ナディア・コマネチ Nadia Comaneci ルーマニアの白い妖精 完璧な演技で史上初の10点満点を連発 体操に革命を起こしたヒロイン

ナディア・コマネチ Nadia Comaneci ルーマニアの白い妖精 完璧な演技で史上初の10点満点を連発 体操に革命を起こしたヒロイン

1976年のモントリオールオリンピックの女子体操で、14歳の少女が世界をアッといわせた。 団体戦規定の段違い平行棒でオリンピック史上初の10点満点。 さらに団体戦自由、個人総合、種目別でも完璧な演技をみせ、計7回の10点満点記録。 奪ったメダルは金3個、銀1個、銅1個。 153㎝、39㎏、白い肌、白いレオタード。 「白い妖精」といわれた。 1984年、22歳で現役引退。 1989年、チャウシェスク独裁政権が崩壊する直前、自由を求めてアメリカに亡命。 オクラホマ州で体操教室を開いた。 モントリオールオリンピックで初めて10点満点を出したとき、演技終了後、審判団は10点という点数を想定していなかったため「1.00」というスコアボードを掲げた。 現在はルールが変更されたので、10点満点は存在しない。


1978年の世界選手権に出場したのはデパに戻って5週間後にことだった。
増えた体重で難しい技を行うのは無理だった。
しかし平均台では金メダルを獲った。
平均台は腕より脚の力がものをいう種目。
下半身の強さが証明されたのは明るい材料だった。
しかしマスコミは、「ナディア・コマネチは終わった」と書き立てた。
デパに戻りナディア・コマネチはトレーニングを続けた。
しかしこの頃のトレーニングは様変わりした。
子供の頃は、技を覚えるために何度も反復した。
そしてたくさんの技を引き出しに蓄えることを行った。
しかし今ではどんな技でも自動的に行えるので、ただコンディションを向上・維持させていればよかった。
トレーニングは3時間だけ。
これにはランニング、ダンス、段違い平行棒、平均台、床の連続練習、ストレッチが含まれている。
実際に危惧を使った練習は1日18分程度。
段違い平行棒のルーティンは35秒。
それに10分の回復時間をとる。
どの種目もそのように行った。
筋力トレーニングなどパワーをつける練習は回数がずっと少なくなった。
以前なら段違い平行棒の練習は、毎日、蹴上がり上棒持ちから倒立を5回×3セット。
高棒で懸垂し足をV字に上げて顔を近づけるVアップを10回×3セット。
こうしたエクササイズに加えてさまざまな連続技をいくつも練習したり、ルーティンの終末部あたりから始めたり、最終要素や下り技を練習し、段違い平行棒を練習する時間は1日で1時間15分だった。
ベラ・カロリーはナディア・コマネチの意見や要求を聞き採用するようになった。
またナディア・コマネチは若い選手の指導も始めた。
選手はアドバイスを求め、ナディア・コマネチはあれこれ面倒をみて彼女たちの役に立つことが本当に嬉しかった。
屈辱の世界選手権から7か月後のヨーロッパ選手権で、18歳のナディア・コマネチは総合で金メダルを獲った。
スラリとやせてパワフルになっていた。
それは周囲に不可能だといわれても自分の能力と可能性を信じた努力した結果だった。
ベラはかつて体操選手についていった。
「この子たちは小さいサソリのようなものだ。
全部瓶に入れても1匹は生きたまま逃げ出す。
このサソリがチャンピオンになるのだ」

世界選手権とヨーロッパ選手権を終えてから2、3ヵ月、ナディア・コマネチはトレーニングを積み
次々と競技会で最高の成績を収めた。
これまでにないほど調子がよく、これならと世界選手権フォートワース(テキサス)大会も期待された。
そして大会1ヵ月前に、調整のためにテキサスの気候に似たメキシコに入り試合で使用されるアメリカ製の器具を使ってトレーニングをした。
しかしトレーニングどころかインフルエンザウイルスに感染し4㎏近く体重が減り体力を落とした。
テキサスに着いたときチーム全員がやつれ青ざめていた。
チームリーダーのナディア・コマネチは必死で規定演技をやり通した。
自由演技に進んだときルーマニアはソ連より0.5ポイント下だった。
しかしメキシコでの最終日に練習中に左手首にできた傷に黴菌が入り赤く腫れ出し、自由演技でアリーナに登場したときは左手首は真っ赤で痛みもひどかった。
ウオーミングアップをしてみると、左手首の腫れで動きが悪く力も出なかった。
ベラは各種目で名前を呼ばれたら出場資格を確保するためにとにかく器具に触れておけという。
(審判の前に出ず器具に触らなければ失格となる。)
ナディア・コマネチは種目が始まるごとに審判の前に出ていき器具に触れただけで下がった。
前日の規定種目で高得点を出していたので、もし演技を行ってもかなりのミスをしても勝てた。
(規定演技の得点と自由演技の得点は加算される)
はじめのうちはナディア・コマネチが演技する必要はなかった。
しかし平均台でルーマニアチームの1人が落下し、団体優勝のためにはナディア・コマネチの得点が必要になった。
ナディア・コマネチは平均台の演技を、主に右手を使い、後方倒立回転のような技も右手に体重をかけて左手の痛みを抑えた。
そして落下もせず着地も決めノーミスで演技を終えた。
得点は9.95.
ルーマニアチームは団体総合優勝を果たした。

モスクワオリンピック

19歳のナディア・コマネチは、もう1年体操選手として頑張って、その後はブカレストの大学に行こうと思った。
1980年のオリンピックには出たかった。
ベラ・カロリーとマルタの同意を得てブカレストに戻りトレーニングを始めた。
トレーニングをしていくうちに坐骨神経痛が出始めた。
脚にも痛みがあり、神経を切れたように足の指の感覚がないこともあった。
物理療法を受け、硬いところで寝たりして回復に努め、練習やトレーニングは無理をせずなんとかいい成績が出せるように最低限の練習をこなした。
ブカレストで亡命した一家の家を買い、母と弟と住んだ。
体操選手として毎月100ドルをもらっていたが、足りない分は母が地元の店で働いた。
冬は光熱費を熱約するために3人一緒に寝起きした。
当時、共産主義国のアスリートはCM出演や講演で収入を得ることができなかった。
だからナディア・コマネチの収入はルーマニア政府が握っていた。
1980年のモスクワオリンピック直前に、ソ連がアフガニスタンに侵攻。
アメリカのカーター大統領が抗議の声明を発表し、オリンピック不参加を各国に呼びかけた。
このため日本を含む多くの民主主義国家がオリンピックをボイコットした。
しかしナディア・コマネチにとって大した問題ではなかった。
最強のソ連やドイツとメダルを争うことが重要だった。
アメリカは当時まだそのレベルに達していなかったのでオリンピックに出場しなくても残念とは感じなかった。
モスクワオリンピックはソ連の土俵での戦いだった。
ルーマニアチームは団体総合でソ連に次いで2位。

しかし個人ではナディア・コマネチが段違い平行棒で落下したので、ソ連のエレナ・ダビドワは大きなミスをしなければ優勝することができる。
そして残るは最終種目のみ。
ナディア・コマネチは平均台の2人目、エレナ・ダビドワは段違い平行棒の6人目、最後の選手だった。
平均台の1人目の選手が演技を終え、ナディア・コマネチは審判の演技開始の合図を待った。
しかし審判が集まって何か話し合い合図は出ない。
その間に段違い平行棒は進んでいき、ついに6人目のエレナ・ダビドワの演技が終わった。
得点は9.95だった。
そこでようやくナディア・コマネチに演技開始の合図が出て、手堅くまとめた演技は9.85。
こうして個人総合の金メダルはエレナ・ダビドワ、ナディア・コマネチは銀メダルとなった。
これについてソ連が勝つためにナディア・コマネチの演技時間を遅らせたという人もいたが、ナディア・コマネチ本人は自分のミスとエレナのよい演技を認め結果を妥当と受け入れた。
しかしベラ・カロリーは
「採点はフェアにやれ」
と抗議した。
帰国したベラ・カロリーはブカレストの中央員会に呼び出された。
ハンガリーの血を引くという理由で、チャウシェスクはベラ・カロリーを嫌っていた。
チャウシェスクは、「2世代前から続くルーマニア人で、かつ国内で生まれた者だけが国家防衛に関わる党と政府の役職に就くことができる」とし、1977年末にコマネチのコーチを交替させようと決めた理由も「あのゲスなハンガリー夫婦とナディア・コマネチの名声をわけるのはいやだ。彼女にはルーマニア人の血を引くコーチを探さなくては・・・」という理由からだった。
ベラはチャウシェスクの信任厚い委員たちが居並ぶ机の前に立たされ説明を求められた。。
なぜオリンピックを混乱させたのか?
なぜ西側マスコミに話したのか?
(ベラは「大会は腐敗している」とアメリカの記者に語った)
なぜ(我が国の友人である)ソ連を侮辱したのか?
ベラは軽くても投獄、もしかしたら命を奪われるかもしれなかった。

運命のアメリカツアー

チャウシェスクファミリー

オリンピック以降、20歳のナディア・コマネチは体操をやめて、大学に通い、弟の面倒をみて、毎月半ばになると食べていくのに悪戦苦闘した。
当時誰もが食べ物を手に入れることが困難だった。
朝4時に食料品店の行列に並んで順番が来てみると、棚にはマヨネーズとマスタードと豆しかなく、近所同士で食料を交換したり分け合って暮らした。
みんな暮らしは悲惨で苦しかった。
ルーマニアの食料はすべて輸出されていた。
チャウシェスクが懐を肥やし、国名義で負った債務を完済するためだった。
ナディア・コマネチは体操をやめてはじめて自分がそれまでどれだけ幸運だったか知った。
トレーニングしている間はちゃんと食事ができた。
しかし体操選手としての生活が終わると周囲の人と同じ辛い生活が待っていた。
ナディア・コマネチは大学でフォークダンスチームの振付師をした。
これが初めて仕事だった。

1981年、ルーマニア体操連盟から電話があり、アメリカでエキシビジョンツアーを行うという。
政府としては11都市でショーを開催し25万ドルを集めたかった。
そこで1000ドルのギャラを出すからナディア・コマネチに参加してほしいという。
振付師の給料は日給3ドルだった。
ナディア・コマネチは承諾した。
チームはベラ・カロリーとマルタが引率していた。
オリンピック以後、ナショナルチームのコーチから外され、デパのトレーニングセンターは政府の支援を失った。
そしてこの遠征に同行することを強制された。
また外国マスコミと話すことを禁じられた。
ベラは政府の冷遇にすっかり愛想をつかしていた。
ルーマニア体操連盟理事が代表団長として同行し、また私服警官数名も身分を隠して派遣された。
スケジュール、ホテル、交通機関、パスポート、すべてを理事が管理した。

バート・コナー

アメリカではアメリカの体操選手チームと一緒にバスに乗り言葉が通じない中で楽しい時間を過ごした。
ナディア・コマネチは彼らの音楽を聴きコミュニケーションを試みた。
ここに後に夫となるバート・コナーがいた。

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