き」
というと
「うわ~」
「大西がしゃべった」
「しゃべった しゃべった」
と教室は大騒ぎになった。
大西は、しゃべられなかった理由を
「引っ込み思案は引っ込み思案なんですけど、大っきい石が乗ってるような感じ」
と表現しているが、このときその石はなくなった。
こうしてマキちゃんに告白した後、マキちゃん以外の同級生にも心を開くようになった。
夏休みに入ると会えないのがガマンできずにマキちゃんの家を訪ねた。
しかしいつも誰もおらず家の前で待っていた。
毎日のようにマキちゃんの家に通っていたが、ある日、いつものように呼び鈴を鳴らすと母親が出てきて
「ごめんね、マキは今、田舎に帰ってるの」
といわれた。

そして夏休みが終わって、明日は待ちに待った新学期。
「マキちゃんに会える」
と大西の気持ちは昂ぶり、母親の化粧水を服につけて登校した。
しかし、いつまでたってもマキちゃんは学校に来なかった。
翌日も化粧水をつけて登校したが、マキちゃんは来ない。
9月16日、朝礼の時間に担任の先生が
「実は悲しいお知らせがあります。
昨日、マキさんは病気のためお亡くなりになりました」
と告げた。
「あまりにも衝撃的過ぎましたね。
亡くなったっていうのは、ホントに逢えないっていうのは、これほどないくらい衝撃でした。
僕にとっては人が死ぬとか、生きる死ぬっていう意味がわからないんですよね。
最初は、あぁ転校するのかぁとか、そういう感覚でした。
死ぬという実感がまったくなくて」
大西はもう逢えないなんて信じられなかったが、マキちゃんの机の上に花が置かれるとようやく彼女の死を実感。
誰よりも早く教室に行き、花の水をかえ、それをみんなに知られないように家に戻りみんなと一緒に登校。
公園などできれいな花を見つけると、机の上の瓶に活け、
「花が増えてる」
とクラスで噂になった。
クリスマスイブの日、大西は担任の先生に呼び出された。
「2学期で、机の上に花をかざるのはやめて、席替えをしようと思ってるの。
いい?大西くん」
2学期の最後、席替えがあって、大西は偶然、マキちゃんの席になった。
机の中には1枚のハンカチが残っていて宝物にした。


大西は、勉強は苦手だったが運動は得意で、4年下に桑田真澄(PL学園、巨人、ピッツバーグ・パイレーツ)がいる強豪少年野球チーム「八尾フレンド」に所属。
八尾市立成法中学でも野球部で活躍した。
14歳のときに顔が急に変わり、かわいらしさが削げ落ち、ついたあだ名が
「ガッツ石松が試合に負けたときの顔」
だった。
勉強はまったくできず、テストの点数は5教科合わせて10点とれるかとれないかだったが、野球部の遠征で船で鹿児島を訪れたとき、将来の夢を「船乗りさん」に決めた。
「1泊するじゃないですか。
で、あの港から離れていくのにすっごく、もう感動して。
汽笛の ポ~ ポ~っていうのが。
俺は、絶対、船乗りになりたいと思って。
ほんで 学校の先生にいうたら商船学校は国立なんで、地球がひっくり返ってもいけませんっていわれたんです」
結局、大西はスポーツ推薦で強豪の大商大堺(大阪商業大学堺高校)に進学した。

野球ではよくブロックサインが用いられる。
例えば、

・鼻:キー
・耳:バント
・口:ヒットエンドラン

と決めておき、

・鼻をさわってから耳をさわれば「バント」
・鼻をさわってから口をさわれば「ヒットエンドラン」
・鼻を触らずに耳や口をさわってもノーサイン(サインなし)

となるが、実際は

・帽子、鼻、耳、胸とさわって「バント」
・耳、口、鼻、口とさわって「ヒットエンドラン」
・帽子、口、耳、帽子とさわってノーサイン

など複雑に動く。

これだけでも覚えるのが大変なのに大阪商業大学堺高校高校野球部では

・ベルトを触ったらプラス1
・肩を触ったらマイナス1

など足したり引いたり、計算が入った。
大西はバッターボックスでサインをみてわからない頭をかきむしり、グラウンドに書いて計算し始め、それでもわからずまた頭をかきむしった。
「代打で出してもらったんです。
ノーアウト ランナー1塁で。
打つとこのサイン難しかったんです。
足し算 引き算が入るんです。
ここは例えば、5 4 3 2 1って。
…で 足し算 引き算あるんです。
ほんで 2がバント 1が盗塁っていうふうにやるんです。
ほんで ランナー1塁 出てて、監督が こう出したんです。
ほんなら 「あれ?何で? マイナス3ってあったっけ?」
なかったよな なかったよな思って、頭テンパって。
ほんで もう1回、サイン出してくださいって。
ここ ベルト触るともう1回 サイン お願いしますと。
次こそ間違うたらアカン 思って
見ながら こうやって
書いて行ったんです。
5…、地面に。
-3って書いたら 監督が「タイム」
待て待て待て待て、何してくれん 。
相手に分かってまうやんけって。
向こうも、もう大爆笑してもうて
アホやわ、アホやわっていうて」

こうして1年の夏以後、選手として試合に出ることはなくなり、雑用やマネージャを行うようになった。
120人いた新入部員が半年で40人に減るという超ハードな野球部で
「選手のときはピッチャー以外、一通りポジションを経験しました。
ただマネージャーになってからもやめず、3年間、野球は続けました」
という大西だが、周囲のスポーツエリートたちのイジりはウルトラハードだった。
裸踊りをさせられたり、裸で冬に池に放り込まれた。
電話ボックスに押し込まれ、学校に
「爆弾を仕掛けた」
とイタズラ電話をかけさせられたときは
「おう、大西、はよ学校来い」
といわれ、
「はい」
と答えてしまい、タップリ怒られらた。
津久野駅で
「次に来る快速電車に乗りたいから何とかして停めろ」
と裸で線路に突き落とされ、電車が緊急停車。
駅員に捕まり、学校は停学処分となった上、両親は賠償金、数百万円を請求され借金して支払った。
大西は、これ以外に2度、合計3回停学になった。
それは

・理科の授業中、ピンセットをコンセントに突っ込んで、ピンセットが半分溶け、手をヤケド
・文化祭で「ビックリ人間」として校舎2階から傘を持って飛び降りた

大西は文化祭や体育祭で必ず何かをやり、女子高の文化祭にも飛び入り参加した。
友人とよくポルノ映画を観にいって、1番前の席に座って誰が1番先に「発射」するか競った。

1982年、吉本総合芸能学院「ニュースタークリエーション」、通称「NSC」が開校することになり、前年9月に第1期生の募集があり大西は応募。
選考方法は、1次選考が書類選考、2次選考が面接。
合格定員70名に240名が応募。
大西は170名の不合格者の中の1人となった。
「新喜劇が好きやったんですよ。
岡八郎のケツかいて、におい嗅いで「くっさ~ えげつな~」いうのに、もう腹 抱えて笑うてもうたんですよ。
ほんで学校の先生に進路相談で吉本に入りたいって書くんです」
その学校の先生が吉本にツテがあり、あきらめ切れない大西は喫茶店で直接面接を受けることになった。
吉本の部長は差し出された高校時代の通信簿をみた。
体育と美術が2で、それ以外は1。
「大西君、お笑い好きか?」
「好きです」
クリームソーダのストローに息を吹き込み、ブクブクさせて遊んでいた学生服の大西は、ニカニカしながらギャグマンガ「嗚呼!!花の応援団」を差し出した。
「マンガ家の弟子になったらエエやん!」

「もしウチに入ったら誰に弟子入りしたい?」
「でし?・・・・早見優!」
「な、なんて?」
「早見優ちゃん」
「ま、かわいいわな・・・・」
アイドルでは早見優と石田ひかりが好きだった大西は、うれしそうにクリームソーダを飲んだ。
こうして高校在学中から吉本で働き出した大西は、NSC1期生であるダウンタウン、ハイヒール、トミーズらより数ヶ月先輩である。
仕事は、なんば花月でセットを組んだり、進行係や掃除、雑用をした。
漫才の最中に緞帳のスイッチを入れたり、突然ベルを鳴らしたり、失敗を連発。
あるとき幕を上げたり下げたりする係だった大西は、マジックの舞台でマジシャンが箱から出てくるオチなのに出てくる前に幕を下ろしてしまった。
箱から出てきてマジシャンは
「どうなってんねん」
と怒った。
そして舞台袖に出番待ちの若い女優が来る度に、なぜかトイレに駆け込み、やけにスッキリした顔をして出てきた。
ちなみに大西は性欲が強く
「1人でやるやつは最高は1日13回」
といっている。

「西の郷ひろみ」といわれ、アイドル的人気を誇った明石家さんまが出演する日、なんば花月はプレゼントを抱えてつめかけた女性ファンでごった返した。
花月の楽屋で芸人の世話をするお茶子の狭間トクは、さんまが楽屋入りする時間になると
「はいはい、どいてんか。
かかるで~」
と表にいって水をまいて
「水かけババア」
と恐れられた。
そして車が停まってさんまが登場すると歓声が起こる。
さんまは四方八方からプレゼントをもらいながら
「ありがとう」
と1人1人に対応し、好みの女性がいると話しかける。
「君どこや?」
「長崎です」
「おう、長崎のどこや」
「佐世保」
「オレにも佐世保」
至近距離で下ネタを放たれた女性はうれしがった。
人ゴミにもみくちゃにされながらを楽屋口へ。
「お疲れさんです」
迎えに出て来た村上ショージが挨拶。
「お帰り」
楽屋へ続く廊下をプレゼントを抱えて歩くさんまに、芸人たちが声をかけた。


こうして劇場入りしたさんまは、出番まで楽屋で過ごし、ステージを終わると再び楽屋でくつろいだ。
「あーあー果てしない♪
あーあー♪」
誰かが大都会を歌い出せば
「お前はターザンか」
と村上ショージがツッコむ。
「さすがショージ兄さん」
「なっ、この良さがプロデューサーにはわからへんねん」
「兄さんのギャグが高級すぎるんちゃいますか?」
「高級、サンキュー、オレの手取り8300円」
「兄さん、キレがある。
勉強になります。」
「キレがあるのに笑いがない。
誰がや!
ドゥーン!」
村上ショージ得意の3段オチと後輩にヨイショが飛び交う中、やがてさんまは立ち上がる。
本来、花月から出るにはロビーを通って正面から出るか、裏の楽屋口から出るか2つに1つ。
しかしさんまは第3の道を行く。
出待ちのファンをかわすため、風呂場の窓から脱出し、建物の横の細い道に出た。
狭間トクは一緒に風呂場から出ようとする村上ショージに怒鳴った。
「お前は堂々と表から出え。
誰も追いかけてくるか」
「エエやんか。
今から兄さんとメシを食いに行くねん」
「お前は10年早い。
表からや」

ある日、大西は進行係をしていた。
「すいません、師匠、出番5分前です。
お願いします」
といいにいくのが仕事だったが、横山やすし・西川きよしの出番なのに中田カウス・ボタンを呼びにいってしまった。
「すいません。
出番 お願いします」
「何や、どういうことや?
これトリとちゃうやろ」
といわれ、大西はハッとなった。
「お前 反省しとけ!」
「はい」
大西は、
(大変なことしてもうた)
と素直に反省。
トイレットペーパーをちぎって、片方を自分のチンチンに、もう片方を階段の手すりにくくりつけた。
(これ切らん、切りません)
いつもように楽屋で楽しんでいたさんまは
「キャーッ」
女性の叫び声がしたので向かうと廊下から2階へ続く階段の途中で、下半身裸の男が立っていた。
これが大西と明石家さんまのファーストコンタクト。
「お前 なんちゅうねん?」
「大西です」
「何やってんねん?」
「ボタン師匠の出番 トチりまして反省してます」
大西は髪の毛をかきむしり、体を反転させた。
「こっち向けるな」

師匠が下した罰ならば勝手に解くことができない。
さんまは、中田ボタンの楽屋に事情を聞きにいき、再び現場に戻ってきた。
「ボタン師匠な、知らんいうてはったで。
ミスしたんやったら反省を態度で示せとしかいうてへんて。
なんでこうなんねん」
「チンチンくくったら反省やと思うて」
「なんでチンチンなんや」
「1番大事なところですから」
「ほかにも大事なもんあるやろ」
大西は首を捻ったが思い浮かばない。
「お前にとってチンチンが1番なんや」
大西は笑顔で大きくうなずいた。
「お前、子供と同じレベルやな。
大人がいきなりチンチンみせてもビックリするだけやで。
単なる変態やんか。
第一、フリがないしな」
「フ、フリて?」
「そうか、まだフリ知らんか。
笑いはフリとオチ、緊張と緩和や」
「金魚とカンチョウ?」
「金魚に寛腸しても入らんやんか。
動くし」
「ハッハッハッ」
大西は豪快に笑った。

以後、大西は、さんまがなんば花月にやて来るたびに追いかけ回した。
そして
「何か役に立ちたい」
というひたむきな気持ちを空回りさせ続けた。
ある日、さんまがなんば花月のステージから拍手を受けながら袖に引っ込むと、コーヒー、ジュース、炭酸飲料、栄養ドリンク、10本近い飲み物を抱えた大西が待っていた。
「ど、ど、どうぞ」
「いらんて」
さんまは無視して横をすり抜けると大西は胸で抱えていたドリンクを落とした。
「アッ」
転がるドリンクを追いかけ、ステージの真ん中へ。
ステージ上の芸人もネタを中断し、拾い集め、スタッフが舞台袖から走り、大西を引っ張り出した。
さんまはその様子をあっけにとられながらみていた。
さんまが楽屋に戻ってみんなをしゃべっていると、すぐに大西がやってきて輪に入ってきた。
「なんや空か」
さんまがタバコの箱を潰すのをみると大西はすぐに反応。
さんまは後ろから肩をたたかれ、みると大西が満面の笑みでタバコを差し出した。
しかしそれはすでに封が切られている上、銘柄が違った。
「そんなんイランて」
大西はシュンとなって下がった。
その後、出番を終えて帰ってきた芸人が
「ワシのタバコ知らんか?」
といって探し始めた。
「ワシのやないか!」
「わ、渡そうと思ったんです」
「あっ?」
凄まれた大西は
「あげます」
といって逃げ出した。

公演が終了し、人がいなくなったなんば花月のロビーを掃除していた。
舞台進行係ではミスを連発させるが、掃除をすればダントツで1位。
誰よりもピカピカにきれいにする大西は、この日もモップを持って、床を隅から隅まで力をこめて丁寧に磨き、時々、床に頭を寄せてペロッとナメた。
「わっ、なんやお前」
という声がしたので見上げると村上ショージがいた。
「美味んか?」
「わりと大味です」
「そうか、出汁が足らんか・・・ていうてる場合か!
何してんねん」
「オバちゃんにナメてエエくらいキレイにせいいわれまして・・・」
「ああ、それで!
いやいや、ほんまにナメんでええやろ」
大西は、先輩のノリツッコミに頭をかきながら笑った


さんまは自分の野球チームを持っていた。
チーム名は「スティング」
由来は、1973年に大ヒットした、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード主演の犯罪コメディ映画。
「野球の試合は仕事より最優先や」
というさんまは、そのときも野球のことを話していた。
「明日のメンバーそろったんか?」
(明石家さんま)
「あと1人足らんのですわ」
(村上ショージ)
「明日はナシやな。
なんか食うて寝よ」
(Mr.オクレ)
「アカン、アカン」
(明石家さんま)
それを話を聞いた大西は、息を荒くしながら寄っていった。
「んっ?」
気配に気づいたさんまが振り返ると、犬のような息をしながら自分を指差す大西がいた。
そして翌日、大西は、第1打席でホームランを放った。
悠々とベースを回る大西に、さんまやショージも大喜び。
「大西くーん、すごーい」
さんまの隣に座る女性も立ち上がって手を振った。
ミニスカートにノースリーブというファッションの女性に大西は小さく手を振り返した。
そしてますます奮起し、打席でも守備でもファインプレーを連発。


スティングが1点リードされたまま最終回に突入
9回裏2アウト満塁、バッターボックスは大西。
1発逆転の期待を背負って打席に立った大西だったが
「アンタ!
もし打たれたら別れんで
やめてや!
そしたらこの子、父(てて)なし子や」
という声がして観客席をみると日傘をさした妊婦がいた。
いかにも大阪らしいヤジに笑いが起こったが、大西は顔を引きつらせた。
そして泣き出しそうな顔のまま見送り三振。
トボトボとベンチに戻ると
「すんません、すんません」
と何度も頭を下げた。
「なんで打たんかった?」
「野次が・・・」
「野次って父なし子かいな」
「ボクが打ったら・・・父なし子はちょっと」
「アホか。
あんなん冗談に決まってるやんけ」
「冗談ですか!」
大西は怒られながら笑顔になった。


「メシいくで、メシ」
さんまの一言でスティングは移動開始。
大西は、ついていいのかわからず立ち尽くしていると、ミニスカートの女性が振り返って微笑みながら手招きしてくれたので喜んで駆け出した。
スティングはさんまのマンションの部屋に入り、ホットプレートで焼肉が始まった。
「てっなんでお前おんねん」
肉を3枚まとめて口に放り込む大西に村上ショージがツッコんだ。
「大西君、がんばったやんか」
ミニスカートの女性がフォロー。
「姐さん、なんで連れてきたん?
まだコイツ、正体もわからへんのに」
「わかる。
悪い人やない」
「お前がエエいうならエエ」
さんまがいうことで反対派は沈黙。
「かっこいい。
大好き」
さんまに抱きつくミニスカートの女性。
大西の目は、その脚に釘付けになった。
「あの、ちょ、ちょっと便所、いいですか?」
大西は股間を押さえながら立ち上がり、トイレに向かった。

数分後、やけにスッキリした顔で出てきた大西は、リビングに向かう途中、階段で四つん這いになっているミニスカートの女性に遭遇。
白い太ももを舐め回すようにみた。
「なにしてはるんですか」
「ラップがここに・・・あったあった」
収納スペースから新品のラップを取り出した女性とすれ違うとき、大西はいい匂いを嗅いだ。
女性は皿に並べた肉にラップをかけながら
「大西君、モテるやろ。
野球うまいし、ええ体してるし、うち大西君みたいなスポーツマン好きやで」
といった。
「好きですか?
ホンマに?」
女性は作業を続けながら
「ウン、好き」
大西は、荒い息を吐きながら、ズボンをズリ下ろした。
「キャー」
下半身ムキ出しで近づいてくる大西に気づき、女性は、悲鳴を上げた。
「どないした!」
スティングの面々が駆けつけ、大西を引き離した。
「なにしてんねん、お前!
若の彼女やぞ」
「マネージャーやないんですか!?」
「アホか!
ものすごいわかりやすく付き合っとったわ」
さんまは大西の頭をスパンとはたいて大笑い。
大西はケツ丸出しで女性に向かって土下座。
「もうエエ。
今日は終いや」
さんまの一言でスティングの食事会はお開きになり、大西はズボンをはいた。
そして
「明日からしばらく東京やけど、迎えはいらんから」
というさんまに
「ええ、なんやいてへんのか」
とつぶやいてしまい、大西はみんなににらまれた。

ある日、新喜劇に欠員が出て、吉本は
「出るいうてもセリフは一言だけやし、アイツならギャラもいらんし」
と大西が出すことにした。
そしてよく懐いているという理由で、それをさんまに伝えてもらうことにした。
さんまは楽屋に大西を呼び、新喜劇出演の話をした。
大西はあからさまに動揺し口をパクパクさせた。
「やっぱり無理せんほうがええな。
俺が断っとくわ」
「や、やります」
「やるんかい」
「やらせてください」
「そうか。
ほな、まあがんばれよ」
「が、がんばります」
「そこは『お前もがんばれよ』や」
「お前なんていえません」
「弱い立場のヤツが強い立場のヤツにいうからおもろいねん。
権力への挑戦や。
権力に挑戦したら笑いが大きなるねん。
緊張と緩和や。
アカン、笑いを理屈で説明するとドンドンおもろなくなる。
感性でいけ、感性で」
「はい」
「『はい』はアカン。
『ようし、わかった』や」
「ようし、わかった」
「おお、今日はこの辺でエエわ。
がんばれよ」
「お前もがんばれよ」

緊急代役の大西にとって収録当日のリハーサルが唯一の練習となった。
座長の岡八郎はまず説明した。
「エエか?
セットは和室。
ここは見合いの席や。
君はジッとこの席で座ってる、見合いする女性の兄。
寡黙な兄やからメッタにしゃべらん。
仲人のワシが『お嬢さんの好きなもんは何ですか?』と聞く。
で、君が一言いう。
いくで!」
そういって岡八郎は仲人の席に着いた。
「お嬢さんの好きなもんは何ですか?」
「大西です」
「名前いうてどうすんねん」
岡八郎は顔をしかめ、大西にもう1度台本を読むよう促した。
台本には、妹の好きなものを聞かれてアドリブで答えるよう書いてある。
そして練習再開。
「お嬢さんの好きなもんは何ですか?」
「豚饅頭」
「OK。
これでいこ!」
大西はそれからずっと
「豚饅頭、豚饅頭、豚饅頭、豚饅頭、・・・」
と自分の大好物を唱え続けた。
やがてさんまが陣中見舞いにやってきて
「おう、やっとるな。
がんばりや」
と肩を叩かれた。
岡八郎や他の芸人とカラんで笑わすさんまをみて、大西の顔つきは険しくなった。
(本当に豚饅頭でエエんか?)

なんば花月に軽快なテーマソングが流れ、新喜劇が始まった。
やがて大西の出番が訪れ、
「ところでお嬢さんのこと、まだ聞いてなかったけど・・・」
「そんなあ」
仲人役の岡八郎に聞かれ、妹役の女優は恥ずかしがった。
「ほなお兄さんに聞くわ。
お嬢さんの好きなもんは何ですか?」
「豚饅頭」
というはずの大西は、口をパクパクさせながら立ち上がった。
しかしセリフは出ない
沈黙が続き、放送事故になるかと思われた瞬間
「おっ」
という声が漏れたので、岡八郎が
「お嬢さんの好きなもんは」
と再度聞いて促すと
「お、お、おめこ」
と搾り出すように放送禁止用語。
岡八郎、共演者、スタッフ、客、楽屋でスポーツ新聞を読みながらテレビをみていたさんままで全員が凍りついた。
すぐに舞台は暗転。
テレビの画面には
「しばらくお待ちください」
という文字が表示され、怒りで赤鬼のようになった岡八郎が大西に馬乗りになって殴打した。

衝撃のTVデビューを果たし、顔を腫らせた大西は、出演を仲介してくれた明石家さんまに謝罪しにいった。
「すんませんでした」
さんまは笑った。
「お前、笑いをとりにいかなアカン思うたんやろ?」
「は、はい。
けどボク、ホンマにアホやから・・・
ボク、子供の頃からアホそのものやったんです」
「そらそやろ」
「最高やな、お前!
めっちゃ笑えんで」
「笑える?」
「ああ!
新喜劇も死にそうになったで」
大西はこれまでの自分の人生を語り、自分はなにをやっても失敗するダメなやつであると説明した。
するとさんまは爆笑。
「身の上話も極上やないか」
「あの、別に笑い話じゃなくて・・・」
「お前、自分のこと、ミジメや思うてるやろ」
「は、はい」
「アホ、お前にミジメって言葉、死ぬほど似合わんで」
自分ほどミジメな人間はいないと思っている大西は唇をかみ締めた。
「笑ってみ。
笑い飛ばしてみ。
そしたらな、今までの自分とか、お前のことイジめたりからかったヤツとか、全部見返せんで」
「・・・・・・・」
「あんな、この世に笑んことなんていくらでもあんねん。
けどな、それを面白いって笑ったら、笑ったもんの勝ちになるんや。
そういう風にできてんねん。
笑ってみ」


後日、大西は、さんまの指令を受けた村上ショージに腕をつかまれて連行された。
「無理です」
「お前、チンチンくくれるんやったら腹もくくれ」
「ボ、僕、新喜劇は無理です。
八郎師匠の顔、2度とみたくないです」
さんまは大西にもう1度新喜劇に入るように厳命していた。
そして座長との顔合わせが行われるこの日に逃げることを見越し、村上ショージを迎えに行かせていた。
劇場に着くと舞台上に大勢の役者やスタッフが並び、その前に岡八郎、間寛平、花紀京、3人の座長が立っていた。
全員を代表して岡八郎が説明した。
「新人が新喜劇入るときは、どの座長の舞台にいっちゃん多く出たいか選ぶんや」
続いてショージがいった。
「ほんでな、選んだ座長に掘られるんや」
「ほ、ほ、ほ、」
「世話になるんやから全部差し出さなアカン。
さあ誰にするんや。
はよ選べ」
実はこれはドッキリ。
みんな大西が、どう拒み、逃れようとするか、笑いをこらえて反応を見守っていた。
すると大西はあっさり
「寛平さん」
と指名。
「えっ、オレ?」
寛平がいうと、大西はベルトを外し、ズボンとパンツを脱ぎ捨て、舞台に向かって走り出した。
「寛平さん、掘ってください」
四つん這いになってケツを寛平に向けた。
「イヤや、ケツ汚い」
「覚悟決めたんです」
岡八郎はドッキリだとバラそうとしたが、逃げる寛平を下半身裸で追いかける大西にはその声は届かなかった。

こうして芸人の道を歩み始めた大西は、初日に、
「呼んできて」
といわれ楽屋にいった。
するとコワモテの先輩は寝ていて、起こさなくてはいけないが怖くてどうしていいかわからない。
それを横からみていた先輩芸人が
「いつまで寝とんねんいうたったらええねん」
とアドバイス。
「いつまで寝とんねん」
大西が大声でいうと先輩は飛び起きて
「誰にいうとるねん」
と殴られた。
また数日後、小道具として
「骨が折れたレントゲン写真が欲しい」
と頼まれた。
頼んだ側は、
「適当な写真を借りてきて」
といったつもりだったが、大西は
「自分の骨を折るしかない」
と道で拾った石で何度も自分の体を打って肋骨を折ろうとした。
そして病院へいき、医者に
「骨は折れとらんわ。
よかったな」
といわれると
「よくないわ」
と返した。
そんなことが何度もあって大西はゲッソリとなってしまい、Mr.オクレに
「死んだ?
死にたい?
どっち?」
といわれた。

大西は、寛平にケツを向けた1週間後にはあまりのツラさに辞めようと思っていた。
そんなとき新喜劇に新人として片山理子が入ってきた。
「大西、お前と同い年やから仲良うしたり」
寛平が紹介すると片山理子は小さくガッツポーズをとって
「よろしく」
一気に大西の頭から悩み事が消え失せた。
そのときの新喜劇はボクシングの話。
理子は寛平の妹役で
「兄さん、ボクシングなんて野蛮よ。
もうやめて」
と訴え、寛平に
「そんなことあらへん。
お前もやったらわかる」
とうながされ、リングへ上がる。
そしてボクサー役の大西とスパーリングし、思いきりボコボコにしてダウンさせ
「やっぱりウチ、こんな野蛮なことできひん」
といって一同、ズッコケる。
このシーンの要は理子の豹変ぶり。
笑いを起こすためには思い切り殴らなければならない。
それが何度も繰り返され、稽古が終わった後、理子はハンカチを濡らして大西の顔に当てた。
「ゴメンな、思い切り叩いて」
「大丈夫やて
心配いらん」
大西は至近距離で理子を感じながら、自分で自分の顔を殴って笑ってみせた。
「大西君の笑顔ええなあ。
私好きや」
理子はそういって、自分のハンカチを握らせ、去っていった。
大西はその後ろ姿をみながら、ハンカチからするいい匂いを嗅いだ。
そして同い年の理子は
「マキちゃんの生まれ変わりや」
と思った。

新喜劇の公演初日、大西はトランクスを履いて、舞台袖で理子と待機。
大西は放送禁止用語を発した舞台に続いて2度目、理子は初舞台。
むちゃくちゃ緊張している2人は励まし合った。
そして出番。
「兄さん、ボクシングなんて野蛮よ。
もうやめて」
「そんなことあらへん。
お前もやったらわかる」
寛平はそういって理子にグローブを渡し、大西に相手になるよう指示。
大西はうなずき、ファイティングポーズをとったが、ボコボコにされてしまった。
「やっぱりウチ、こんな野蛮なことできひん」
理子の言葉に全員がコケて、客はドッと笑った。
大西は、その押し寄せてくるような笑いを全身で受けた。
芝居が終わり、全員が舞台に立ち、寛平の合図で頭を下げると、客席から拍手をもらった。
緞帳が下り、客席がみえなくなっても、大西はあまりの余韻に舞台に立ち尽くしていた。
最高に気持ちがよかった。
するとそこに
「大西君!」
と理子が抱きついてきた。

次の日、大西はリンドウの花を1輪買って、花月に向かった。
そしてさんまと理子を発見した。
「また東京で新番組始まるんですか?」
「せや」
「ほんなすごい。
私、今まで尊敬する人は母親やったんですけど、今はさんまさんです」
楽しげに話す理子に、大西は胸がギュッと締めつけられた。
そしてその場を離れ、ゴミ箱に花を捨てた。
それからは理子を避け続けた。
そして新喜劇でも集中力を欠き、ミスが増えた。
理子は心配し明るく励ましたが、大西は笑顔で応えることはなく舞台が終わると逃げるように帰った。
最終日の幕が下り、共演者が充実感で顔を輝かす中、大西はそそくさと舞台を離れた。
「大西君!」
理子が呼び止め、夕食に付き合って欲しいといった。
(誘うなら若を誘えばええやん)
大西はふてくされてうつむいた。
しかし押し切られる形で定食屋へ向かった。

「付き合ってくれてありがとう。
この店、オクレさんが教えてくれてん。
遅くまでやってるし安くて美味しいって。
1度来てみたかったんやけど1人やとね」
さんま定食を注文した理子がいった。
「ここ、さんまさんのマンションの近くです」
「そうなん?
じゃあここ知ってた?」
「(首を振りながら)マンションはいったことがあります」
「行ってみたいわ」
(やっぱり好きなんや)
さんま定食を頼んだときから疑っていたが、この言葉で確信した大西はガクッとうなだれた。
後はひたすらハンバーグ定食を口にかきこんだ。
「大西君、初日はあんなに調子よかったのに、なんでやる気なくしてもたん?」
「いや、別に・・・」
「悩みあるなら話して。
ずっと暗い顔して・・・・
私、また大西君の笑顔みたいんよ」
そのこちらを真っ直ぐみてくる理子に大西は思い切っていった。
「す、好きなんやろ?」
「好き?」
「理子ちゃんはさんまさんのこと好きなんやろ」
「好きや。
大西君も好きやろ」
「その好きと、僕の好きと理子ちゃんの好きはちゃう!」
「何が違うの?」
理子は眉をしかめた。
「ちゃうねん。
ちゃうから僕、芝居が気が入らへんねん」
理子は箸を置いた。
「私がさんまさんを好きっていうのは・・・」
「そうやウソついてもわかる」
「ウソやない。
さんまさんのことはむっちゃ尊敬してる。
けどそれは大西君のいうてる好きとは違う。
恋とかそんなんやないの」
「せやけどよう楽しそうに話してるやん」
「私、東京行くんよ」
「東京?」
「さんまさんにはその相談に乗ってもらっててん。
ゴメンな、黙ってて」

大西は両手で理子の手を握った。
「じゃあ、僕も行く。
僕も東京行く。
今決めた。
ええやろ」
「そらええけど・・・いやよくない!」
理子はその手を突き返した。
「そんな急に・・・
よう考えんと。
せっかく新喜劇に・・」
「新喜劇はもうええねん。
もともと芸人目指していたわけやないし、どうやってもさんまさんみたいにはなれへんし・・・
辞めるいうてくるわ。
ここで待っといて。
すぐ帰ってくるし」
大西は立ち上がってニカッと笑った。
そして制止する理子を無視し、定食屋を出て、さんまのマンションに走っていった。
大西は、運よく部屋にいたさんまに息も整わないまま
「僕、芸人も吉本も辞めさせてください。
わかったんです。
僕みたいのがどんなに努力しても若みたいには死んでもなれへん。
モノが違ういうか・・・
せやったらいっそのこと辞めたほうがええ・・・
止めんでください!
もう決めたことなんです」
「ええで」
「えっ?」
「お前が決めたんやったらそうしいや。
せやな、芸の道は努力でどうなるもんでもないしな。
その通りや」
「ど、どうもありがとうございました」
「おう、元気でな」
軽く手を上げたさんまにもう1度頭を下げ、大西はマンションを出て、全力で定食屋へ向かった。

「理子ちゃん、いうてきたで。
東京行こ」
そういいたかったが、定食屋に理子はいなかった。
代わりにノートを破りとって書いた手紙があった。
「大西君、急にいなくなってゴメン。
でもそのほうがいいと決心したの。
大西君を待っている間、いろいろ考えました。
今の気持ちです。
私、大西君がおると甘えてしまう気がしたんよ。
せやから1人で東京行きます。
さっきは本気でうれしかったで」
大西は思った。
「フラれた」
手紙には、大西の笑顔が子供のことに飼っていたブルドッグにソックリで好きだったとも書かれてあった。
大西にとって理子はマキちゃんの生まれ変わりだったが、理子にとって大西は源五郎という犬の生まれ変わりだったのだ。
さらに手紙の最後で理子は、芸人のやめないように訴えていた。
「それが大西君の笑顔のために、きっと大事なことだから」
大西は手紙を丁寧に畳んだ。
(1981年4月に吉本新喜劇に入ってマドンナ役で活動した片山理子は、ドラマ「スチュワーデス物語」の鈴野はなえ役など活躍した後、、1980年代後半に芸能界を引退。
東洋英和女学院大学に入り、卒業後にロンドンへ留学。
帰国後、紅茶関係の仕事に就き、化人として吉本の文化部に復帰し、2018年、大西と再会した。
芸名「田宮緑子」、愛称「グリン子先生」として活動している)

翌日、大西はなんば花月の明石家さんまの楽屋に向かった。
「なんやお前、辞めたんやないのか」
「さんまさん、弟子にしてください」
大西は体を2つに折って深々と頭を下げた。
「僕、腹を切ります」
「切るんかい」
「切腹か。
介錯いたす」
「くくるやろ、くくる!」
さんま、村上ショージ、Mr.オクレ、にいっせいにツッコまれ、いい直し。
「くくります、一生懸命くくります」
そして頭を下げたまま、さんまににじり寄った。
「いっちゃん尊敬できる若をいっちゃん近くでみて、若みたいなかっこいい芸人になりたいんです。
お願いします」
しかしさんまは
「そうか・・・他で頑張りや。
俺は弟子とれへんのや。
諦めや」
と突き放した。
「なんでですか?」
大西が迫り
「何がや」
さんまが返すと
「世田谷」
ショージがボケた。
「なんで僕、弟子になれへんのですか」
「決めとるからや」
「何を」
「弟子とらへんて」
「誰が」
「俺がや」
「世田谷」
「なんですか。
とってくださいよ。
なんでとらんのですか」
「うるさいわ」
「とるっていいましたやんか」
「いうてない」
「ええ~」
「もう帰るわ」
さんまはタバコを消して立ち上がった。
「さんまちゃん、メシは?」
Mr.オクレが聞いた。
「自分らで食え」
「なんで、メシいくっていいましたやんか。
焼肉行くっていいましたやんか」
ゴネるショージの頭をはたいてさんまは楽屋を出ていった。
ショージは大西にいった。
「ウチらが餓死したらお前のせいじゃ」

その後も大西は
「弟子にしてください」
と頼み続け、さんまは断り続けた。
ショージに
「さんまさんは実はオカマ」
と吹き込まれ、下半身裸で突撃したこともあるが結果は同じ。
しかししばらくするとさんまの方から呼び出しがかかった。
「やった!」
喜んで花月の楽屋に行くと、ザ・ぼんちのおさむがいて、さんまにおさむ兄さんの弟子になるようにいわれた。
「コイツ、弟子の雄二いうんや」
おさむが紹介すると、横にいた男が、
「よろしく」
と頭を下げてきた。
大西は
「よろしく」
と同じように頭を下げたが
「兄弟子や。
ちゃんとせえ」
とさんまに怒られた。
そして雄二に
「がんばれよ」
といわれ
「お前もがんばれよ」
といい、さんまに頭をはたかれた。
「お前、しっかりせえよ。
わかったな」
「わ、わかりません」
「だから!お前はおさむ兄さんの弟子になるんや」
「なんでおさむ兄さんが僕の弟子ですか?」
「逆や!逆に決まっとるやろ!」
声を荒げるさんまの横からおさむは優しく声をかけた。
「俺がさんまちゃんに頼んだんや。
お前、おもろそうやから弟子にしたいって。
よろしゅう頼むで」
そして大西の肩を叩いた。
さんまは大西の頭を持って強引に下げさせた。
「兄さんがよろしゅういうてはるのに頭下げんか。
しっかり教えてもらうんやで。
弟子にとって師匠は絶対や。
四角くても師匠が丸いうたら丸や。
もし師匠がカラスは白いうたら?」
「白いうたら・・・カモメ!
・・・ああ鳩か」

こうして大西は、おさむの家で住み込みの弟子となった。
おさむは、右と左がわからない大西に
「箸と茶わんはどっちで持つねん」
と聞くと、
「好きな方で持つ」
と返された。
おさむが京都花月でトンカツを注文したが、大西はそれを運んでいる途中、誘惑に負け、真ん中の1切れ食べ、残りを寄せた。
しかしおさむはケチャップがズレているのを発見。
「食べたやろ」
「食べてません」
否定する大西の口にはケチャップがついていた。
「まずは楽屋のみんなに覚えてもらわなアカン」
とおさむは、右手を上げてチョキをつくった。
普通はタバコくれの合図だが
「タバコ出さんとグー出せ」
と指示。
「じゃんけんと違う!」
というネタだった。
しかし右手を出すと大西はタバコを出す。
「グー出せって」
何度いっても無理だった。
楽屋で島田紳助に
「好きな漫才コンビは誰?」
と聞かれた大西は
「1番は、いとこい先生(夢路いとし・喜味こい)
2番目は、正司敏江・玲児さん。
4番目は、レツゴー三匹さん。
5番目は、B&Bさん
・・・・・・」
と答えていった。
横で聞いていたおさむは
「8番目がザ・ぼんち」
といわれ
「ナメてんのか!」
と怒った。
しかし基本的にぼんちおさむは優しかった。
どんなに失敗しても、失礼な口をきいてもニコニコしていて、怒るフリはするがキレることはなかった。

ある日の夜、大西は師匠の家で待機していた。
家にいるのはおさむの嫁だけで、2人で、ずっと話をしていた。
おさむは25歳のときに19歳だった嫁と結婚。
出会いはディスコ。
まだ売れていなかったおさむは、必死にモノマネやギャグをして押しに押して交際をスタートさせた。
しかし相手の親は交際にも結婚にも猛反対。
自分の親も相手の親に直接会いにいって
「ウチのの息子が迷惑をかけて申し訳ない」
と謝った。
そんな困難を乗り越えて結ばれた2人は非常にラブラブだった。
やがて電話が鳴り、嫁がとった。
「はい、もしもし・・あっおさむちゃん。
えっ、まだ仕事してんの?」
「そやねん。
収録が長引いてもてなあ。
悪いけど大西に、もう迎えに来んでええから寝ときいうといて」
「もうひどいんやから。
あんまり遅いと大西くんと浮気しちゃうわよ」
嫁はそういって電話を切って振り返ると、下半身裸の大西が立っていた。
「なにやってんの?」
「ホ、ホンマにええんですか?
ボ、ボクと浮気するって」
「えっ?」
大西は下半身裸のまま、仰向けに寝転んだ。
「お願いします!」
「アホッ!
冗談に決まってるやろ!」
住み込みで弟子をしていたため、プライベートな空間がなく、大西の性欲は常に高かった。
フロ掃除のときに陰毛を見つけると、あの優しくて綺麗な奥さんのものかもしれないと思い、興奮した。
そして
「便器から子供が生まれるんちゃうか」
と思うほどなんば花月のトイレで吐き出していた。

ある時期から大西は自販機の前を通れば、常につり銭口と機械の下を確認するようになった。
そして大阪生まれのはずなのに
「田舎のお袋が病気になって・・」
といって借金。
大西が、
「平木君のお父さんが亡くなりまして、午後からお葬式があるんです」
といって午後から仕事を休んだとき、おさむは平木君のお父さんが4回死んだことに気づいたが黙認。
むしろ
「女か?」
「借金か?」
と心配した。
その後、村上ショージが雑居ビルからセクシー衣装を着た女性と一緒に出てくる大西を目撃。
大西はうれしそうに頭を下げて女性にお金を渡していた。
その後、大西はおさむに楽屋に呼ばれた。
「大西、そこ座り」
「はい」
「腹割って話そか」
「はい」
「お前、最近、随分金が必要みたいやな」
「バレてたんですか」
「どうせ女に貢いどるんやろ。
どこの女や?
クラブか?
風俗か?」
大西は首を振り、小さな声で
「占い」
といった。
「占い?」
「はい、守護霊様が問題解決してくれるから、お札とか買うて、それで・・・」
「お前、そんなんに引っかかたんか!」
「引っかかったんちゃいます」
夜、歩いていた大西は、占い師の女性に
「悩みがありますね」
と声をかけられ、手を握られ、胸を押し当てられた。
店に入って占ってもらうと
「守護霊様が願いを叶えてくれる」
といわれ、その後、セッセッとお金を納め続けた。
「金とられたんか?」
「差し上げました。
偉いお坊さんが書いてくれたお札です」

通常、芸人の世界では、弟子は2年経つと「年季明け」といって1本立ちすることになる。
大西もおさむの弟子について、あと1週間で2年となり、おさむは移動中の車の中で聞いた。
「どうする?」
「東京で、もう1回弟子につきたいです」
「たけしさんとか欽ちゃんなら、口利いたるで。
誰の弟子になりたい?」
「早見優ちゃんです」
おさむはシートからズリ落ちた。
「優ちゃんについて何すんねん」
「着替えを手伝いたい」
「断られたら?」
「歌手として頑張ります」
「ムリじゃ!」

その後、おさむはテレビ局で一緒になったさんまにいった。
「大西のことなんやけどな、アイツに芸名つけたってくれんか」
「なんでですか。
弟子に芸名つけるんは師匠の仕事でんがな」
「だからそれがさんまちゃんや。
アイツ、さんまちゃんしかみてないで」
さんまは思った。
(困ったもんやな)
その後、花月の劇場から明石家さんま主演のテレビ番組の中継があり、大西は進行係として参加。
仕事が終わった後、さんまに呼ばれた。
「俺んとこ来るか?」
「ホンマですか」
「ああ、東京に来て俺の運転手やるか?」
「やったろか?」
大西はニタニタと笑いながらいった。
こうして大西は東京行きが決定。
おさむは
「さんまの付き人になればエエ」
と快くいったが、
「いいえ、僕は早見優さんにつきたいです」
といわれ、どついた。

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