澤穂希   愛よりもサッカー 。愛ゆえにサッカー 。愛ゆえに愛を捨てサッカー。とにかく今はサッカーだ!!

澤穂希 愛よりもサッカー 。愛ゆえにサッカー 。愛ゆえに愛を捨てサッカー。とにかく今はサッカーだ!!

13歳で国内リーグデビュー、15歳で日本代表デビュー、17歳でオリンピックデビュー、20歳でアメリカ挑戦。そして22歳で愛よりもサッカーを選び帰国。


東京都の中央、府中市で生まれた澤穂希は、3歳のときに全国にプールを持つ「イトマンスイミングスクール」に入会。
昇給テストに受かって級が上がるとスイミングキャップの色が変わっていくというシステムにハマり、新しい色のキャップを狙って夢中で泳ぎ、幼稚園に入る前に1番上の「特級」に到達。
生まれつき左利きだったが、書道を習って、
「文字は右手で書きなさい」
と指導され、書くのは右手、箸は左手という両利きになった。
「両手が使えることで右脳と左脳がバランスよく刺激されているかもしれない。
そのバランスがサッカーに生かされている気はします」
ある雪の日の夜、3歳の澤穂希と兄がイタズラをしたため、母親は
「反省しなさい」
と家の外に放り出した。
その後、家事に追われ、気がつくと、すでに1時間ほど経っていて、あわてて外をみると泣き疲れて玄関で眠る兄と物干し竿で遊ぶ妹がいた。

5歳のとき、父親の転勤で一家で大阪府高槻市に引っ越し。
兄が「安満サッカークラブ」に入ると、いつも母親と一緒に練習をみにいっていた。
6歳のとき、コーチに
「妹さんも蹴ってみない?」
といわれ、後をついてグラウンドへ。
「エイッ」
とつま先で突くように蹴ったボールは、コロコロと転がった。
澤穂希がワクワクしながら行方を見守っていると、何かに導かれるようにゴールへ吸い込まれていった。
ゴールの意味はわからなかったが、その瞬間、
(楽しい!!)
ととにかく嬉しく、大喜び。
母親をみると笑っていて、コーチは少し驚いていた。
この一蹴りで人生は決まった。
「ゴールに入ったのが嬉しくて。
すぐに私もサッカーをやりたいってなりました」
こうして澤穂希は、大阪でボールを蹴り始めた。
安満サッカークラブは、安満遺跡公園のグラウンドで練習し、夜遅くなると夜間照明がないために車のライトをつけて練習するような熱心なクラブだった。
「大阪では週に1回か2回の練習に参加するだけだったけど、サッカーに夢中でした」

7歳のときに父親の転勤が終わり、東京都府中市に戻ると「府ロクサッカークラブ」、通称「府ロク」に入った。
府ロクは、府中第6小学校の先生が創設。
授業の後、学校のグラウンドで練習し、全国大会に何度も出ているジュニアの名門チームだった。
兄は問題なく入ることができたが、澤穂希は、母親が
「妹は入れますか?」
と聞くと、男子、しかも小学校3年生以上でないと入れないというルールがあって、
「前例がないから」
と断られてしまう。
しかし母親はあきらめず
「前例がないのなら、うちの娘で新しい歴史をつくってください」
といい、小学2年生の女の子の「仮入団」が認められた。

仮入団の身である澤穂希は、グラウンドの隅で練習していたが、間もなく地元の小学生が出場する「狛江杯」があり、母親と兄の応援へ。
前半を0対0で終えたとき、コーチに
「出てみない?」
といわれ、ユニフォームを借りて後半から出場。
そしていきなりゴールを決め、チームは勝利。
本人は、
「無我夢中でプレーしたこと以外記憶がない」
というが翌日の地元の新聞に
「途中出場の女の子の決勝ゴール」
と取り上げられ、府ロクにも「正式入団」となった。

府ロクの練習は、月~金まで週5日で、土日は、試合や遠征、合宿があった。
学校が終わるとすぐに練習が始まり、帰宅は夜。
兄は家に帰ると
「疲れた」
といって風呂に入ったが、澤穂希は
「練習する」
といってボールを持って外にいき、1人で1時間くらい、家の前の壁にボールを当てたり、リフティングをした。
「自主練というより、ただただ楽しくて蹴っていただけ」
というが、雨の日は家の中でボールを蹴ることもあった。
府ロクに入って半年後、河口湖で行われた合宿で、広いグラウンドの外周を1度もボールを落とさずにリフティングで回ってコーチを驚かせた。

澤穂希は、身長が高く、髪型もショートカット。
大阪にいた頃、可愛い帽子をかぶったりして女の子らしい格好をしたこともあったが、東京に戻って男の子ばかりの中でサッカーをするようになってからスカートなどはいたことがなく、いつもGパンや短パンで、よく男の子に間違えられた。
運動会でスカートをはいてダンスをしなければならなくなると、練習のときからふてくされ、以後、ダンスは嫌いになった。

府ロクを含め、多くのジュニアサッカーチームは各学年ごとにチームがあり、チーム別に練習や試合を行う。
上手な子が上の学年でプレーすることもあるが、基本的にチームメイトは同級生。
誰もが試合に出られるというわけではなく、府ロクのポジション争いは激しかったが仲は良かった。
府ロクに入って1年、小学3年生でレギュラーとして左ハーフや左ウイングのポジションに入った。
チームメイトは練習熱心で負けず嫌いな澤穂希を大事な存在とし認めていた。
ある日の試合中、相手チームの選手に少しバカにした口調で
「女のくせにサッカーするなんて」
といわれたが、試合中だったので無視。
すると相手がスパイクを蹴ってきた。
さすがに頭にきて蹴り返したがかわされてしまう。
ムキになって蹴ろうとすると相手は逃走。
澤穂希は追いかけ、試合が止められ、審判に怒られた。
同じく小学校3年生のとき、母親と口論になり、ひどい言葉を浴びせるとブタれ、
「ピシッ」
と鼻血が台所の食器棚についた。
澤穂希は悔しくて泣きながら
「出てってやる」
と叫んだが、
「出ていきます。
探さないでください」
と置手紙を書いている内に落ち着いてしまい、家出は中止し、ケロッと過ごした。
「この頃から切り替えは早い方だった」

小学校5年生になると女の子のほうが身体の成長が早いため、府ロクでGKに続いて2番目の高身長になった。
2人1組で行うストレッチやトレーニングをするとき、異性を意識し始めたの一部のチームメイトが
「お前やれよ」
「お前がやれよ」
と譲り合うのをみて
「これまでそんなことなかったのに」
と不思議に思った。
運動会で騎馬戦の騎手となった澤穂希は、母親いわく
「まるで木登りするサルみたいに身軽ですばしっこくて、スキあらばという感じで」
相手チームの帽子をほとんど奪い取り、マラソン大会では、兄とそろって1位になった。
走るだけでなく食べるのも早く、
「兄はマイぺースで、兄がみかんを1個食べている間に穂希は2個食べていましたね。
白い線維のところもとらないでアッという間に食べちゃって。
野生的でしたよ」
(母親)

この年、日本女子サッカー界に大きな変化があった。
それまで真剣勝負の場は年1度の「全日本女子選手権(現:皇后杯)」だけだったが、

読売サッカークラブ・ベレーザ(東京)
清水フットボールクラブ(静岡)
田崎真珠神戸フットボールクラブ・レディース(兵庫)
日産FCレディース(東京)
新光精工FCクレール(東京)、
プリマハム・FC・くノ一(三重)

という1都3県6チームが参加する「日本女子サッカーリーグ」が誕生したのである。
開幕戦は、読売サッカークラブ・ベレーザ(東京) vs 清水フットボールクラブ(静岡)。
全日本選手権2連覇中のベレーザが、日本代表選手に加え、チャイニーズタイペイ(台湾)代表の周台英を擁する清水に2対0で勝利。
しかし翌年1月に第1回日本女子サッカーリーグが終了したとき、初代女王に輝いたのは清水だった。

3ヵ月後の4月、第2回日本女子サッカーリーグが開幕したとき、澤穂希は6年生になったが、この年、人生でただ1度だけ、
「男の子に生まれたらよかったのに」
と思う出来事に遭った。
ジュニアサッカー選手にとって最高の目標は、毎年、夏休みによみうりランドで行われる「全日本少年サッカー大会」
全国のサッカー少年(少女)が、
「全少」
と呼び、読売ランドを崇め、情熱を燃やした、この大会は、現在は「全日本U-12サッカー選手権大会」と呼ばれている。
府ロクは、当然、出場&優勝を目指していたが、6年生チームの中心選手だった澤穂希にとっても、よみうりランドは夢だった。
しかし予選である都大会直前、コーチから
「お前は都大会に出場できない。
女子は出場資格がない」
と告げられ、澤穂希は、その言葉を理解するのに時間がかかった。
数年間、男女差など意識せずに共にボールを追いかけ汗をかいてきたチームの中に初めて性別の壁が現れたのである。
府ロクは、なんとか澤が出場できるように大会運営と交渉したが
「少年サッカー大会だから」
と認められず、納得できない澤は、悔しくて仕方がなく、
「どうして女の子に生まれたんだろう」
と心底悩み、傷ついた。
男子だけで出場した府ロクは、都大会でベスト8に入ったもののよみうりランドには出場できず、澤穂希は、さらに怒りに似た悔しさを味わった。

関連する投稿


KAZU&YASUの原点が復活!「GOAL BASE SHIZUOKA」が静岡のカルチャー交差点に

KAZU&YASUの原点が復活!「GOAL BASE SHIZUOKA」が静岡のカルチャー交差点に

サッカー界のレジェンド、三浦知良選手と兄・泰年氏の少年時代の原点である「サッカーショップ ゴール」発祥の地に、ミュージアム型カルチャースポット「GOAL BASE SHIZUOKA」が2025年11月11日にオープンします。三浦兄弟の軌跡を辿る貴重な展示と、往年の「ゴール」を再現したショップ、カフェが融合。サッカーを軸に、ファッション、アート、若者カルチャーをつなぎ、静岡から新たな文化を発信する「基地(BASE)」を目指します。


吉田沙保里  強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子の霊長類最強のタックル その奥義は「勇気」

吉田沙保里 強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子の霊長類最強のタックル その奥義は「勇気」

公式戦333勝15敗。その中には206連勝を含み、勝率95%。 世界選手権13回優勝、オリンピック金メダル3コ(3連覇)+銀メダル1コ、ギネス世界記録認定、国民栄誉賞、強すぎてモテない霊長類最強の肉食系女子。


「ロベルト本郷のブラジルフェス」が開催!高橋陽一が「キャプテン翼」ロベルト本郷の“現役ブラジル代表時代”を初描き下ろし!

「ロベルト本郷のブラジルフェス」が開催!高橋陽一が「キャプテン翼」ロベルト本郷の“現役ブラジル代表時代”を初描き下ろし!

『キャプテン翼』の原作者であり、南葛SCのオーナーである高橋陽一が、作中でも屈指の人気キャラクターであるロベルト本郷の「ブラジル代表時代の姿」を初めて描き下ろしました。


室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

室伏広治の学生時代「アジアの鉄人」と呼ばれた父親とやり投げの「幻の世界記録保持者」によって覚醒。

ハンマー投げは、パワー×技×精神力、そして人間の本能を呼び覚ませ!!!


水着やビール等・数々のキャンペーンガールを担当した『畑知子』!!

水着やビール等・数々のキャンペーンガールを担当した『畑知子』!!

1990年に B.V.D.キャンペーンガールを始め数々のキャンペーンガールを担当されていた畑知子さん。その後、女優に転向するも2000代にはメディアで見かけなくなりました。気になりまとめてみました。


最新の投稿


昭和100年メモリアル!トキワ荘通りで「レトロ家電だョ!全員集合」開催中。三種の神器や体験型展示も

昭和100年メモリアル!トキワ荘通りで「レトロ家電だョ!全員集合」開催中。三種の神器や体験型展示も

東京都豊島区の「トキワ荘通り昭和レトロ館」にて、企画展『レトロ家電だョ!全員集合』が2026年2月15日まで開催されています。昭和30年代の「三種の神器」をはじめとする懐かしの家電が集結。再現されたダイニングや洗濯体験ワークショップなど、見て・触れて・楽しめる、世代を超えて昭和文化を体感できるイベントです。


サンリオの原点が60年ぶりに復刻!やなせたかし初の市販詩集『詩集 愛する歌』が2026年4月に発売決定

サンリオの原点が60年ぶりに復刻!やなせたかし初の市販詩集『詩集 愛する歌』が2026年4月に発売決定

サンリオの出版事業第1号であり、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかし氏の初市販詩集『詩集 愛する歌』の復刻が決定。1966年の初版本を忠実に再現し、2026年4月1日に発売されます。NHK連続テレビ小説「あんぱん」でも注目を集める本作は、やなせ氏とサンリオ創業者の絆から生まれた伝説の一冊です。


「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が死去 86歳

「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が死去 86歳

「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋界のレジェンド・加藤一二三九段が1月22日、86歳で死去しました。「神武以来の天才」として14歳でプロ入りし、現役最長62年の記録を樹立。大山康晴十五世名人らとの激闘や藤井聡太竜王との対局など、将棋界に残した偉大な功績と、誰からも愛されたその生涯を振り返ります。


『北斗の拳』×『花の慶次』札幌で「漢の生き様」を体感!限定グッズ満載のPOP UP SHOPが開催

『北斗の拳』×『花の慶次』札幌で「漢の生き様」を体感!限定グッズ満載のPOP UP SHOPが開催

『北斗の拳』と『花の慶次 ―雲のかなたに―』の熱き世界観が融合した「漢の生き様 POP UP SHOP」が、2026年1月16日よりMARUZEN & ジュンク堂書店 札幌店にて開催。名場面を再現したアクリルジオラマやステッカーなど、ファン垂涎のグッズが勢揃い。購入特典には伝説の「でかいババア」も登場します。


徳永英明、40周年記念盤『COVERS』に玉置浩二、吉井和哉らが賛辞!豪華コメント到着

徳永英明、40周年記念盤『COVERS』に玉置浩二、吉井和哉らが賛辞!豪華コメント到着

1月21日に発売される徳永英明のデビュー40周年記念アルバム『COVERS』。そのリリースを前に、楽曲のオリジナルアーティストである根本要(スターダスト☆レビュー)、吉井和哉、玉置浩二、AIから祝福のコメントが到着した。名曲たちが徳永の歌声でどう生まれ変わるのか、アーティスト間のリスペクトが垣間見えるメッセージと共に紹介する。