ピーター・アーツ 20世紀最後の暴君の戦記

ピーター・アーツ 20世紀最後の暴君の戦記

初期のK-1で、まさに暴れ回っていたピーター・アーツは、まだ専門学校生。まさに「怪童」でした。以後、毎年、年末に行われていたK-1グランプリで2連覇を含めて3度優勝。40歳を超えてもリングに上がり続け、本当に多くのファイターと戦い、名勝負、名KOシーンを創出し、6度もK-1グランプリのファイナリスト(決勝戦進出)となりました。その飽くなき闘争心で、総合格闘技戦も行っています。2013年には、そのインタービュー記事が巨大な広告となって渋谷駅に掲出されました。


参考文献

スポーツ少年時代

ピーター・アーツは、オランダ南部の大都市、 アイントホーフェン(Eindhoven)近くのベスツという村で生まれた。
1人っ子で、父は村の周りの森で働いていた。
ピーター・アーツは、無口でおとなしい子供だった。
学校のクラスの中でも目立たず、走るのが速いわけでもなかった。
成績はよかったけれど特別いいわけでもなかった。
おしゃべりでもいじめられっ子でもなかった。
本が読めるようになると、やみつきになり、読めるだけ本を読んだ。
読書好きは現在でも変わらないという。

やがて一般的なオランダの少年同様、ピーター・アーツもサッカーをするようになった。
体操や卓球にも挑戦し、9歳になるとテコンドーを始め、12歳になると試合に出た。
すでに180cm75kgのピーター・アーツの対戦者はみんな18歳から21歳だった。
また何よりもこのとき行われたテコンドーは、セミコンタクト(技は当たる前に止めて、相手に触れてはいけない)ルールで、ピーター・アーツには何か物足りなく、2人にしか勝つことができなかった。

15歳のときタイ式ボクシング(ムエタイ、キックボクシング)に出会い、人生が変わった。

キック小僧時代

ピーター・アーツの両親は、彼がスポーツをすることを応援し、学校教育にも熱心だった。
キックボクシングに対しても同様で、よいトレーニングをするためあれこれとアドバイスをした。
母親はケガをしないか心配で息子の初めてのキックボクシングの試合をみていられなかったが、ピーター・アーツは順調に勝った。
そしてデビュー後、8戦全勝(7KO)した。

しかし9戦目で初めて負けた。
相手はあのアーネスト・ホーストだった。

練習バカ

しばらくしてピーター・アーツは別のスクールに通い始め、かつて有名なキックボクサーで、かつボクシングでもヨーロッパチャンピオンだったエディ・シュムーダーズのもとでトレーニングを始めた。
ピーター・アーツの1日のスケジュールは、朝のランニングに始まり、昼は学校、夜はキックボクシング。
スクールまでの10kmは走っていき、
1時間のボクシングトレーニングと1時間のキックトレーニングをこなし、
再び10kmを走って家に帰った。
そしてスクールから家に帰っても家具を動かして、誰かににクッションを持たせてキックしたりして練習した。

トム・ハーリック(Thom Harinck)

1990年2月、初のAクラスの試合は、当時、世界チャンピオンだったアンドレ・マナートと、代理選手としての対戦だった。
判定負けしたものの世界チャンピオン相手に準備もせずに戦えたことが自信となった。
そしてその後は3連勝(2KO)した。
.しかしこの頃、ピーター・アーツとエディ・シュムーダーズの関係が悪化していた。

1990年11月、アンドレ・マナート戦から9ヵ月後、かつて世界チャンピオンにもなったヤン・ヴェッセルスとの試合が行われた。
しかしこのときピーター・アーツはコーチが不在だった。
1人でいるピーター・アーツに数々のチャンピオンを生み出していたチャクリキジムのトム・ハーリック会長が声をかけた。
トム・ハーリックは公式レセプションのために正装していたが、ピーター・アーツのコーチを引き受け、スーツを着たままウォーミングアップを手伝い、汗をかきながらコーチをした。
ピーター・アーツは、試合には敗れたものの、こんなに素晴らしいコーチをしてもらったことはなかった。

チャクリキジム(Dojo Chakuriki)

アムステルダムのチャクリキジムの練習は厳しかった。
常にたくさんの強い選手が練習に励み、ハードなスパーリングをした。
さらに試合がある選手には特別メニューが組まれた。

黒い野獣、フランク・ロッブマン

1991年11月18日、ピーター・アーツはフランク・ロッブマンと対戦した。
フランク・ロッブマンは、一撃必殺のフックと重いローキックでKO率は97%で、ニックネームは「黒い野獣」
ピーター・アーツは
「何とか勝ったけれど、もの凄く大変な試合だった」
と語っている。

LUMBERJACK ランバージャック

きっかけはマーク・ラッセル(Mark Russell)戦

イギリスのマーク・ラッセルと戦ったとき、ピーター・アーツは自分の強さを見せつけてやろうとゴングが鳴った瞬間からガンガン攻めた。
このとき誰かが
「まるでランバージャック(木こり)のようだ!」
といった。
ピーター・アーツはこれが気に入り、以来、父親の職業でもある木こり風の出で立ちでリングに向かい、そして木こりが木を倒すように相手を倒した。

CIOS

1992年、ピーター・アーツは試合を続けながらハイスクールを卒業し、オランダのシオス(CIOS、Centaal Instituut Opleiding Sportleider)という学校に進んだ。
ここでは大勢の運動選手が、トレーナーや体育教師になるために学んでいる。
ピーター・アーツはCIOSに近いアムステルダムに引っ越した。
そこはチャクリキジムにも近く都合がよかった。
3年過程だったが、練習や試合のために4年かかって修了した。

初来日

ピーター・アーツはCIOSの在学中に初来日し、総合格闘技「Rings(ファイティング・ネットワーク・リングス)」のリングに立ち、正道会館(空手の団体)のアダム・ワットにヒジ打ちで2RKO勝ちした。

不敗のモーリス・スミスを破る

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