昭和玩具史・懐かしい昭和のおもちゃの歴史(1950年代半ばから80年代前半)

昭和玩具史・懐かしい昭和のおもちゃの歴史(1950年代半ばから80年代前半)

1950年代半ばの電動玩具時代の始まりから任天堂のファミリーコンピューター発売(1983年)までのおもちゃの歴史を振り返ってみましょう。おもちゃの歴史を通じて、当時の文化や生活習慣などを振り返ることもできます。どっぷりと懐かしい昭和時代を満喫することができます。


1952年(昭和27年) 電動玩具第一号「セダン型自動車」(日本アルプス玩具)

マグネット使用の電動玩具第一号「セダン型自動車」

マグネット使用の電動玩具第一号「セダン型自動車」

日本アルプス玩具が、マグネットを用いたモーターを開発し世に送り出したセダン型の電動自動車。日本の電動玩具の第一号でもある。

日本アルプス玩具が作った電動玩具の第一号「セダン型の電動自動車」

1954年(昭和29年) 『東京科学工業株式会社(現、マブチモーター)』の登場で電池で動く玩具が増える。電動玩具時代へ突入。

マブチモーター株式会社は、小型モーターに特化した会社で、世界シェアの有鉄心モーターで業界一番のシェアを占める電気機器の大手。小型モーターは現在では全製品をアジアを中心とする海外の工場で生産しており、日本にあるのは本社と研究所の機能のみである。

現在の同社の売上の内訳は、ミラーやドアロックなどに用いる自動車電装機器が約40%を占め、音響・映像機器のCD/DVDドライブ用モーターが約20%、インクジェットプリンターやデジタルカメラなど情報機器関連が約17%などとなっている(2007年12月期のデータより)。

マブチモーター株式会社は、小型モーターに特化した会社。1954年 - 野村トーイ社との取り引きをきっかけに東京に移転、1月18日東京科学工業株式会社を東京都葛飾区に設立し、本格的な製造販売を開始。

小型モーターの「マブチモーター」の登場で電池で動く玩具が増える。電動玩具時代へ突入していく。

マブチの模型工作用モーター

1954年頃 国産の「ミルク飲み」人形流行。人形遊びの元祖。

1954年頃 国産の「ミルク飲み」人形流行

発売当時、日本橋の百貨店では、この人形を求める人たちで開店前には長蛇の列ができ、1日で約200ダース(2400個)も販売されたそうです。
ミルクのみ人形の着せ替え遊び用の洋服も、この頃に発売されている。

1954年頃 国産の「ミルク飲み」人形流行

1955年(昭和30年) 世界初の無線操縦玩具『ラジコンバス』(増田屋斉藤貿易)の発売

ラジコンは今でも増田屋コーポレーションの登録商標です。

世界最古のホビーRCカー「ラジコンバス」 増田屋斎藤貿易(現在の増田屋コーポレーション)

東京玩具商報1955年12月号(国立国会図書館の蔵書より)。初任給1万円程度の時代に定価4500円で発売された世界初のラジコンの歴史的な広告。「遂に出た 世界で初めての無線操縦玩具!」のコピー。

1955年12月 増田屋齋藤 商品広告「ラジコンバス」

1956年(昭和31年)から1957年頃 ホッピング大流行。戦後のおもちゃの歴史の中では最初のブームと考えられる。

バランス感覚を競う子供の遊びとして全国に流行したが、「ポゴをやり過ぎると胃下垂になる」という噂が広がり、ブームは沈静化して廃れて行った。

1957年頃に『ホッピング』と命名されたポゴスティックが発売される。

私は、こっちの第二次ブームでホッピングしました。

1980年頃、今度はバンダイが『スカイホッピー』として発売すると、第一次ブームを知らない子供達の間で再び流行した。

1957年(昭和32年) 髪型を自由に変えられる「カール人形」流行

髪型を自由に変えられる「カール人形」

少女向け玩具のヒット商品「カール人形」

1957年 赤銅鈴之助の「赤ザヤの刀」流行。テレビドラマ・映画・ラジオドラマ『赤胴鈴之助』(1957年)日本初のテレビキャラクター玩具が発売された作品

『赤胴鈴之助』(あかどうすずのすけ)は、福井英一と武内つなよしによる漫画で、ラジオドラマ化や映画化、アニメ化もされた。

北辰一刀流千葉周作道場の少年剣士、金野鈴之助の活躍を描く。父親の形見である赤い胴(防具)を着けることから「赤胴鈴之助」と言われる。

1957年、ほぼ同時期に異なる局で2種類のテレビドラマが製作されている。「日本のおもちゃ遊び」によると本作は日本初のテレビキャラクター玩具が発売された作品である。玩具はヒットし後年の月光仮面や鉄腕アトムへの流れを作った。

1957年から1958年にかけて大映製作の映画9作品が公開された。主演俳優の交代は、鈴之助役の梅若正二が人気を得たことで不遜な態度をとるようになりスタッフから嫌われ引退に追い込まれたためとされる。

1957年にラジオ東京 (現TBSラジオ)でドラマ化され、公募で選ばれた当時小学生の吉永小百合や藤田弓子が出演した。後に参議院議員となる当時15歳の山東昭子も語り手として出演している。回によっては生放送や公開録音もあった。

テレビドラマ・映画・ラジオドラマ『赤胴鈴之助』(1957年) 日本初のテレビキャラクター玩具が発売された作品

赤銅鈴之助の赤鞘の刀が流行

1958年(昭和33年) エポック社「野球盤」

初代野球盤(写真は復刻版)

野球盤の代名詞にもなっている“消える魔球”装置が初めてついた野球盤。
当時の人気漫画「巨人の星」の大リーグボール2号がヒント。

“消える魔球は1イニング3球まで”といったルールが当時の子供達の間で作られた。この後、全ての野球盤(ジュニア、カプセルは除く)に消える魔球装置がつく。

オールスター野球盤BM型 魔球装置付き(1972年)

1958年10月18日にフラフープ販売。日本中で爆発的に売れて一大ブームを起こした。

フラフープ(Hula hoop)は、直径1mほどのプラスティック製などの素材の輪で、輪の中に入った人が腰などを振って回転させるための輪。フラダンスのように腰を動かしてフープを回すので、フラフープと命名された。腰以外にも首・腕・足などを使い体の各部位で回して楽しむ。

商標名、登録商標であるためにフラフープということばは主に現代アメリカでは使用されず、フープ(Hoop)と呼称するのが通常である。それに伴い、フープをまわすことをフーピングと言い、フラフープで技を行う人をフーパーと呼ぶ。
遊具としての使用が主流だが、近年、パフォーマンスや競技、ダイエット用品として使用されている。

1958年にアメリカで大流行したことを受けて、同年10月18日に東京都の各デパートで一斉に販売が開始された。積水化学のポリエチレン管をアメリカの会社が加工して輸入したもので、価格は大人向けが270円で子供向けが200円。日産2万本のフラフープは、1ヶ月で80万本が売れた。

販売される店には行列ができ、日本中で爆発的に売れて一大ブームを起こした。人気のために品薄になり、マルサンなど他社も参入し、小売店が独自にポリエチレンのホースを繋げたものを150円で売ることもあった。

1958年10月18日にフラフープ販売

11月18日にフラフープ使用によるとされる胃穿孔で重態になる事件が起き、横浜市と神戸市でも同日に路上のフラフープで遊んでいた子供が交通事故に遭って警察庁もこれを問題視。さらに21日には千葉県で少年3人が腸捻転など内臓障害になったことから、千葉県東金市立東金小学校が小学校が11月22日に児童にフラフープ禁止令を出した。

宮城県でも教育委員会が警告を出し、厚生省もフラフープと健康障害への影響を検討することになり、ブームは急速に沈静化。40日足らずで1958年の日本のフラフープブームは終焉した。日本中が巻き込まれるブームは1960年のダッコちゃんブームにつながっていった。

わずか40日足らずで1958年の日本のフラフープブームは終焉した。

1958年 国産初のプラモデル玩具「ノーチラス号」登場

昭和33年12月15日発売された日本最初のプラモデルがマルサンの1/300 ノーチラス号です。
当時の金型でそのまま成型してあります。中にはプラモデルの歴史を語る小冊子が2冊入っています。
説明書は当時のままですが、パッケージは50周年記念モデルとして新しく作りました。

日本最初のプラモデル「原子力潜水艦 ノーチラス号」

日本最初のプラモデル「原子力潜水艦 ノーチラス号」

1959年(昭和34年) 銀玉鉄砲『マジックコルト MC-50』(セキデン) 「銀玉鉄砲」が駄菓子屋に登場すると、男の子の遊びは大きく変わりました。

40発の銀玉を入れることができるが、連発ではなく、銃尾から突き出た棒(コッキングロッド)を引っ張って1発ずつ撃つ単発式だった。

銀玉鉄砲第1号セキデン 『マジックコルト MC-50』 1959年(昭和34年)

『ララミー牧場』(LARAMIE)は、1959年から1963年にかけてアメリカのNBCで放送されたテレビ映画の西部劇。60年代前半のテレビ西部劇の黄金期にローハイドと並んでもっとも視聴率が高かった番組であった。主演はジョン・スミス とロバート・フラー。

一話完結方式で全124話。日本では、1960年6月30日から1963年7月18日まで、毎週木曜日夜8時からNETテレビ(現テレビ朝日)系で放送された。この放送の中にはロバート・フラーの来日でスタジオでの特別番組(司会は淀川長治)であったり、ロバート・フラーの父母を交えての「ララミー牧場大会」のイベントも放送した。

『ララミー牧場』 日本での最高視聴率は43.7%(1961年2月23日)。男はみなガンマンになりたかった。

「ローン・レンジャー」や「ララミー牧場」など、アメリカの西部劇TVシリーズが人気を博していた時代に銀玉鉄砲は大ヒット! 左が初代マジックコルト、右が2代目マジックコルト

1959年(昭和34年) 『プラレール』(富山商事) 鉄道おもちゃのロングセラーの登場

プラレールの原型となったもの。まだ小型モーターは内蔵していない。手で転がして遊ぶもの。

初代プラレール「プラ汽車セット」(1959年)

初代プラレール「プラ汽車セット」(1959年)

プラレール博・プラレールの巨大ジオラマ

フライングディスク(フリスビー) 1959年にワーム・オー (Wham-O)社 の登録商標「フリスビー」となる

フライングディスク (flying disc) は、回転させ投げて遊ぶ円盤(ディスク)である。また、それを用いた競技の名前でもある。競技内容から、球技の下のカテゴリーにしばしば入れられる。

フリスビー (frisbee) とも呼ばれるが、この名称は現在、ワーム・オー (Wham-O) の登録商標となっている。

円盤は通常プラスチック製で、直径約20センチから25センチ程度のものが多い。手で勢いよく回し投げると揚力が生じるよう設計されており、そのまま手で受け止められる。

1940年代後半に、アメリカ合衆国コネチカット州にあるイェール大学の学生が、フリスビー・パイ・カンパニー (Frisbie Pie Company) のパイ皿を投げて遊んだことから始まった。

海岸で恋人とケーキ皿を投げて遊んでいて着想した玩具を、建築検査官のウォルター・フレデリック・モリソン (Walter Frederick Morrison) が金属製にして試作し、1948年にはプラスチック製に改良し、プルートー円盤という名で商品化した。

1955年、ワーム・オー社に買収され、1959年にフリスビー・パイ・カンパニーの "frisbie" のスペルを変えた "frisbee" で商標登録され世界で推計2億枚が売れた。

フリスビー・フライングディスク

フリスビー・フライングディスク

1960年(昭和35年) タカラ『だっこちゃん』、今井科学『鉄人28号ロボット』(キャラクタープラモデル第一号)

ダッコちゃんは、1960年(昭和35年)に発売されたビニール製の空気で膨らませる人形の愛称。またそのモチーフとなったキャラクター。もともとは単なる玩具の一種として、当時の宝ビニール工業所により製造された。製造工場は横浜市泉区内。当初は「木のぼりウィンキー」、「黒ん坊ブラちゃん」といった名前で売り出された。発売元はツクダ屋玩具。

真っ黒な人型をした本商品は両手足が輪状になっており、木にしがみつくコアラのようなポーズをとっている。「ダッコちゃん」の名前の通り、腕などに抱きつくようにぶら下げることが可能だった。価格は当時180円。腰蓑をつけた黒人のように見えるその姿は極限までディフォルメされており、非常にシンプルな形状だった。

1960年(昭和35年)7月に発売されて以降、若い女性を中心にブームの兆しが起こった。戦後の国民を巻き込むムーブは1958年のフラフープブーム以来であった。

ぶら下がる機能を活かしてこの人形を腕にぶら下げて歩く女性が時折見られるようになった。マスコミが取材対象とする中で、この商品には「ダッコちゃん」という愛称が与えられた。

テレビに登場した結果ブームに火がつき、注文は大幅に増え、玩具店、デパートでは常に在庫切れとなった。デパートが販売のために発行した整理券にダフ屋が登場したこともあったという。

1960年(昭和35年)末までに240万個が販売される大ヒット商品となり、製造元の宝ビニール工業所が株式会社タカラ(現:タカラトミー)となる基盤をつくった。

ダッコちゃん生みの親である大木紀元は、当時、武蔵野美術大学に通いながら社員として働いていた。現・創造学園大学創造芸術学部の学科長兼教授。

宝ビニール工業所(現:タカラトミー)『だっこちゃん』(1960年)

宝ビニール工業所(現:タカラトミー)『だっこちゃん』(1960年)

キャラクタープラモデル第一号『鉄人28号ロボット』(1960年・今井科学)

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