劇団ひとり  喜劇と悲劇は紙一重

劇団ひとり 喜劇と悲劇は紙一重

高校生のとき、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の素人参加企画に応募し、テレビ初出演。そのままプロの世界へ。ハードボイルドに生き抜いた若手時代。


「ボキャブラ天国」で若手お笑い芸人が次々とブレイクする中、「スープレックス」も出演すべくオーディションを受けたが落選。
それでも空前のお笑いブームによって学園祭などのイベントに引っ張りダコ。
そういった仕事で確実に人気を獲得し、舞台に立てばワー、キャーいわれ、仕事が終わり劇場を出ると多数の出待ちがいて、事務所にファンレターが山のように送られてくるようになった。
太田プロのライブも「新人コーナー」を卒業して「本出場」できるようになり、ギャラも発生。
そして正式に太田プロの所属タレントになった。
タレントの給料は、

・会社のように決まった額の固定給をもらう「給料制」
・働いたら働いた分だけもらえる「歩合制」

があり、売れる前は「給料制」、売れたら「歩合制」というのが一般的。
このときの固定給は月5万円だった。
まったく同時期、猿岩石も太田プロの所属タレントとなった。
関東芸人としては、アンタッチャブル、ふかわりょう、劇団ひとり、オアシズ、アンジャッシュ、ハリウッドザコシショウなども同期で、ライブや営業、オーディションで一緒になることも多かった。
(関西ではココリコ、中川家、ケンドーコバヤシ、藤井隆、陣内智則などが同期)

1996年3月、
「半年間スケジュールが白紙であること」
という募集条件で内容は明かされないまま、バナナマン、TIMらと共に番組オーディションを受けたが、最終的に選ばれたのは猿岩石だった。
その番組は
「みたいものをみる。
したいことをする。
会いたい人に会う」
という3つのコンセプトのもと、さまざまな無茶に挑戦するバラエティ番組「進め!電波少年」だった。
4月13日、猿岩石の2人は、アイマスクと大音量のヘッドホンをつけられて香港島に連れていかれた。
これが初めての外国だったがいきなり
「これから香港からロンドンまでヒッチハイクで行ってもらいます」
といわれ、「ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」が始まった。
アジアは、香港、中国、ベトナム、ラオス、タイ、ミャンマー、インド、ネパール、パキスタン、イラン、トルコ。
ヨーロッパは、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、フランス、イギリス。
有料の乗り物の使用は禁止。
移動はヒッチハイクと徒のみ。
野宿、絶食当たり前。
あるときは山を登り、あるときは川を渡り、あるときは砂漠を越える「香港-ロンドン ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」旅は、社会現象的人気を獲得した。

劇団ひとりは、その活躍がうらやましくて仕方なく、猿岩石の人気が高まるほど嫉妬心は増幅。
そんな中、突然、ゴールデンタイムの特番への出演オファーが舞い込んだ。
企画名は「新人のお笑いコンビが世界各国を貧乏旅行」
完全に猿岩石のパクリ。
同期のパクリ番組に出るのは惨めだったが、
「2番煎じがブレイクするかもしれない。
全力でニセ猿岩石になる」
と気持ちを切り替えた。
そんな強い決意とは裏腹に、世界一周といいながら香港、インド、ロンドン、ニューヨークを飛行機を使って1週間で回るという中途半端な企画内容で、1週間のうち、ホテルに泊まれたのは2日だけで、その他は飛行機で睡眠。、
香港ではヘビの生き血を飲み、インドでは喋る木をみにいき、ロンドンでは腹の上にタランチュラを乗せ、ニューヨークでは空手ができるという猿に腕を噛まれて出血。
猿岩石の足元にも及ばなかった。

結局、スープレックスは6年で解散。
新しい相方が見つからない中、タレントの優香が一般公募で芸名を決めたことを知り、インターネットの掲示板に
「僕の芸名を決めてください」
と書き込んだ。
100件ほど反応があり、その中で「カツカレー」が気に入り、太田プロに新しい芸名として伝えると
「未来がみえない」
と却下された。
次に自分で考えた
「波打際立夫(なみうちぎわたちお)」
を提出するも
「意味がなさすぎる」
と却下。
先輩であるデンジャラスの安田和博に相談し
「好きな俳優とかいる?」
と聞かれ
「ロバート・デ・ニーロ」
と答えたところ
「炉端出二郎(ろばたでにろう)」
を提案してもらったが、これも却下。


「自分が演じるキャラクターを劇団員として、それを1人で演じる」
という意味を込め
「劇団ひとり」
がしぶしぶ認められた。
ピンになって困ったのは誰もツッコミを入れてくれないこと。
例えば女子アナウンサーに
「パンツみせて」
といったとき、相方が
「変態か」
とツッコんでくれれば、ウケるかウケないは別として話は成立する。
しかしボケだけだと本当の変態で終わってしまった。
そうならないように
「パンツみせて・・・・なんちゃって」
と自分で自分にツッコミを入れると、さらに変態になってしまった。

またコンビを解消すると収入がゼロになったので、アルバイトを開始。
引っ越しのアルバイトではハードな作業に始まって1時間もしないうちに嘔吐。
年下から
「テメエ、そんなもん、客にみられたら殺すからな」
と怒鳴られ、半泣きで
「すいません」
その後もアゴで使われ、帰宅途中、コンビニで発泡酒を買って道端で飲みながら
「俺のサクセスストーリーはここからはじまった」
と自分でナレーションをつけた。
交通警備員のアルバイトでも赤い棒を振りながら止まった車に
「すいません」
と頭を下げたが、謝る相手がいるうちは、まだ楽だった。
まったく車が通らない現場ではずっと立っているだけで
「俺は何をしてるんだろ」
と自分の存在が無意味に感じ、むなしい気持ちになった。
そして交通量が多い現場に入ると張り切って働いてしまい、帰りはむなしい気持ちに。
やがて
「暇はつらいんだ」
と気づき、1人でシリトリをしたり、目を開けたまま寝ようとしたり、過去1週間食べたものをすべて思い出そうとしたり、とにかく暇を潰そうとした。
1番のヒットは、頭の中で「ミッション:インポッシブル」のテーマを鳴らしながら、その家の住人や通行人、現場作業員に見つからないようにしながら、家の玄関の前に置いてある猫除け用のペットボトルの水を捨て、公園で新しい水に入れて戻すという遊び。
水を捨てているときに住人が出てきて、あわてて戻し、水が半分になったペットボトルのすぐ横を住人が歩いていくという映画さながらのシチュエーションもあり、ドキドキしながらミッション完了に1時間以上かかった。

ピンになって初めての仕事は、日光江戸村に遊びに来た男女からカップルを誕生させるというイベントで、約1ヵ月半、集められた数十名の芸人と一緒に江戸村近くの寮に泊まり込んだ。
そして朝、バスに乗って村に着くと、まず着替え。
顔を真っ白に塗り、白い着流しを来て、背中に羽を背負って「和天使」となる。
仕事は、男女をめぐり合わせて、初対面で緊張する2人の会話を盛り上げること。
カップルを成立させるとボーナスとして園内で100円で販売されている「おひねり券」を大量にもらえた。
しかし人見知りの劇団ひとりは、初対面の2人と会話が続かず、無言で下を向いてしまい、気まずい空気が流れた。
かといってサボっていると怒られるので園内を駆けずり回って仕事をしているフリをした。
成立したカップルは、夜になると江戸時代の拷問を再現した施設の中を歩いて肝試しを行う。
芸人たちは天使の衣装を脱ぎ捨て、ボロボロの着物を着て、石の上に正座させられたり、三角木馬の上に乗せられ、カップルを驚かせた。
劇団ひとりは、暗闇の中、青白く塗った顔で苦悶の表情をして人形の横に微動だにせず立ち、カップルが至近距離に来るまで我慢した後、叫び声をあげながらかけよった。
多いときは1日に100回くらいやることもあったが、驚かないカップルは皆無。
そのうち
「ひょっとしたら大きな声に驚いているだけで、いっている内容まで聞いてないのでは?」
という疑問がわき、思い切って
「青い空」
「エビドリア」
などと叫んでみたが、驚かないカップルはおらず、勝率は100%、無敗のままだった。


その後、しばらくして長野放送の「土曜だ!ぴょん」で、ピンとして初めてレギュラー獲得。
毎週土曜、夕方の生放送番組で、リーゼント、サングラス、スカジャン、そしてウサギの耳をつけ、いろいろな場所から生中継レポート。
その後、ピンとして芸の模索が続き、現在の基本姿勢は
「人生は近くでみると悲劇だが、遠くからみると喜劇である」
という喜劇王、チャールズ・チャップリンの言葉を少しアレンジし
「喜劇と悲劇は紙一重」
事実、自虐ネタは圧倒的な破壊力を持っている。

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