食玩の歴史はナント江戸時代「富山の薬売り」に始まります
一般庶民の旅行が難しかった江戸時代、富山の薬売りに代表される日本中を旅する薬売りは、顧客に各地の情報、名産品等を薬のおまけとして提供していました。
特に江戸時代後期から明治時代にかけての売薬版画は有名で、子供には紙風船等の玩具も提供していました。
江戸時代の食玩
1899年、村井兄弟商会のタバコにタバコカード(トランプ花札、軍人の写真、西洋の女性画のカード)が登場。アメリカのタバコ販促を真似たもので、これが日本の商業食玩の実質的な始祖となりました。
タバコを買うとカードがついてきます
1923年、江崎グリコが「グリコのおまけ」開始でお菓子の食玩が幕開け
おそらく開始当初に封入されていたと思われるカード
1923年、江崎グリコのグリコにカードのおまけが付き始めます。
当時はタバコカードを基にしたおまけで、ここからいわゆる「お菓子のおまけ」の歴史が始まります。
食玩の歴史では最長を誇っているグリコ
私たちの幼少期も、おまけといったらグリコ!
【グリコのおまけ】ドレッサー、冷蔵庫、働く車…昭和のグリコは集めたくなる"おままごとラインナップ"が熱かった! - Middle Edge(ミドルエッジ)
同じくグリコのおまけがうれしかったスポロガム
また、食玩とは異なりますが「お子様ランチ」におまけがついていたのも忘れてはなりませんね
小さな模型や人形などが、お子様ランチにはついていましたね。
後年のファミリーレストランでも、そのスタイルは継承されました。
子供が胸躍る「お子様ランチ」とは何だったのか。デパート最上階の食堂的風景とともに懐かしむ。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
1952年、カバヤ食品のカバヤキャラメルに点数カードが付き始めました
ビッグワンガムが有名なカバヤも、この時代から食玩を提供
カバヤ文庫
1964年、明治製菓のマーブルチョコレートに鉄腕アトムのシールが登場
これがキャラクターものの食玩の元祖でした
マーブルチョコレート、遠足のおやつに人気でしたね
「アポロチョコレート」「マーブルチョコレート」「チョコベビー」幼いころから慣れ親しんだ明治の大人気チョコレート菓子について。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
1967年、森永製菓のチョコボール発売
「金なら1枚、銀なら5枚」でおなじみのエンゼル。
集めてもらえる缶詰は、時代とともにリニューアルを繰り返してきました。
エンゼルに出会うのは至難の業でした!
チョコボール「金の缶詰」の歴代中身のまとめ - Middle Edge(ミドルエッジ)
1971年、カルビー製菓の仮面ライダースナックが発売
最初の大ヒット食玩はコレ!
仮面ライダーの特製名場面カードが子供達の間で大流行。
おまけの特製名場面カード目当てに菓子を買いつつ菓子本体は捨てるという社会問題が発生しました。
丸美屋から仮面ライダー45周年ふりかけが期間限定発売! - Middle Edge(ミドルエッジ)
1973年、カルビー製菓のプロ野球スナックが発売
仮面ライダースナックの人気を追ったもので、プロ野球選手のカードがもらえました。
おなじみのプロ野球チップス
同じ流れとして、1986年には日本サッカーリーグ(JSL)チップスが、そして1992年にはJリーグチップスが発売されました。
当時、袋の外側に貼り付けられたカードが盗まれる事件が多発した為、一部店舗では予めカードを外し、会計時に店員が客に手渡すという対策が講じられました。
日本代表チームのチップスも登場
Jリーグチップスとカード - Middle Edge(ミドルエッジ)
1977年(昭和52年)、ロッテのビックリマンどっきりシールが発売
「いたずらシール」が付属
ところが10回の改変を経て、8年後にビックリマン悪魔VS天使シールが誕生します。
こちらは大きな社会現象になりました。
1978年、カバヤ食品のビッグワンガムが発売!
プラモデルがパッケージの大部分を占めガムは一枚だけ、「ガムの方がおまけ」と言われました。
高級化した食玩の元祖とも呼ばれ、ブラインド式ではなく、組み立て説明書に書かれた番号が見える小窓があり、買う前に中身を判別出来ました。
当時、スーパーでこの小窓を覗く光景がよく見られました。
大きなガムが一枚!ビッグワンガム