やがてこうしたやりとり、不協和音が、他の監督さんとの間でもだんだん増えてくるようになります。
実は成田さん自身、生後8ヶ月の時に囲炉裏の炭をつかみ、左手に大火傷を負っています。
まさに野口英世さんと同じような事故でした。
その火傷のせいで、痛みや苦労など、幼い時からいろいろな思いを味わっています。
「もうここまでだ」と、思いが切れてしまっても無理からぬことだと推察します。
真実と正義と美の化身
円谷プロで仕事をしていた期間は4年余り。
その中身と言えば、普通の人の10年、15年にも値するような仕事ぶりだったと思います。
ところが所属を離れ、新しいシリーズものがどんどんできるうちに、いろいろな出版物に「成田亨がデザインした」という表記が表に現れなくなってきます。
後年、著作権をめぐって公の場で争うことも起きてきます。
しかし、ここではそのことには触れるつもりはありません。
その後成田さんは、本来の彫刻の仕事や、映画の美術監督などもされました。
それでも、ウルトラマンに思いを寄せることが多かったようです。
最後に、成田さんがその後も描かれた、ウルトラマンに関する作品と貫いた美学について紹介したいと思います。
「真実と正義と美の化身」
70点の怪獣デザイン画。1984~87年ごろのもの
ウルトラマン鎮魂歌
私たちは、ウルトラセブン以降のシリーズも楽しみました。
新しいデザイン、新しい家族関係(?)のウルトラマンたちを「そういうもの」として受け入れてきました。時々、子どもながらに「最初のウルトラマン(あるいはセブン)の方がおもしろかったよなあ・・・」と思いながら。
でも、成田さんはそのシリーズや関連したCMを、砂をかむような気持ちで眺めていたのではないでしょうか。
「ウルトラマン鎮魂歌」と題した成田さんの詩をお読みください。
「MANの立像」
成田さんの仕事について、こう評している方もいます。
新聞『成田亨の美しい宇宙人-ウルトラマン誕生秘話』日本経済新聞・日経アートレビュー2009年10月8日(木)『かつてないほど格好よく、美しい宇宙人をつくってくれ』 | ITOYA online☆特撮/映画/演劇/海外国内ドラマ☆主題歌/サントラCD/DVD/本レビュー - 楽天ブログ
永遠のウルトラマン 古谷敏
私たちが成田さんにできることは、その名を忘れないことと、私たちの子ども時代を楽しませてくれたことへ感謝することではないでしょうか。
素晴らしき芸術家に敬意を表したいと思います。