映画「テンタクルズ」で悪魔の大ダコを倒してくれた正義のヒーロー、それがオルカ=シャチ!
今回紹介する1977年日本公開の映画『オルカ』は、そのオルカ対人間の対決を描いた、正に海洋生物版の西部劇といった内容となっている。

『オルカ』の初期ポスター
ところで、ミドルエッジ世代の皆さんは、『SPACロマン』という宣伝文句を覚えているだろうか?そう、当時の配給元だった東宝東和が作り出した新たな映画ジャンル、それがこのSPAC=スパックロマンだ!

『オルカ』のチラシ
宣伝コピーにも、「耳を澄ましてごらん。海鳴りが”スパック”と囁くのが聞こえる」とある様に、当時の配給会社もこの新語を流行らせようとしたのだが・・・。
ちなみにこのSPACは略語で、それぞれS=サイエンス、P=パニック、A=アドベンチャー、そしてC=シネマということになっている。早い話が派手な見せ場で商売になる大作(制作費が多い)という訳だ。
実はこのSPACロマンの記念すべき第1作目こそ、今回紹介する映画『オルカ』なのだが、残念ながらこの名称は全く定着せず、もはや死語となっているのは皆さんご承知の通り。これこそ正に、70年代の映画宣伝部の熱気と自由度が良く分かるエピソードだ。

『オルカ』のチラシ
前回紹介した映画『テンタクルズ』公開の半年後、1977年の12月にお正月映画として公開された本作は、やはり当時の観客の絶大な期待を集めて公開されたのだが、もともと表情に乏しく喜怒哀楽がはっきり判らないシャチが主人公では、残念ながら『ジョーズ』の恐怖を越えることは出来なかった。
『オルカ』ストーリー
カナダ・ニューファンドランドの漁師ノーランは、水族館へ売るためにメスのオルカ(シャチ)を生け捕りにしようとするが、妊娠している子供もろとも死なせてしまう。
妻子を失ったオスのオルカは、ノーランの仲間や港の設備を襲う。交通事故で妻子を亡くした経験を持ち、オルカへの同情を禁じ得ないノーランだが、オルカの復讐による被害は漁村全体に及び、苦悩しながらも避けることの出来ない対決のため氷海へ船を走らせるのだが・・・。
Wikipediaより
『オルカ』コミカライズ版概略

掲載誌表紙
このコミカライズ版が掲載されたのは、『月刊少年チャンピオン』1978年1月号。『月刊少年チャンピオン』での映画コミカライズ版の連載は、1977年8月号掲載の『ザ・ディープ』で一旦終了。
その後は増刊号などに不定期に掲載されたのだが、連載終了から数ヶ月を経て本誌に掲載されたこの『オルカ』が、『月刊少年チャンピオン』連載の劇画ロードーショー最終作品とされている。本作の作者は、動物漫画の第一人者である石川球太先生。過去に黒沢明監督の『デルスウザーラ』のコミカライズ版を描かれて以来の登場となっている。
『オルカ』コミカライズ版内容紹介

本作の扉絵

事の発端は人間側にあった。

実はメスは妊娠していた!

あまりにヒドい人間たちの仕打ち!
人間の勝手なオルカ狩りのせいで、妊娠中の妻を殺された雄のオルカ。こうして自身の目の前で妻子を惨殺された雄のオルカは、敵の人間たちを追跡し、次々に殺害し復讐を果たしていくのだった。

まずは子供にヒドい扱いをした男を噛み殺す!

人間並みの知能と感情を持つオルカ!

更にオルカの復讐はエスカレートする!

ノーランを挑発するオルカ!

オルカにも情けがあると思われたが・・・。

恋人の眼の前でノーランを殺したオルカ。
いかがでしたか?
てっきり動物パニック物と思わせて、まるで西部劇の様な男同士の対決と復讐の空しさを描いた本作。人間側がオルカに殺されて終わるという、予想に反してかなりハードで地味な内容の本作だが、このコミカライズ版では作者の石川球太先生によるコメディ描写が挿入されるなど、子供向けにかなり表現をマイルドにしている点が特徴だと言える。
当時劇場に見に行けなかったミドルエッジ世代の子供たちにとって、動物漫画の巨匠である石川球太先生の見事な画力とアレンジによる『オルカ』を読むことが出来た体験は、当時映画館で本編を見た大人たちよりも、遙かに幸せだったと言えるのかも知れない。
最後に
先に公開された映画『テンタクルズ』でも、そのパンダの様な外見とは正反対の獰猛な習性を観客に強く印象付けた、このオルカ=シャチという生き物。当然人間を襲うオルカの群!的な展開を多くの観客が期待したのだが・・・。残念ながらスクリーンに描かれたのは、何とオルカの夫婦愛と人間に対する復讐の物語、という意外と地味な物だったのだ。
しかも、どう考えても人間側の方が勝手な理由でオルカに危害を加えており、その復讐のために単身憎むべき仇の男を追い続けるという、正に動物版『マッドマックス』といった内容には、当時の観客もかなり困惑して劇場を後にしたのだった。実際、当時小学6年生だった自分も映画館に連れて行ってもらえなかったので、仕方なくノベライズ版の小説本を買って読んだ記憶がある。ちなみにノベライズ版の表紙も、映画のポスターと同様のデザインだった。それほどこのオルカがジャンプしているポスターデザインは、当時の小学生にとって魅力的だったのだ。それだけに、後年やっと本編を鑑賞した時のやり切れない気持ちといったら・・・。
もちろん、当時の様な「動物パニック物」という固定観念を外して鑑賞すれば、逆にオルカの夫婦愛が心に響く名作映画となるのだが、残念ながら当時の観客には、そうした心の余裕は持てなかったのではないだろうか。
今やCGでどんな動物でもスクリーンに再現出来るようになった時代だからこそ、オルカが持つ深い夫婦愛が泣かせる本作を是非リメイクして欲しいものだ。