政界入りする前の金丸!実家は造り酒屋!
実家は山梨県(旧白根町、現南アルプス市)で酒造業(造り酒屋)を営み、多くの使用人を抱えていた裕福な家柄だった。
叔父には県会議長などを務めた小宮山清三がいる。
旧制甲府中学校では素行不良により退学となった。その後、父の友人が校長をしていた旧制身延中学校(現・山梨県立身延高等学校)に入学した。
1933年に東京農業大学農学部へ入学する。卒業論文は「桜桃栽培の進化」。
農大卒業後は、地元山梨に帰り、旧制韮崎中学校(現・山梨県立韮崎高等学校)で博物(生物学)の教諭となった。また、学業以外には柔道を教えたり野球部の監督もした。
幼少時代の金丸信(後中央)と姉弟
東京農大柔道部の金丸信(左)
ちなみに、政界入り後に盟友となる竹下登の実家も酒造業(造り酒屋)を営んでいる。
他にも、二人には柔道の有段者である点や学校の教員を経験している(金丸は旧制中学の「博物」、竹下は新制中学の「英語」)点などの共通点が多かった。
また、漫画「美味しんぼ」には、金丸をモデルにしたとおぼしい「学生時代柔道三昧だった」角丸豊介(肩書は、幹事長や副総理)が度々登場する。
美味しんぼに登場した「角丸豊介」
ふてぶてしい表情から一転、涙を流して辛子蓮根を味わう角丸
総理大臣の座を断った男・金丸信
金丸信
80年代から90年代にかけて、日本政治のドンまたはフィクサーとして君臨した金丸信。
顔は穏やかで、たまに見せる笑顔が好きだった。
こういうアクの強い人が居なければ居ないで寂しいものである。