ビッチェズ・ブリュー
ロックやポップスに比べジャズの市場は小さい。今さら改めて言うまでもなく、非常に小さなものです。有名なジャスミュージシャンであってもレコードやCDの売り上げはロックスターの何分の一、いえ、何十、何百分の一でしょう。
それはジャスの帝王ことマイルス・デイヴィスをもってしても同様です。代表作であり、ジャズ史上最も革命的な作品の一つとみなされている「ビッチェズ・ブリュー」でさえも、マイルスにとって唯一全米チャート・トップ40にランクインしたにすぎません。
しかし、しかしです。この「ビッチェズ・ブリュー」はあまりにも素晴らしい!素晴らしすぎます。

ビッチェズ・ブリュー
発表当初から賛否を巻き起こしたビッチェズ・ブリュー」、現在の耳で聴いてみても問題作だったことは容易に想像がつきます。今日ではマイルス・デイヴィスのみならずジャズ界を代表する名盤としての評価を確立していますが、一方では批判的な意見を言うジャズファンも多くいるようです。
その代表的な意見としては「これはジャズではない」でしょう。
また、初めてジャズを、マイルスを聴くことになった時、それが幸運にも「ビッチェズ・ブリュー」だったとしたら、感想はおそらく「何が何だか分からない」という声が多く聞かれるのではないかと思われます。
何故そう思われるのか?では先ず、アルバムのタイトルにもなっている「ビッチェズ・ブリュー」を実際に聴いてみましょう。
ジャズを、マイルスを初めて聴く方いかがですか?偉大なる革命を起こした名盤、その代表的なタイトル曲、どうです?つまらんでしょう?
ロックやポップスに馴染んでいる耳には、退屈だと感じるのが普通の感覚ではないかと思います。この映像はライブと言うこともあり、9分少々ですが、アルバムではこの曲は27分もあります。長い!長すぎます。

マイルス・デイヴィス
「ビッチェズ・ブリュー」には6曲収録されています。6曲と聞けば特に問題はないように思えますが、発売当初のレコードで2枚組です。つまり4面。CDになってからも2枚組ですが、それもそのはず「ビッチェズ・ブリュー 」の27分を筆頭に、「ファラオズ・ダンス 」20分、「スパニッシュ・キー」17分と収録曲はどれもこれも長い!
「ジョン・マクラフリン」だけが4分23秒と短めですが、これはあまりに長い曲ばかりなのでプロデューサーのテオ・マセロが「ビッチェズ・ブリュー」の一部を切り取って、単体の楽曲としたものです。アルバムに慣れてくると、この曲が良いアクセントになっていると思われるかもしれません。
因みに、ジョン・マクラフリンとはこのアルバムにも参加しているギタリストの名前です。彼のギターが目立っているのでこのタイトルにしたのだとか。なんともいい加減というか、ジャズ的です。

ジョン・マクラフリン
ジョン・マクラフリンが弾くエレキギターなど多くのエレクトリック楽器が入っていることもあり、「これはジャズではない、ロックだ」という意見や「これはファンクだ」という意見。または、「これはフュージョンというジャンルを確立したアルバムだ」といった意見がありますが、日ごろロックやファンクを聴いている人からすると、これをロックとかファンクと認めるのも無理があるように思いますし、フュージョンというのも一般的なイメージからはかけ離れています。
ただ、このアルバムには後にウェザー・リポートを結成することになるウェイン・ショーターや、リターン・トゥ・フォーエヴァーを結成するチック・コリアなどフュージョン・シーンを代表するミュージシャンが他にも多数参加しています。

ウェイン・ショーター
それでは、ウェイン・ショーターがジョー・ザヴィヌル等と結成したウェザー・リポートの「Birdland」を聴いてみましょう。
フュージョン、クロスオーヴァーといえば、まさにこんな感じですよね。「ビッチェズ・ブリュー」とは随分違います。何といっても聴きやすいです。だからこそヒットしたのでしょうけどね。
それでは、確認の意味でアルバム「ビッチェズ・ブリュー」を代表する曲「スパニッシュ・キー」を聴いてみましょう。
一般的にポップとは言い難いですよね。しかし、我慢して何度か聴いていると、もしかしたらこの曲の名曲、名演ぶりが分かってくるかもしれません。しかし、それにしても長い。17分30秒という長さは何度も聴きなおすにはあまりにも長すぎます。
だからと言うわけでもないのでしょうが、この曲と、やはり14分もある「マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥ・ダウン」はなんとシングルになっていて、それぞれ2分49秒に編集されているのです。
それは、「Bitches Brew: 40th Anniversary Box set」で聴くことが出来ます。

Bitches Brew: 40th Anniversary Box set
「スパニッシュ・キー」にしても「マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」にしても確かに聴きやすいといえば、聴きやすい。しかし、これは別物です。
今となっては貴重な音源のひとつではあるのでしょうが、「スパニッシュ・キー」を「マイルス・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」を聴いた気にちっともなりません。
つまり、時間が短ければ良いというものではないということです。じっくりと長い時間をかけて徐々にテンションを上げていく、「ビッチェズ・ブリュー」とはそんなアルバムなんですね。
この4枚組の「Bitches Brew: 40th Anniversary Box set」が素晴らしいのは、CDとDVD各1枚この当時のライブが収めてあることです。マイルスファンであれば必聴、必見ですよ。
名盤だけあって更にもうひとつボックス・セットが出ています。「ザ・コンプリート・ビッチェズ・ブリュー・セッションズ」がそれです。

ザ・コンプリート・ビッチェズ・ブリュー・セッションズ
貴重な音源が多数収録されています。しかし、ビッチェズ・ブリュー録音日に近い日付のセッションが集められているということですので、ビッチェズ・ブリュー・セッションズというには若干無理があるように思います。
歴史的な名盤ですから、これからも様々な形で関連する商品が発表されるのかもしれません。ファンにとっては楽しみですね。
これを機にひとりでも多くの方に聴いてもらいたいと思いますが、「ピンとこない」、「訳が分からない」と思われている方がほとんどでしょう。そのような方には、繰り返し何度か聴いて頂くしかありません。
きっと、きっとです。きっと、このアルバムの素晴らしさに気付く瞬間がやってきます!
「ビッチェズ・ブリュー」。それにしても不思議なアルバムです。ジャズではない。かと言ってロックというにも無理がある。これはマイルス・デイヴィスという天才が産み落としたマイルス・デイヴィスと呼ぶしかない音楽、宇宙なのです!