黄金期と後退期
こうしてクレイジーキャッツとともに、植木等は1960年代のトップコメディアンとしての黄金期を迎えます。
1969年に発売した「ウンジャラゲ」は、志村けんが1988年にカバーしてヒットしました。
映画に歌にステージに大忙しのスケジュールをこなしていくのですが、70年代に入るとドリフターズの台頭等により徐々に人気が落ち、メンバーの単独での活動が目立つようになり、クレージーキャッツとしての活動が激減していきます。
そんな中植木等は、違う道を切り開いていくのでした。
個性派俳優へ
このあと1990年頃まで毎年のようにスクリーンに出演し続け、テレビにも多数のドラマに出演し、名わき役・性格俳優としての地位を築いていきます。
中でも、黒澤明監督最後の時代劇となった「乱」には、監督からのラブコールで出演を果たしています。
1986年には木下恵介監督の「新喜びも悲しみも幾年月」で日本アカデミー賞助演男優賞、キネマ旬報助演男優賞等を受賞、役者として円熟期を迎えることになるのでした。
人情の師匠との師弟愛
芸能通の間ではかなり有名な話しですが、植木の付き人を務めたのが小松政夫。
「小松政夫」の名付け親も植木等。
そして、世に送り出したのも植木等。
植木等の知られざる一面を、小松政夫が語っています。
小松政夫が涙ながらに語った、植木等との師弟愛 悠々寛大/ウェブリブログ
小松政夫 - Wikipedia
植木等さんは2007年3月27日、80年の人生に幕を下ろしました。
無責任男のキャラクターとして昭和のトップコメディアンとなり、また個性派俳優としても数々の映画やドラマに出演し、ファンを楽しませてくださいました。
キャラクターイメージとは違う、温厚で人情味のある男は、自身のイメージに随分葛藤したことでしょう。
そんな男だからこそ、ファンを魅了し、一世風靡できたのではないでしょうか。
ありがとう、植木等さん。