1987年
活字離れが叫ばれつつも、1987年には俵万智「サラダ記念日」、村上春樹「ノルウェイの森」、安部譲二「塀の中の懲りない面々」と3冊も大ベストセラーが出ています。

サラダ記念日
驚いたのはやはり俵万智の「サラダ記念日」ですね。短歌がこんなにも面白いものだとは思ってもみませんでしたからね。それにしても280万部も売れるとは!
悲しいニュースとしては9月20日に「おニャン子クラブ」が解散したことです。残念です。が、1987年の音楽業界は悲しい事ばかりではありませんよ!さぁ、1987年版、売上枚数でみる「年間ベスト10」、いってみましょう!
第10位 君だけに
1985年12月に「仮面舞踏会」で颯爽とデビューし、いきなりブレイクした少年隊。1987年度、売上ランキング第10位となったのは、その少年隊を代表する名曲「君だけに」です。

君だけに
「しょうゆ顔」だの「ソース顔」だのという言い方、流行りましたねぇ。「しょうゆ顔」の代表といえば、なんといってもヒガシ。人気に拍車がかかりました。
「君だけに」イイ曲ですよねぇ。踊るバラード、これは新機軸ですね。歌い踊る少年隊はもちろん素晴らしいですが、筒美京平、流石の出来栄えです。
第9位 追憶
さぁ、演歌です。久々に入ってきました。しかも大物。第9位は五木ひろし「追憶」です。

追憶
「追憶」といえば、五木ひろしと同じ年の沢田研二の持ち歌の方が印象が強いのですけどね。ライバルのヒット曲と同名の曲を歌うというのはどういった心境なのでしょう?五木ひろしのスケールはデカイと言うしかありません。
第8位 無錫旅情
続いて8位も演歌の登場です。デビューから5年。苦節だったのでしょうが、しかし、フレッシュ感漂う尾形大作です。

無錫旅情
なんとも初々しいというか、さわやかな好青年ですよ尾形大作という人は。
それにしてもこの「無錫旅情」という曲、1987年の売上枚数こそ29.7万枚で8位に甘んじてはいますが、累計では137万枚と、見事にミリオン突破してるんですよ。
第7位 Blonde 第6位 難破船
1987年も中森明菜は絶好調です。第7位「Blonde」、第8位「難破船」と2曲続けてのランクインとなりました。
「BLONDE」は彼女の18枚目のシングルで、発売当時は当然のごとくオリコンで1位となりました。

Blonde
まぁ、何と言ってもジャケット。イイですよね。目力が強いといいますかね。ちなみにこの曲、アルバム「Cross My Palm」では英語で歌ってます。
そして第6位、「難破船」です。この曲のオリジナルは、加藤登紀子のアルバム「最後のダンスパーティ」に収録されていたものです。

難破船
「難破船」は、中森明菜の19枚目のシングルになります。
それにしてもプロデューサーなのか、事務所関係者なのか分かりませんが、「Blonde」といい「難破船」といい、よくもまぁこんなに良い曲ばかり探してくるものですね。
第5位 Strawberry Time
久々に松本隆が作詞を担当した松田聖子の「Strawberry Time」が堂々の第5位です。この曲に関しては松本隆よりも作曲の土橋安騎夫に注目でしょうね。土橋安騎夫は、当時人気絶頂で活躍していたレベッカのキーボードです。いい曲書いてますね。

Strawberry Time
松田聖子は既に結婚も出産もしていましたから、アイドルというのにはどうか?という感じがしないではありませんが、このカワイさはどうだ!今更ですが、驚異的ですよね。
結婚してアイドル卒業かと思いきや、ママドルとなって変わらない人気を誇るというね。ママドルという言葉というか、概念というかを生み出したというのも松田聖子の功績としてもっと語られていいように思います。
第4位 STAR LIGHT
説明不要の超人気アイドルグループがこの夏にデビューしたんですね。デビュー曲「STAR LIGHT」はいきなりの大ヒット、そうです光GENJIです。

STAR LIGHT
楽曲提供はチャゲ&飛鳥。インタビューで飛鳥涼が言ってましたが、担当者からは「楽曲はローラースケートに合うように作ってください」というオーダーだったそうです。ローラースケートが流行るんですか?と聞いた飛鳥涼に対して担当者は「流行らせます!」と言いきったのだとか。さすがジャニーズ、すごいです。
実際ローラースケートは新鮮でしたよね。メンバーは、内海光司、大沢樹生、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤敦啓の7人です。ご存じとは思いますが、内海光司と大沢樹生が光で、諸星和己他4人がGENJIです。
第3位 雪國
さぁ、いよいよ第3位。よ~し、行くぞォ!ということで、吉幾三の登場です(ベタ)。自身初のオリコン1位を獲得した「雪國」です。

雪國
吉幾三という人は苦労したのかしてないのかよく分からない歌手ですね。方言を含めコミカルな性格のせいでしょうか?1977年のデビュー曲「俺はぜったい!プレスリー」がいきなりヒットしたものの、1984年に千昌夫へ提供した「津軽平野」と自身で歌った「俺ら東京さ行ぐだ」が大ヒットするまでの間は低迷していたということのようですが、そんな感じがしません。何と言っても声質も含めて明るいですからね。演歌を歌ってもカラッとしてます。
で、1987年「雪國」の大ヒットによって吉幾三はコミカル路線から王道の演歌歌手となり現在に至っています。
もうコミカルな歌を歌うことはないのかもしれませんね。それはそれで残念ですが、それに代わるステキな企画アルバムをシリーズで出しています。「あの頃の青春を詩う」がそれです。60年代から70年代のフォークソングを中心としたカバーアルバムですが、かなりイイですよ。
第2位 TANGO NOIR
1987年の邦楽ヒット曲 ランキングにおいて3曲目のランクインです。中森明菜の「TANGO NOIR」。明菜、強し!勢い未だ衰えずです。

TANGO NOIR (タンゴ ノアール)
楽曲は文句なし、ジャケットはどうでしょう?セクシーな横顔、文句なし。デザイン的には若干インテリ臭い感じが残念ですが、これが良いというファンが多数いるということで問題なし。セクシー路線はいつだって大歓迎ですよ。
輝いてますねぇ。誰でも絶頂期は輝いているものでしょうが、中森明菜は流石としか言いようがないオーラが出てますよ。改めて言うまでもないですが、歌うまいなぁ。
第1位 命くれない
さぁ、第1位です。「命くれない」、瀬川瑛子です。美人演歌歌手にして天然キャラが大いに受けました。

命くれない
「命くれない」によって瀬川瑛子を知ったという人が意外と多いようですが、彼女のデビューは1967年です。この時点で既に20年のキャリアがあったんですよ。落ち着いていて見事な歌いっぷりなわけです。
演歌歌手は寿命が長いとはよく言われますが、それにしても現在までコンスタントに活動している瀬川瑛子は素晴らしいです。
1987年は、演歌復活の年となりましたね。演歌がランクインしたのは1984年、芦屋雁之助の「娘よ」以来です。それがこの年は4曲も!豊作、まさしく豊作です。この流れは1988年も続くのでしょうか?それはまたの機会に。