これ以後
形勢は一気に逆転した
丈一郎は
運動会とケンカでは1番となり
ガキ大将となった
しかし自分より弱い者をイジメることはしなかった
すべてが楽しくなって
小学中学9年間は皆勤(遅刻、早退は多数)だった
丈一郎は
すべてのきっかけは
父、粂二の言葉だったという
「泣いてもいいから負けは認めるな」
それ以来、
そしていまでも
辰吉丈一郎は
自分のことを信用しているし
自分のことが好きだし
自分のことを尊敬している
11歳で3冠
倉敷市立赤崎小学校
小学校3年生で
はじめてアルコールを飲んだ
次の日起きたら頭が痛かった
マラソンの授業でゲエゲエ吐き
やたらペラペラ陽気にしゃべりまくった
4年生で
バイクをマスターした
父親が乗っていたカブで家の周りを乗り回した
5年生で
タバコを覚えた
父親のハイライトを吸い
クラクラするのが病みつきになった
番長
倉敷市味野中学
中学1年のとき
授業中に
1年A組~H組の廊下でロケット花火を打ったり
爆竹を鳴らして騒いだ
「ボンビー(貧乏)」
といってきた同級生を殴り
その家までついていき
爆竹を家の中に投げ入れたりした
2年になると
丈一郎は他校の番長とケンカをするようになった
修学旅行では
バスの中から挑発してきた広島県の中学生に対し
そのバスの中に乗り込んでいって
その前歯を追った
そして自身も
バスの窓から顔を出して
暴走族風のバイクや車を挑発し
食べかけの弁当を投げつけていた
中1ではじめて400ccのバイクに乗って以来
その虜になっていた
ある夏の夜
仲間たちと
工事現場にあったツルハシ、ハンマー
家にあった作業用のクワ
などを持ち
突然、暴走族の前に飛び出して
急停車する彼らに奇襲攻撃をかけた
暴走族は
車のボンネットに刺さったツルハシをみて
バラバラになって逃げていった
丈一郎たちは戦利品を分け合った
1番へのこだわり
「世間にはお前みたいなクズは山ほどおるが
お前という人間は1人しかおらん
1番になれ
自分の値打ちを上げろ
何のために生まれてきたんじゃ
ジョー
なんでもいいから1番になってみろ」
父にそういわれ丈一郎は1番を狙った
ケンカでは1番だったが
勉強でも1番を狙った
答案用紙は
名前も書かずに出した
後ろから1番を狙ったのだ
しかし暇だったので
先生の似顔絵を描いたところ
40点の特別ボーナスを与えられてしまったことがあった
以来、絵も描けなくなった