セリーナ・ウィリアムズ プロフィール
セリーナ・ウィリアムズ
フルネーム Serena Jameka Williams
国籍 アメリカ合衆国
出身地 同・ミシガン州サギノー
居住地 同・フロリダ州
パームピーチガーデン
生年月日 1981年9月26日(36歳)
身長 175cm
体重 70kg
利き手 右
バックハンド 両手打ち
デビュー年 1995年
デビューから3年で
1995年にツアーデビューしたセリーナ選手、僅か3年の1998年にはシングルスに先立ち、ウィンブルドンと全米オープンの混合ダブルス部門においてマックス・ミルヌイ選手(ベラルーシ)と組み、2大会連続優勝を遂げています。
さらに1999年2月末の「パリ・インドア選手権」と「エバート・カップ」で女子ツアーのシングルス2大会連続優勝を飾り、続く「リプトン国際選手権」で姉ビーナスとの“姉妹対決の決勝”に敗れたが、「16連勝」を挙げて世界の舞台に名乗りを上げた(プロ初優勝のパリ・インドア決勝では地元フランスのアメリ・モレスモ選手を破り、エバート・カップ決勝では12歳年上のシュテフィ・グラフ選手を破っている)快挙。
マックス・ミルヌイ
4大大会 全米オープンでの優勝
マルチナ・ヒンギス
1999年の全米オープンで、「17歳11ヶ月」の若さで4大大会初優勝を達成しました。
決勝での相手のマルチナ・ヒンギス選手を破り、1958年全米選手権のアリシア・ギブソン選手(1927年 - 2003年)以来2人目の黒人女性チャンピオンとなった(ギブソン選手は1957年と1958年の全米選手権で大会連覇を達成した人物である)。
2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープン
セリーナ・ウィリアムズ
2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで「4大会連続」で姉妹対決の決勝を実現させ、妹のセリーナ選手が4連勝を果たしています。
因みにテニス4大大会の4連勝はシュテフィ・グラフ選手以来6人目の偉業達成。
体調不良
セリーナ・ウィリアムズ
2003年全仏オープンの準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデン選手に敗れて連勝記録が止まってしまった。
続くウィンブルドン選手権でもう1度姉妹対決の決勝を戦い、この時も妹のセリーナ選手が勝利したものの、その後姉妹2人ともに体調を崩し、2003年度テニス・ツアーの後半戦を欠場してしまいました。
ジュスティーヌ・エナン・アーデン
体調不良・怪我・そして復帰
セリーナ選手は2004年のウィンブルドン選手権決勝で17歳のマリア・シャラポワ選手に敗れ、大会3連覇を逃した。
しかし2005年の全豪オープン決勝でリンゼイ・ダベンポート選手を破り、2年ぶり2度目の優勝を果たす。
2006年は故障のため試合出場が少なかったが、2007年の全豪オープンでは世界ランキング81位のノーシードから勝ち上がった。
決勝で(3年前のウィンブルドン決勝で敗れた)マリア・シャラポワ選手を破り、3度目の全豪優勝を達成。
これでセリーナ選手の4大大会シングルス優勝は「8勝」となった。
全豪オープンの女子シングルスでノーシードから優勝した選手は、1978年の優勝者クリス・オニール選手(オーストラリア)以来である。