ファッツ・ドミノ(Fats Domino)
ファッツ・ドミノ(Fats Domino)
ロックンロールの終焉
このようにロックンロールの旋風が50年代末まで吹き荒れていたが、何せ50年代のアメリカにはまだまだ人種差別の風潮が色濃く残っていて、1958年頃から白人中産階級により黒人音楽をルーツに持つロックンロールが一般向けのラジオ放送で演奏される事を嫌悪し、ロックンロール追放運動が起こり、一方で保守的な黒人キリスト教徒からも神聖であるべきゴスペルが教会から持ち出され商業的に味付けされる事への反発が起き、不買、不売、焚盤など一種迫害にも近い「ロックンロール狩り」が全米各地で発生する。同時に音楽産業の変化に伴う「ロックンロール産業」の商業化とあわせ、主要ミュージシャンが徴兵・死亡・懲役などで次々とシーンを去ったことからアメリカでのロックンロールは次第にその勢いを失い、残った主なミュージシャンもヨーロッパにその活動の舞台を移していった。しかし、後に、「イングリッシュ・インベージョン」と言って、ヨーロッパに移り、進化したロックンロールは、特にイギリスからアメリカに反転攻勢をかける原因のひとつになったと言わざるをえないのである。