【訃報】ザ・デストロイヤー(ベイヤー)さん死去。ここ一年で亡くなったプロレスラー
覆面レスラーの「ザ・デストロイヤー」として日本のリングで旋風を巻き起こした、元プロレスラーのリチャード・ベイヤーさんが7日(日本時間8日)、亡くなりました。88歳。
60年代に”白覆面の魔王”と称され、力道山さんやジャイアント馬場さんと激闘を繰り広げたベイヤーさん。一躍、プロレスブームの立役者として知られる存在に。
当時のテレビ中継の視聴率は60%を超え、高い注目度のなかで全日本プロレスの看板選手として活躍しました。
親日家としても知られ、1993年に引退した後も度々来日していました。2011年の東日本大震災後には被災者への支援も積極的に行うなどしています。
2017年には、プロレスラー時代から日米両国の友好親善及び青少年交流に貢献してきた実績が評価され、外国人叙勲者として旭日双光章を受章しました。
2018年以降に亡くなったプロレスラーと関係者
プロレスの全盛期を盛り上げた名レスラーの多くが60代、70代以上となり、プロレス界の重鎮たちの高齢化時代を迎えています。
残念ながら、ここ一年の間に亡くなってしまった名レスラーと関係者の方々をお伝えします。
[2018年6月]ビッグバン・ベイダーさん
80年代に日本のプロレスリングで大暴れしたビッグバン・ベイダー(本名:レオン・ホワイト)さんは、2018年6月に亡くなっています。享年63歳。
外国人選手として初めて三冠ヘビー級王座とIWGPヘビー級王座の両タイトルを獲得したレスラーでした。
「藤波辰爾vsベイダー メモリアルトークバトル」時のビッグバン・ベイダーさん(真ん中)
2017年4月に、ミドルエッジ編集部が取材した「藤波辰爾vsベイダー メモリアルトークバトル」では、「皇帝戦士降臨!ベイダー選手の入場です!!」の呼び込みの声と共に笑顔で登壇。現役時代のエピソードを披露するなど、元気な姿をみせてくれていました。
[2018年7月]マサ斎藤さん
東京五輪のレスリング代表、プロレスラーとして活躍されたマサ斎藤さんは、2018年7月に亡くなっています。享年75歳。
マサ斎藤さんを語る上で欠かせない1987年10月に行われた「アントニオ猪木との巌流島での決闘」。長時間に渡る決闘は、組み上げられた真っ白なリングから飛び出し、アントニオ猪木との激しい攻防を繰り広げました。
2000年に罹患したパーキンソン病の影響から、身体の自由が利かない状態のなか、懸命なリハビリを続け、晩年はリングへの復帰の可能性があったそうです。しかし、容体が悪化し、7月14日に永眠されました。
[2018年12月]ダイナマイト・キッドさん
「爆弾小僧」の異名で知られた、ダイナマイト・キッド(本名:トーマス・ビリントン)さんは、2018年12月に亡くなっています。享年60歳。
80年代に活躍し、過剰な受け身から相手の攻撃を引き出すスタイルや、危険を顧みない攻撃スタイルから「剃刀戦士(カミソリ・ファイター)」という異名でも呼ばれていました。
現役時代のダイナマイト・キッドさん
国際プロレスから新日本プロレスに移籍し、藤波辰巳や初代タイガーマスクのライバルとして活躍されました。
1991年に怪我の影響もあり、現役を引退。その後は復帰した時期もあるものの、晩年は現役時代の負傷から車椅子生活を余儀されていました。