日本古来の性風俗とは?江戸時代に開花した吉原遊廓とはどんなもの??

日本古来の性風俗とは?江戸時代に開花した吉原遊廓とはどんなもの??

「人類最古の職業」とも言われる売春。今回は奈良時代からあった売春の歴史を読み解くコラムです。ご堪能下さい。


古来の日本ではどんな性風俗があったのか? 江戸時代に開花した吉原遊廓とはどんなもの?? 奈良時代からあった売春の歴史から読み解く日本の性事情!?

日本の村社会での性習慣は婚姻と密接だったのに比べて、都市部ではまた違った性習慣があったようです。それは売春です。売春は、よく「人類最古の職業」などと言われますが、日本でも売春はかなり古くからあったようですね。

起源ははっきりとしていませんが、遡ると奈良時代あたりに売春の記述があるようです。759年頃の日本最古の和歌集「万葉集」には「遊行女婦(うかれめ)」という描写があり、これが日本の売春、娼婦についての最古の記述といわれているそうです。遊女は性従事者だけというより、芸能に従事する女性全般を指したようで、売春専業者だけという意味ではなかったようです。ほんとうに古来から性産業は存在していたのですね。

平安時代の11世紀末には、公家で漢文学者の大江匡房が「遊女記」という書物に、当時の遊女たちのことを書き残しています。この頃、淀川から別れた神崎川の辺りは、西国(日本西部の諸地域)から京への交通の要所で、江口、神崎、蟹島などの船着き場が発達します。そこに遊里(ゆうり)が出来たのだそうです。遊里とはいわゆる女郎小屋のことです。たぶん自然発生的に遊女屋が生まれたのでしょう。この頃にはまだ遊郭はありません。遊郭とは時の政府が設置した公娼がいた場所となります。

遊女たちは小舟に乗って通行する舟に近づいて客をとっていたそうです。利用者は水面が見えないほど多くて、客層も貴族から庶民まで幅広かったとのこと。港町は交通の要所ですし、人も多く集まる場所。盛り場も沢山あったことでしょう。そこに遊女屋ができるのも必然だったのでしょうね。

幕府の政策によって設立された公営の遊郭が吉原遊廓! これによって性風俗も国の管理下に置かれたのです!?

自然発生的に売春は行われていたようですが、次第に管理する必要に迫られたようです。すでに遊女屋は民間レベルで出来ていたのですが、そのうちに公娼の制度が生まれ、遊女を管理するようになりました。税収を得るために時の幕府は目をつけたということでしょうね。

鎌倉時代、「吾妻鏡」という歴史書に、遊君別当(ゆうくんべっとう)という職名で集娼制や登録制をとって公娼を管理していたことが書かれています。諸国に散在する娼婦の訴願を取りさばかせていたそうで、きっと揉め事が多かったのだろうなあと推測できますね。

室町時代になると足利義晴が「傾城局(けいせつのつぼね)」という、たぶん売春管理局というイメージでしょうか、それを創設し幕府はそこから税収を得るようになりました。時の政府が遊里を認める公娼制度が確立したのはこの頃だったのでしょう。

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さらに豊臣時代の1589年、秀吉は土地の整備と同時に京都に「二条柳町(京都の島原)」を指定区域とし初の遊郭を設置します。秀吉も遊びに行っていたそうですよ(笑) こうして散在していた遊里は整備されはじめ、遊女たちは幕府に管理されるようになっていったのです。これは公娼が時の政府によって初めて正式に設置された例となります。これによって売春は時の政府が管理する産業となったのです。

江戸時代に売春は公的施設として確立!? 政治利用されながらも売春文化は絢爛豪華に輝きます!

江戸時代になると、徳川家康は秀吉の遊郭政策を参考にし、さらに発展させます。それは幕府の権力維持のために遊郭を最大限に利用しようとしたのです。幕府の遊郭政策は、反逆勢力や諸大名たちを色仕掛けで骨抜きにさせることでもありました。管理された遊郭は外壁で囲まれた場所にあるため、参勤交代などで江戸に来る諸大名や旗本たちが遊ぶ際に、監視するためという理由があったようです。幕府は大名や旗本、富豪などを酒や女に溺れさせ散財させ、力を弱めようとしました。

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幕府公認の遊郭が出来るきっかけを作ったのが庄司甚右衛門という私営の遊女屋を営む町人です。甚右衛門は江戸に散在していた様々な遊里を取りまとめた遊郭を作ろうと幕府に請願します。これは幕府が区画整理のために頻繁に強制移転などを行っていたため、商売を確立させやりやすくするために、遊里自体を正式に認めさせようと動きました。幕府も権力維持のためにその案を採用し、甚右衛門に設置許可を出します。こうして幕府公認の高級遊郭、吉原遊廓が元和3年に誕生するのです。

庶民には手の届かない高嶺の花だった吉原遊廓! 売春婦のイメージを払拭する才女たちが花魁の称号を得ていた!?

吉原遊廓は権威作りのために豪華に作られ、また高額の遊興費でした。遊女たちにはランク付けし、太夫(たゆう)という最上位の位ある遊女が置かれました。吉原遊廓の遊女たちは茶道、書道、和歌、俳句、弦楽など、芸事にも長けた才女たちだったそうです。吉原遊女には高い地位があり、市中にある遊里とは一線を画していました。遊ぶためには人を選び、また散財せざるを得なかったそうです。遊女たちは相手を選ぶことができるなど、富豪でさえも遊ぶことが難しかったそうです。また、諸大名、旗本たちは肉欲に溺れ、藩の財政衰退を狙った幕府の手のひらで踊らされてもいたということです。

このようにして、幕府は色仕掛けにおいても権力維持のために遊郭を利用しました。しかし吉原遊郭にも不況が訪れたようで、年月が経つにつれ一般町人にも商売の間口が広がっていきます。それは、武士たちの経済事情が悪化したのと、町人の生活水準が上がり裕福になってきたために町人の客も受け入れるようになったからです。お金があるというのは強いものです。

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さらに、市中にも私設の遊里は増え続けました。お店が増えると必然的に遊ぶ代金も安くなっていきます。さらに私娼(フリーの遊女。夜鷹など)も増えてきたために、普通の町人たちでも手軽に遊べるようになってきました。こうして吉原遊廓も安売りをせざるを得なくなったと言われています。需要と供給のバランスが崩れてデフレ状態になったってことなのでしょうね。

江戸幕府によって開設された吉原遊廓はどんなところ!? 江戸文化の発信地でもあった吉原カルチャーを探ります

江戸幕府による開設から300年以上も続いた吉原遊廓ですが、遊郭とはいったいどんな場所だったのでしょうか。江戸時代に関しては、さまざまな書物に吉原遊廓のことが書かれるようになり、資料も残されました。どんなライフスタイルだったのかある程度垣間見ることができます。すこし拾ってみましょう。

吉原遊郭は売春するだけという場所でもありませんでした。当時最大の社交場として繁栄していました。今でいうラスベガスみたいな場所だったのかもしれませんね。まあ、賭博メインの街では無かったとは思いますが。地方から江戸に来た人は、一度は吉原遊廓を見物してみたいような場所だったようです。今で言うアミューズメントパークだったのかもしれません。

絢爛豪華で社交界の場の吉原遊廓は、有名浮世絵師たちが描く舞台にもなり、歌舞伎とともに江戸邦楽を生み出し、最新のファッションを発信する場所でもありました。もちろん遊女の街ですから、負の側面として、貧しい家の娘たちが女衒(ぜげん)によって連れてこられ、性の搾取が行われた場所でもあります。それが逆に派手やかで虚飾された世界の中で、哀愁を感じる、女性たちのつかの間に光り輝く瞬間を感じる場所だったのかもしれません。

吉原遊廓にやってきた少女たちが一人前になるには? そこではどんなことが行われていたのか?

吉原遊廓の遊女たちの大半は、貧しい家の娘が妓楼(遊女を置いて客を遊ばせる家)から親に前払いされた給金を返済するために働きました。女郎(遊女)見習いから始まり、それを禿(かむろ)と言いました。禿になる少女には二つのパターンがあったそうです。ちなみに禿(はげ)と書くのは毛も生え揃わない少女だったことからの当て字だそうです。

ひとつ目は、貧しい漁村や山村の娘が家庭の生活苦から吉原遊廓の女郎部屋に売られるパターン。少女たちの売買を斡旋する人たちを女衒(ぜげん)と呼びました。少女たちの容姿や潜在能力を見極めて、上玉、並玉、下玉と格付けして、値段や売り先を決めていたのだそうです。

もうひとつは、女郎がこっそり生んだ娘がそのまま女郎屋に引き取られて禿になるパターンです。避妊具も確立していない時代、遊女たちの妊娠は珍しくなかったそうです。ほとんどの遊女は堕胎を選んでいましたが、子供を生んでそのまま禿にさせたりすることもあったのだそうです。

禿の少女たちは、最上位にいる太夫(花魁)などの下について先輩遊女たちの日々の雑用をしたりしながら、吉原遊女としての立ち振舞いを学びました。また先輩遊女は暇なときに禿たちに三味線や舞など芸の稽古をつけていたそうです。

富と権力を象徴する場でもあった吉原遊廓 それを引き立たせるために遊女たちは存在したのです

吉原遊廓の遊女たちを大きく分けると、修行中の「禿」、見習いの「新造(しんぞう)」、そして、最高級の地位である「花魁(太夫とほぼ同義)」となります。原則として27歳(数え年)で奉公を終えると「年季明け」を迎え、裕福な武家や商家に身請けされたりしました。身請けされなかった遊女たちは、そのまま遊郭の中で番頭になったり芸事などを担当したり裏方として働いたそうです。これが今の時代にも残っている芸者の原形となります。

太夫は最高位の遊女で、吉原でもわずかな人数しかいませんでした。太夫と遊ぶためには様々なしきたりを経ることが必要で、大きな店では茶屋(今で言う料亭)を通して取り次いでもらわなくてはなりませんでした。このために、まずお客は茶屋で豪勢に遊ぶことが前提だったそうです。

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太夫が呼べると、座敷では太夫は上座に座り、客は常に下座に座ったそうです。遊女を呼ぶのに遊女のほうがおもてなしされるというのが凄いですよね。一回目の座敷では、遊女は客とは離れたところに座り、客と口も聞かずに飲食もしなかったそうで、この時に客は品定めをされて、ふさわしくないと判断されたらその遊女とは付き合うことができなかったそうです。客はたくさんの芸者を呼んで、派手に遊ぶことによって財力を示す必要がありました。ここまでして高級遊女を手にしたいと思わせる何かがあったのでしょう。きっとそれは客の財力や権力をアピールする場所でもあったのかもしれません。

今回は吉原遊廓がどんなところだったかを簡単に紹介しましたが、まだまだ沢山のしきたりがあります。江戸時代の遊郭の資料はたくさんあるので、次回紹介してみたいと思います。
また吉原遊廓を題材にした映画もたくさんあるので、一度は観てみるのもいいかもしれません。昔の日本の女性の権利って本当になかったってことが分かります。と同時に、不合理な時代でも、したたかに力強く生きていこうとした女性たちの生きざまには頭が上がらないってものですよね。

トダカユースケ《プロフィール》

大学卒業後、英知出版勤務。「べっぴん」「ビデオボーイ」「すっぴん」「Dr.ピカソ」編集部などで勤務。その他にも三和出版、マクセル出版など編集畑を渡り歩く。アイドル写真集を30タイトル以上制作。

出版社勤務を辞めた後、IT関連企業に入り、アイドルDVDのメーカーを立ち上げ50タイトル以上の作品を制作。独立後、携帯コンテンツ、電子書籍、ローカルテレビ、企業広告などの制作を行っている。

トダカユースケ氏

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