頭脳明晰でサッカー選手としても秀でた才能があるけれども なぜか好かれない強すぎる性格の中田英寿

頭脳明晰でサッカー選手としても秀でた才能があるけれども なぜか好かれない強すぎる性格の中田英寿

1977年1月22日山梨県甲府市で生まれる。愛称はヒデ。日本代表のFIFAワールドカップ3大会連続出場に貢献。FIFA100選。アジア年間最優秀選手賞2回。イタリア政府よりイタリア共和国功労勲章受章。U-17世界選手権、ワールドユース、U-23オリンピック、コンフェデレーションズカップ、W杯、以上のナショナルチーム主要世界大会すべてでゴールをあげた唯一の日本人選手である。現在はFIFA国際サッカー評議会(IFAB)諮問委員。株式会社東ハト執行役員。一般財団法人「TAKE ACTION FOUNDATION」代表理事。


25歳で記念すべき地元開催となった2002年日韓W杯に出場。精神的にもチームを牽引する中心選手として、グループリーグ3試合、決勝トーナメント1試合の全試合に出場した。グループリーグのチュニジア戦では、ヘディングで自身のW杯初ゴールを記録した。

W杯の宴も終わり再度パルマに戻る

戦術・立ち位置について監督との齟齬

2002-03シーズンから指揮をとったチェーザレ・プランデッリ監督には右サイドハーフでレギュラーとして起用される。アドリアーノ、アドリアン・ムトゥと共に構成された攻撃陣はイタリアメディアから『トリアイナ(三叉の槍)』と称される高い攻撃力を発揮し、中田は敵地でのユヴェントス戦で先制点を決めるなどユヴェントス・キラーとしても賞賛された。しかしシーズン後半になると、手数をかけずFWに預ける守備的なチーム戦術へ変更された影響を受け、中田は攻撃よりも右サイドでの守備に奔走することを求められていった。

ボローニャ時代

2003-04シーズン冬の移籍市場で、中田に信頼を寄せるマッツォーネ監督率いるボローニャへ半年間のレンタル移籍を決断する。センターハーフを任された中田は、移籍初戦と次節の2試合連続のアシストによってチームメイトの信頼を得た。以後、セリエAと日本代表の全試合にフル出場する過密日程をこなし、サッカー選手の職業病ともいえるグロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)を発症するが、ボローニャのセリエA残留に貢献して恩師の期待に応えた。シーズン末、マッツォーネは中田の完全移籍を熱望し、中田側もパルマの給料未払いを相殺することで資金のないボローニャを援助する形で移籍する計画を遂行しようとしていた矢先、パルマが子会社の粉飾決算により破産。ボローニャはレンタル元であるパルマ側の破産管財人が要求した金額と年俸を工面できず頓挫した。

フィオレンティーナ時代

2004-05シーズン直前にACFフィオレンティーナへ完全移籍。シーズン前の合宿までの2か月あまり、日本でグロインペインの治療に専念した。しかし、低調なプレーに終始して現地ファンに酷評され、クラブと日本代表の両方の出場機会を失った。2005年3月にサテライトの試合で結果を出すと、すぐにドイツW杯アジア最終予選に招集され、予選を突破した。クラブにおいても翌シーズンに向けての決意を新たにしたところ、2005-06シーズンから、パルマ時代に確執があったプランデッリが監督に就任することを知り、急転直下、移籍することにした。

イングランド・プレミアに渡英

ボルトン時代

2005年、7年間過ごしたイタリアを離れ、28歳でイングランド・プレミアリーグのボルトン・ワンダラーズにレンタル移籍。加入後すぐにレギュラーを掴んだ。ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦で、フリーキックからプレミアリーグの初ゴールを記録する。まもなく日本代表の親善試合に招集されたが、サム・アラダイス監督はコンディションを憂慮して難色を示したのに対して中田は招集された代表戦に全て出場し、やがてアラダイス監督の信頼を失い、主にリーグ戦の途中出場とカップ戦の出場になっていった。しかし、リーグ戦終盤には5試合連続で先発出場。チームの勝利に貢献し、ドイツW杯を前に懸念されていた試合勘の問題も払拭した。ただし、ボルトンはロングボール戦術を中心とするチームだったため、その能力をフルに発揮出来たとは言い難い。

世界最強国ブラジルを前に

現役引退

2006年6月、29歳で自身3大会連続3度目となるドイツW杯のグループリーグ全3試合にフル出場。1分2敗で決勝トーナメントには進出できなかった。ブラジル戦では力の差を見せつけられ、疲弊させられて手も足も出ない状況に陥るが、試合終了の笛が鳴るまで走り抜き、ピッチに倒れた。そこから立ち上がってセンターサークルへ行くと仰向けに倒れ込んだ。
ドイツW杯をもって日本代表から引退する事は以前から決まっていた。
2006年7月3日、自身の公式HP上で現役引退を表明。「あらゆる人に、ボルトンとの契約は残っていたが、「もうお金はいらないから契約を切ってほしい」とチームと話し合い契約を解除してもらった。

サッカー選手にピリオード

そして世界各地への旅

以後は世界各地を、「自分探しの旅」を始め、見聞を広めながら自分にできることを探したいという趣旨の発言をしている。また、サッカーの恩恵に感謝しており、「今後の発展を願っているし、貢献もしたい」と繰り返し語っている。

関連する投稿


中田英寿の現在!結婚してる?旅人~の肩書きがすごい事に!!<人生は情熱優先>

中田英寿の現在!結婚してる?旅人~の肩書きがすごい事に!!<人生は情熱優先>

サッカー日本代表史上 最もインパクトを残し2006年W杯のブラジル戦後  電撃引退した”中田英寿”氏。まだ29歳という若さに「早すぎる」と日本のみならず世界にも衝撃が走りました。引退後は「旅人」という肩書きで世界中を旅されていたようですが、中田さんがサッカーの次に情熱を注ぎ込んでおられる『今』を調べてみました。気になる結婚は?


今年50歳芸人大集合!

今年50歳芸人大集合!

今年50歳の芸人さんたちを集めてみました。まだまだ第7世代には負けません。


中村俊輔のサッカーノート Fantasista 破壊的なまでに超攻撃的サッカーは相手を完膚なきまでにたたきのめし、みる者を魅了する

中村俊輔のサッカーノート Fantasista 破壊的なまでに超攻撃的サッカーは相手を完膚なきまでにたたきのめし、みる者を魅了する

Fantasista(ファンタジスタ)とは、サッカーの国、イタリアで生まれた言葉で、ファンタジア(創造、想像力)を持つ選手、思いもつかないプレーで一瞬にしてチャンスをつくりだす特別な選手を指す。


GON 中山雅史 本能むき出しの点取り屋 ハットトリック男 熱血、不器用、猪突猛進、侍エースストライカー

GON 中山雅史 本能むき出しの点取り屋 ハットトリック男 熱血、不器用、猪突猛進、侍エースストライカー

Q.好きな言葉は?「力」 Q.欲しいものは?「膝の軟骨、半月板、テクニック」Q. 中山雅史にあるものは?「負けず嫌いとサッカーを愛する気持ちだけ。ほかになにもないから中山雅史だった。なにもないからなにかを得ようともがき苦しみ、もがき苦しむことから抜け出すために、手を伸ばし、その先をつかもうと努力した。ずっとその繰り返しだった」


眞鍋かをり、中田英寿、中川翔子…インターネット黎明期に人気だった有名人のブログ!!

眞鍋かをり、中田英寿、中川翔子…インターネット黎明期に人気だった有名人のブログ!!

今や有名人にとって必須と言っても過言ではない「ブログ」。2000年代前半から爆発的に普及しましたよね。この記事では、長年に渡ってブログ等を運営している有名人を何人かご紹介したいと思います。


最新の投稿


『りぼん』おとめチックの金字塔!陸奥A子・田渕由美子・太刀掛秀子の画業を辿る決定版書籍が発売

『りぼん』おとめチックの金字塔!陸奥A子・田渕由美子・太刀掛秀子の画業を辿る決定版書籍が発売

1970年代後半に『りぼん』で巻き起こった「おとめチック」ブーム。その中心的存在である陸奥A子、田渕由美子、太刀掛秀子の3作家を特集した決定版書籍が2026年1月23日に発売されます。カラーイラスト250点以上に加え、池野恋、水沢めぐみの特別寄稿や豪華対談も収録。乙女たちの憧れが詰まったファン待望の一冊です。


昭和100年メモリアル!トキワ荘通りで「レトロ家電だョ!全員集合」開催中。三種の神器や体験型展示も

昭和100年メモリアル!トキワ荘通りで「レトロ家電だョ!全員集合」開催中。三種の神器や体験型展示も

東京都豊島区の「トキワ荘通り昭和レトロ館」にて、企画展『レトロ家電だョ!全員集合』が2026年2月15日まで開催されています。昭和30年代の「三種の神器」をはじめとする懐かしの家電が集結。再現されたダイニングや洗濯体験ワークショップなど、見て・触れて・楽しめる、世代を超えて昭和文化を体感できるイベントです。


サンリオの原点が60年ぶりに復刻!やなせたかし初の市販詩集『詩集 愛する歌』が2026年4月に発売決定

サンリオの原点が60年ぶりに復刻!やなせたかし初の市販詩集『詩集 愛する歌』が2026年4月に発売決定

サンリオの出版事業第1号であり、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかし氏の初市販詩集『詩集 愛する歌』の復刻が決定。1966年の初版本を忠実に再現し、2026年4月1日に発売されます。NHK連続テレビ小説「あんぱん」でも注目を集める本作は、やなせ氏とサンリオ創業者の絆から生まれた伝説の一冊です。


「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が死去 86歳

「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が死去 86歳

「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が1月22日、86歳で死去しました。「神武以来の天才」として14歳でプロ入りし、現役最長62年の記録を樹立。大山康晴十五世名人らとの激闘や藤井聡太竜王との対局など、将棋界に残した偉大な功績と、誰からも愛されたその生涯を振り返ります。


『北斗の拳』×『花の慶次』札幌で「漢の生き様」を体感!限定グッズ満載のPOP UP SHOPが開催

『北斗の拳』×『花の慶次』札幌で「漢の生き様」を体感!限定グッズ満載のPOP UP SHOPが開催

『北斗の拳』と『花の慶次 ―雲のかなたに―』の熱き世界観が融合した「漢の生き様 POP UP SHOP」が、2026年1月16日よりMARUZEN & ジュンク堂書店 札幌店にて開催。名場面を再現したアクリルジオラマやステッカーなど、ファン垂涎のグッズが勢揃い。購入特典には伝説の「でかいババア」も登場します。