ザ・タイマーズのアルバム「THE TIMERS」
THE TIMERS - THE TIMERS - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
レコード会社、ラジオ局への抵抗
アルバム「COVERS」は、洋楽曲に日本語の歌詞をつけたカバーアルバムとして制作されましたが、歌詞の中で核問題や原子力問題を扱っていたため、レコード会社から曲の削除を求められ、最終的に発売中止となりました。
ザ・タイマーズとして発表したアルバム「THE TIMERS」のプロモーションでは、清志郎が歌詞を提供した曲を放送禁止としたラジオ局を、生放送で替え歌として罵倒するという事件となりました。
RCサクセションの活動休止
1991年、RCサクセションは無期限の活動休止を発表します。清志郎は個人事務所の「ベイビィズ」を設立し、1994年にはプライベートスタジオ「ロックンロール研究所」を設立します。
この頃から俳優としての活動が始まります。
2000年には、サイクリングを始め、チームを結成し、ツアーの移動に自転車を使ったりしていました。落車をして骨折したり、自転車の盗難にあったりしたようですが、生涯自転車を愛していました。
サイクルウェアの清志郎
[境界的にして典型的な人/忌野清志郎さん] by みどりのろうごくblog
闘病生活と復活
2006年、メンフィスでのアルバム「夢助」のレコーディングを終え、帰国後にWebサイトで「喉頭癌」であることを発表し、音楽活動を休止して闘病生活に入ります。
癌の摘出をすると、声が出なくなるとの宣告に、手術ではなく放射線や抗癌剤での治療を選択します。2007年から徐々に音楽活動を再開し、2008年には日本武道館で「忌野清志郎 完全復活祭」を開催し、本格的に活動を再開します。
アルバム「夢助」
忌野 清志郎 - 風のたよりのブログ
武道館での復活祭の半年ほど後、癌の転移が報告され、再びライブ活動を休止します。治療のかたわら、曲の提供やレコーディングへの参加などの活動を続けていました。
アースマラソンに挑戦していた間寛平への応援歌をレコーディングするなど、徐々に活動を再開していましたが、2009年に体調不良のため入院し、病床からデビュー39年記念のイラストを書き上げ、これがラストメッセージになりました。
日本武道館での完全復活祭のポスター
忌野清志郎完全復活!武道館ワンマン含む4公演決定 - 音楽ナタリー
AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW
2009年5月2日、清志郎は癌性リンパ管症で亡くなりました。最期は家族のほか、仲井戸麗市らが見守りました。
葬儀は関係者のみの密葬が行われ、5月9日、青山葬儀場で「AOYAMA ROCK'N ROLL SHOW」として、ファンのためのロック葬が行われ、参列者は4万3千人にも及びました。
AOYAMA ROCK'N ROLL SHOWの様子
グリーンのマントが在りし日の元気な姿を思い起こさせる。 [画像ギャラリー 9/20] - 音楽ナタリー
AOYAMA ROCK'N ROLL SHOWでの生演奏は、ソロ活動を支えたバンド、NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS plus武田真治によって行われました。清志郎の声に合わせて演奏されました。
NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS plus武田真治の演奏
NICE MIDDLE with NEW BLUE DAY HORNS plus 武田真治 [画像ギャラリー 7/20] - 音楽ナタリー