1990年、東京ドームで行われた日米レスリングサミット!新日本プロレス、全日本プロレス、WWF(現:WWE)の合同興行に当代きっての人気レスラーが大集結!!

1990年、東京ドームで行われた日米レスリングサミット!新日本プロレス、全日本プロレス、WWF(現:WWE)の合同興行に当代きっての人気レスラーが大集結!!

日本におけるプロレス団体が新日本プロレス、全日本プロレスの2強だった1990年。海の向こうの超人気プロレス団体WWFと3団体が合同で開催した日米レスリングサミットを憶えていますか?東京ドームで開催されたこの大会に筆者は足を運び、当代きっての人気レスラーが集った大会に大興奮したことを憶えています。そんな後にも先にもこのときだけだったレスリングサミットに登場したレスラーたちを振り返っていきましょう。※試合内容そのものには触れていません


1987年、カンナム・コネクション(The Can-Am Connection)のチーム名でジンクと共に再びWWFに参戦、3月29日のレッスルマニアIIIではカウボーイ・ボブ・オートン&マグニフィセント・ムラコから勝利を収めた。ジンクのWWF離脱後は、ティト・サンタナを新パートナーにイケメン系タッグチームのストライク・フォース(Strike Force)を結成し、10月27日にハート・ファウンデーションからWWF世界タッグ王座を奪取、翌1988年3月27日のレッスルマニアIVでアックスとスマッシュのデモリッションに敗れるまで保持した。
王座陥落後もサンタナとのコンビで活動したが、1989年4月2日のレッスルマニアVでのブレーン・バスターズ(タリー・ブランチャード&アーン・アンダーソン)戦でサンタナと仲間割れ。以降はスリックをマネージャーに迎え、ザ・モデル(The Model)というキザなキャラクターのヒールに転向、1989年10月14日のキング・オブ・ザ・リングではサンタナと決勝戦を争った(結果は準優勝)。1990年4月13日、東京ドームで行われた日米レスリングサミットにもヒールのポジションで来日、カート・ヘニングと組んで因縁のジャンボ鶴田&キング・ハクと対戦した。

リック・マーテル

WWFでは「何をやっても完璧な男」というギミックが与えられ、ミスター・パーフェクトを名乗るエゴイスト系のヒールとして登場。初期はザ・ジニアス、後にボビー・ヒーナンをマネージャーにヒール陣営の主力選手に迎えられ、1990年4月23日には、前王者アルティメット・ウォリアーの返上で空位になっていたインターコンチネンタル・ヘビー級王座の新王者決定トーナメントにおいて、決勝でティト・サンタナを下し第16代IC王者となる。
以降、8月27日のサマースラム1990でテキサス・トルネードに一時タイトルを奪われるも、11月19日のTVテーピングにて奪還し、翌1991年8月26日のサマースラム1991においてブレット・ハートに敗れるまで長期政権を築いた。

カート・へニング

【試合結果】 ○鶴田(10分53秒・体固め)×マーテル

第9試合 シングルマッチ60分1本勝負

天龍源一郎 vs ランディ・サベージ(w / センセーショナル・シェリー・マーテル)

レスリングサミットでもっとも評価が高かった試合

1986年10月2日、阿修羅・原とシングル戦で引き分けたことを契機に、長州離脱後には全日マットの活性化を目指し龍原砲を結成。「最終目標は新日マット参戦」と掲げた。その後天龍同盟を結成(構成員は原、サムソン冬木、川田利明、小川良成)。REVOLUTIONを旗印とした「地方でも決して手を抜かない」をテーマにした闘いは、やがてファンの大きな支持を得るようになった。特に鶴田とのシングル対決は鶴龍対決と呼ばれ全日本プロレスのドル箱カードとなり、1987年、1989年のプロレス大賞ベストバウト賞を獲得するなど、長州離脱後に人気が低落した全日本プロレスを盛り立てた。1989年6月には鶴田とのタイトルマッチを制し三冠ヘビー級王座を獲得、第2代王者となった。11月にはスタン・ハンセンと組んでのタッグ対決ながら馬場からパワーボムからのエビ固めで日本人では初めてピンフォールを奪った。試合後に当時人気絶頂であったUWFの東京ドーム大会が同日に開催されていたことを意識し「今日の勝利はドームより重い」と発言し語り草となる。ハンセンとのコンビは、世界最強タッグリーグ史上初の全勝優勝を飾る。1990年4月13日の東京ドームでの全日本・新日本・WWFとの合同興行「日米レスリングサミット」ではランディ・サベージと対戦し、まったく毛色の異なる両者でありながら、同興行のベストマッチと言われる名勝負を展開した。

天龍源一郎

1985年6月8日、ジェリー・ローラーとの敗者追放マッチに敗れてCWAを去り、妻のエリザベスをマネージャーにWWFに登場。若手時代にデトロイトで邂逅したパンピロ・フィルポを模した "Oooh Yeah!!" を決め台詞にトップ・ヒールとして頭角を現し、翌1986年2月8日にはティト・サンタナからインターコンチネンタル・ヘビー級王座(以下IC王座)を奪取した。
1987年3月29日にミシガン州で開催されたレッスルマニアIIIでは、リッキー・スティムボートと歴史に残るIC王座戦を展開。この試合でIC王座から転落するとベビーフェイスに転向し、エリザベスとの二人三脚で人気をさらに高める。
1988年3月27日にニュージャージー州アトランティックシティで開催されたレッスルマニアIVのWWF世界王者決定トーナメントでは、俳優活動も始めたハルク・ホーガンを抑えメインイベントに抜擢された。ホーガンとエリザベスのサポートもあり、決勝でテッド・デビアスを破りWWF世界ヘビー級王座を獲得、名実共にWWFのトップスターまで登りつめた。
1988年にハルク・ホーガンとのタッグチーム「メガ・パワーズ(The Mega-Powers)」を結成。8月29日のサマースラム第1回大会のメインイベントではアンドレ・ザ・ジャイアント&デビアスの「メガ・バックス」と対戦した。しかしながら、エリザベスを巡る三角関係のアングルでコンビは解散し、ホーガンとの抗争に発展していく。
1989年4月2日のレッスルマニアVでホーガンに敗れ、WWE世界王座とエリザベスを同時に失う。その後はエリザベスに代わる新しい女性マネージャーとしてセンセーショナル・シェリーを帯同し、再びヒールに戻ってホーガンとの抗争を継続させる。キングを名乗っていたジム・ドゥガンを破ったことでリングネームもマッチョマンから「マッチョ・キング」に変更し、1990年代からはダスティ・ローデスやアルティメット・ウォリアーとの抗争に入った。

ランディ・サベージ

【試合結果】 ○天龍(10分49秒・エビ固め)×サベージ

第10試合 WWF世界ヘビー級選手権試合60分1本勝負

アルティメット・ウォリアー(チャンピオン) vs テッド・デビアス(チャレンジャー)

この肉体こそ超人!アルティメット・ウォリアー!!

1987年6月、WWFと契約を交わし入団。10月7日収録のWWFスーパースターズにてリングネームをアルティメット・ウォリアー(The Ultimate Warrior)と改名し、テリー・ギッブスに勝利。以降、TVテーピング番組の前座試合でホセ・エストラーダやマイク・シャープなどベテランのジョバーと対戦して経験を積む。
1988年8月29日、サマースラム1988にてホンキー・トンク・マンからインターコンチネンタル・ヘビー級王座を奪取。1989年4月2日、レッスルマニアVにてリック・ルードに王座を奪われるが8月29日のサマースラム1989で奪還。
1990年4月1日、レッスルマニアVIではハルク・ホーガンとのWWF世界王座&インターコンチネンタル王座のダブルタイトルマッチに勝利し、2冠王者となる。同月13日には日本の東京ドームにて行われたWWF、新日本プロレス、全日本プロレスが合同して行った日米レスリングサミットに参戦すると共に初来日を果たす。WWF世界王者としてテッド・デビアスの挑戦を受けて防衛。

アルティメット・ウォリアー

1987年6月より、WWFに再登場。「急逝した父親の莫大な財産を受け継ぎ、一生遊んで暮らすこともできるが、暇を持て余しているので暇潰しにプロレスをやることにした」という、嫌味な金満ギミックのミリオンダラー・マンとしてヒールで活躍。出身地も、春はフロリダ州パームビーチ、夏はマサチューセッツ州ハイアニス・ポート、秋はカリフォルニア州ベル・エア、冬はオランダ領アンティルと、各地のリゾートに豪邸を持っているという設定でシーズン毎に変更していた。
その金満キャラクターゆえ、設定上「配管工の息子から成り上がった」 "アメリカン・ドリーム" ダスティ・ローデスを嫌悪していた。なお、黒人ボディーガードとして従えていたマイク・ジョーンズのリングネーム "バージル" は、ダスティの本名でもある。
WWF世界ヘビー級王座こそ獲得できなかった(アンドレ・ザ・ジャイアントから金で買ったというストーリーがあったが、当然公認はされていない)ものの、ハルク・ホーガン、ランディ・サベージ、ジェイク・ロバーツらトップスターと長期間に渡って抗争。タッグでは、IRSことマイク・ロトンドとのマネー・インコーポレーテッドでWWF世界タッグ王座を3度奪取した。

テッド・デビアス

【試合結果】 ○ウォリアー(6分12秒・体固め)×デビアス

セミファイナル タッグマッチ60分1本勝負

ジャイアント馬場、アンドレ・ザ・ジャイアント vs デモリッション(アックス&スマッシュ)

ジャイアント馬場とアンドレ・ザ・ジャイアントはこの日が初のタッグ結成で、このコンビはこれ以降1992年まで「大巨人コンビ」として全日本プロレスを舞台に活躍することになりました。

ジャイアント馬場&アンドレ・ザ・ジャイアントが花道を歩くだけでボルテージは最高潮!!

1980年代中盤になると、新たにWWFの総帥になったビンス・マクマホンが全米侵攻作戦を行ってそれまで馬場が友好関係を結んでいたNWA・AWAのプロモーターをなぎ倒し、その一方WWFと新日本プロレスとの提携を解消したことから全日本とWWFにも接点が出来るようになった(もともと、馬場は1960年代にニューヨークで活躍した実績があり、ビンス・マクマホンおよびその父ビンス・マクマホン・シニアとは旧知の関係ではあった)。
1990年4月13日、全日本・新日本・WWF三団体共催という形で「日米レスリングサミット」が東京ドームで開催された。馬場とアンドレの絡みは大きな目玉の一つであり、2月に馬場が訪米してWWF幹部と会談した際には、アンドレとのツーショットでテレビに登場する場面も用意された。当日はセミファイナルでWWF世界タッグ王者のデモリッション(アックス&スマッシュ)と対戦、馬場の十六文キックからアンドレのエルボー・ドロップというコンビネーションで勝利をおさめた。

大巨人コンビ

ジョニー・Vをマネージャーに、ヒールの大型タッグチームとして1987年3月14日のサタデー・ナイト・メイン・イベントにて本格的なデビューを果たす。以降、ジョニー・Vに代わってミスター・フジが専属マネージャーとなり、ブリティッシュ・ブルドッグス(ダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス)、キラー・ビーズ(ジム・ブランゼル&ブライアン・ブレアー)、ルージョー・ブラザーズ(レイモンド・ルージョー&ジャック・ルージョー)、ヤング・スタリオンズ(ポール・ローマ&ジム・パワーズ)らを下し、1988年3月27日のレッスルマニアIVでストライク・フォース(リック・マーテル&ティト・サンタナ)からWWF世界タッグ王座を奪取。その後、11月24日のサバイバー・シリーズ1988でマネージャーのフジと仲間割れし、ベビーフェイスに転向[7]。同年6月にNWAからWWFに移籍してきた、ロード・ウォリアーズの完全なフェイク版であるパワーズ・オブ・ペイン(ザ・バーバリアン&ザ・ウォーロード)と抗争を展開した。
1989年7月18日、ブレーン・バスターズ(タリー・ブランチャード&アーン・アンダーソン)に敗れ1年4か月間に渡って保持していた王座を奪われるが、10月2日のサタデー・ナイト・メイン・イベントで奪回。しかし、12月13日にコロッサル・コネクション(アンドレ・ザ・ジャイアント&ハク)に敗れて再び陥落。以降、王座を巡るコロッサル・コネクションとの抗争がスタートし、1990年4月1日のレッスルマニアVIで奪還に成功、3度目の戴冠を果たした。直後の4月13日には東京ドームで行われた『日米レスリングサミット』に来日し、ジャイアント馬場&アンドレの大巨人コンビと対戦している。

デモリッション

【試合結果】 ○アンドレ(6分39秒・体固め)×スマッシュ

メインイベント シングルマッチ60分1本勝負

ハルク・ホーガン vs スタン・ハンセン

当初メインイベントはハルク・ホーガンvsテリー・ゴディのWWF世界ヘビー級王座選手権試合が予定されていたものの、直前のレッスルマニア6でハルク・ホーガンがアルティメット・ウォリアーに敗れ王座から陥落したためにノンタイトル戦として行われることに。ところがこれを不服としたテリー・ゴディが出場をキャンセル。
そこで全日本プロレスの関係者はスタン・ハンセンに出場を要請し、スタン・ハンセンがこれを了承してメインイベントの対戦カードが決定した、とされていますが実際は前売りチケットの売り行きが芳しくないため、主催者が急遽対戦カードを変更したというのが真相とされているようです。

これは盛り上がった!やっぱりホーガンは千両役者だった!!

1983年12月、シニアの後継者となるビンス・マクマホン・ジュニアにWWF全米進出計画のエースとして白羽の矢を立てられ、日本滞在中にWWFと専属契約を交わす(AWA社長のバーン・ガニアはこの突然の引き抜き事件に激怒したという)。翌1984年1月23日、MSGにおいてアイアン・シークを下しWWF世界ヘビー級王座初戴冠。2月10日にはNWAの総本山だったセントルイスのキール・オーディトリアムにて、マスクド・スーパースターを相手に初防衛に成功。以降、同年より開始された全米侵攻サーキットにおいて、ポール・オーンドーフ、ビッグ・ジョン・スタッド、デビッド・シュルツ、ロディ・パイパー、カウボーイ・ボブ・オートンら強豪との防衛戦が各地で行われた。
シンディ・ローパーらと共にMTVに出演するようになると、その圧倒的なカリスマ性と単純だが分かり易い試合でプロレスファン以外の層にまで人気が爆発していった。1985年にレッスルマニアが開始されて以降は社会現象と呼べるほどの国民的人気を獲得した。このレッスルマニアという名称自体「レッスル」とハルクファンの「ハルカマニア(Hulkamania)」を足したホーガンのための大会だった。人気絶頂期に行われたアンドレ・ザ・ジャイアントとの対決(1987年3月29日、レッスルマニアIII)では9万3173人という観客動員数を記録している。その後もWWF世界王者として活躍し、フェイスターンした旧敵のロディ・パイパー、ポール・オーンドーフ、ドン・ムラコらとタッグを組むこともあった。
1988年2月5日の "WWF The Main Event" におけるアンドレ・ザ・ジャイアントとの防衛戦において、3カウント前に肩を上げたもののフォール負けを取られてタイトルを失うが、その後もホーガンの人気は衰えず、同年3月27日のレッスルマニアIVでの新WWF世界王者決定戦では、前年にフェイスターンしていたランディ・サベージの王座戴冠をアシストした。以後、サベージと「メガ・パワーズ(The Mega-Powers)」なるタッグチームを結成し、アンドレ&テッド・デビアスのメガ・バックスやビッグ・ボスマン&アキームのツイン・タワーズなどと抗争するが仲間割れ。1989年4月2日のレッスルマニアVにおいて、再びヒールとなったサベージを破り、WWF世界王者に返り咲いた。
その後、さまざまな低予算映画に主演し俳優としても活躍した。
1990年には日米レスリングサミットへの出場で久々に来日し、スタン・ハンセンと大勝負を行う。

「超人」ハルク・ホーガン

1981年6月にテリー・ファンクの仲介によってテキサス州ダラスで馬場と会談を持ち、新日本プロレスから全日本プロレスへの移籍を確約、同年12月の世界最強タッグ決定リーグ戦の最終戦にブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組のセコンドとして全日本プロレスに登場した。ただしハンセンの移籍は秘密裏に行われており、当時の関係者やファンを非常に驚かせた(全日本と新日本は有名選手の引き抜き合戦の最中にあり、ハンセンの参戦は最大の事件として記憶されている。12月初旬の段階で馬場夫妻とファンクス以外にはごく限られた関係者しか知らされておらず、盟友ブロディに対してもハンセン本人が直接状況説明をした。そのためブロディは、長くファンクスに対し不信感を持つこととなった)。
全日本プロレスへの公式移籍後は馬場や鶴田、天龍源一郎と闘うが、鶴田との試合は旧知の間柄であることもあって、噛み合わない試合が多かった。また、ブロディと組んだ「ミラクルパワーコンビ」は圧倒的な強さを誇った。ミラクルパワーコンビと並行してロン・バスとのカウボーイ・タッグチーム「ラリアット・ライダーズ」を結成し、1983年4月12日にインターナショナル・タッグ王座も獲得している。ブロディとのコンビ解消後はテッド・デビアス、テリー・ゴディらを新パートナーに、PWF世界タッグ王座、世界タッグ王座を数回獲得、最強タッグでも優勝を果たした。また天龍とのコンビでも世界タッグ王座を獲得したほか、史上初の最強タッグ全勝優勝を達成した。
本国では1985年12月29日、ニュージャージー州イーストラザフォードでリック・マーテルを破りAWA世界ヘビー級王座を奪取[11]。以後、サージェント・スローター、レオン・ホワイト、カート・ヘニング、デビッド・サンマルチノ、ジェリー・ブラックウェル、ニック・ボックウィンクル、リック・マーテル、長州力、ジャンボ鶴田らを相手に防衛を果たし[12]、米国での地位も確かなものとした。またAWA王座在位中の1986年3月29日には、自身の保持するAWA世界ヘビー級・PWFヘビー級両王座と、インターナショナル・ヘビー級王座を保持する鶴田との間で、日本初となるトリプル・タイトルマッチが実現した。
1990年2月10日の新日本プロレス主催・東京ドーム大会では、目玉の一つとなった「新日本vs全日本」の一環として、当時IWGPヘビー級チャンピオンであったベイダーに挑戦。両者リングアウトとなるも、ド迫力の戦いは語り草となった。4月13日の日米レスリングサミットでは、メインイベントでハルク・ホーガンと戦い敗れる。

「浮沈艦」スタン・ハンセン

【試合結果】 ○ホーガン(12分30秒・片エビ固め)×ハンセン

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