ピーター・アーツ 20世紀最後の暴君の戦記 - Middle Edge(ミドルエッジ)
屈辱
1999年10月3日、「K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦」のGP1回戦でミルコ・クロコップと対戦し、ミルコの左ハイキックとパンチ連打で3度ダウンを奪われ、番狂わせの1RKO負け。
プロボクシング転向
ベルナルドがミルコに敗れた同日、ライバルのジェロム・レ・バンナがキックボクシングと並行してプロボクシングに参戦した後のK-1復帰初戦でマット・スケルトンに衝撃の1RKO勝ちを収めて大活躍し始めたのを目の当たりにしたことで、バンナを参考にしてベルナルドも2000年からプロボクシングに本格参戦することを決意。
亡きアンディ・フグのためK-1復帰
プロボクシングに専念する予定だったが、2000年8月24日に盟友アンディ・フグが急死。
そして生前のフグは、出場予定だったK-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKAを欠場することを発表した際に「私の代わりにマイク・ベルナルドに出場してほしい」とコメントしていたことを受けて、ベルナルドはボクシングの試合やテレビ出演などの予定を全てキャンセルして、K-1に復帰し、同大会の予選トーナメントに出場。ユルゲン・クルト、アンドリュー・トムソン、ミルコ・クロコップを相手に3試合連続1ラウンドKO勝ちで優勝。これは当時のK-1トーナメント史上最短優勝記録となった。
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現役引退
マイク・ベルナルド
その後も、悲願のK-1 WORLD GP初優勝を目指して必死にトレーニングを続けていたが、長年のダメージの蓄積による衰えは隠せず、
2006年に現役引退を表明し、
同年9月30日のK-1 WORLD GP 開幕戦で引退セレモニーが開催された。
引退後は?
アーネスト・ホースト
現役引退後は、2007年に「K-1 JAPAN TRYOUT」においてアーネスト・ホーストと共にコーチを務め、日本人選手の育成に取り組み、南アフリカでチーム・ベルナルドの合宿も行なった。しかし、K-1 JAPAN TRYOUTの企画終了後は公の場からは姿を消していた。
アーネスト・ホースト まるで踊るようにリズミカル、しなやかで流れるような動き。そして戦慄のKOシーン。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
突然の死