「天下とったる」横山やすし vs 「小さなことからコツコツと」西川きよし 怒るでしかし!!

「天下とったる」横山やすし vs 「小さなことからコツコツと」西川きよし 怒るでしかし!!

1980年代に起こった漫才ブームの中で横山やすし・西川きよし、通称「やすきよ」は不動の王者だった 。実力派若手との共演、対決も多かったが「ライバルは?」と聞かれた横山やすしは「相方」と答えた。そして西川きよしは猛獣使いか調教師のごとき見事なムチさばきで荒ぶる相方と対峙した。



学校から帰ってきた中2の一八は、父親に
「ちょっとアメリカいくぞ」
といわれた。
「いつ?」
「これからや」
「えっ」
「アメリカで飛行機買うんや
お父さんが飛行機買うところ、お前が見届けろ」
やすしは息子を拉致し、銀行で7000万円を下ろし、着替えも持たずにアメリカへ。
「ナンボや」
「キャッシュで払うんやで」
「コストダウン・プリーズ」
大阪弁とジェスチャー、英単語で交渉し、セスナ機を1500万円値切って5500万円で購入。

そのセスナ機は、日本だと1億円を超える代物だったが、維持費もすごかった。
燃料は、通常のガソリンより品質も値段も高い航空ガソリンで、1時間のフライトで1万円。
八尾空港に置いておく駐機料金が、月12~15万円。
50時間に1回の定期検査、年1回の耐空検査がそれぞれ80~120万円。
年1回の無線検査が約15万円。
着陸料、停留料が1千円。
これに任意保険、そしてパイロットの資格を持っていないやすしは、パイロットを雇って副操縦士として操縦席に座ったためにパイロット代もかかった。
1983年1月1日、娘の名をとって「激昂」ではなく「月光」と名づけられたセスナに家族全員を乗せ、富士山を目指し、
「こんな初日の出、普通の人はできへんど」
といった。
またあるときは
「これで相方の家見下ろしたるねん」
「死ぬときはこれで落ちたるねん。
要するに空飛ぶ棺桶やがな」
といって笑わせた。


1982年、吉本は弟子制度をやめて芸人の養成学校、NSCをつくった。
同年放送された「ザ・テレビ演芸」は、若手が芸を披露するコンテスト番組。
審査員は、大島渚、糸井重里、高信太郎。
司会は横山やすしだったが、気に入らないと
「収録やめ」
といい延々と説教を始める。
それは1時間や2時間になることもあった。
NSC第1期生のダウンタウンも「ライト兄弟」という芸名、「殺したい家族」という漫才で出演。
「お笑いには良質な笑いと悪質な笑いがあるんや。
お前らのは悪質や」
「ライト兄弟やと?
航空ファンに迷惑かけるような名前つけるな。
どアホ」
と1時間半説教されてキツい洗礼を受けた。
ハイヒールのリンゴは、同じく1期生としてNSCに入学したもの父親の猛反対を受けていた。
その父親が空港で横山やすしと遭遇。
「やすきよが1番偉い」
と思っていた父親は
「ウチの娘が吉本に入ったんや。
辞めさせてくれ」
と直訴。
次の日、リンゴは
「ハイヒールってどいつや。
知らんがな」
といわれた。


ほとんど弟子を取らないきよしとは対照的に、やすしは生涯20数人も弟子をとった。
口癖は
「やるからには1番にならなアカン」
でほんの一瞬でもミスや失態をすれば鉄拳や蹴りが飛び、同じミスを犯せば即刻破門という超スパルタ教育。
ミスといっても
「ああじゃこうじゃいわんとな、3000ccなんやからふかせ。
600や700cに負けるな、アホンダラ」
と公道でレーサー運転を要求するなど基準が理不尽なことも多かった。
やすし家の2階に住み込んでいた弟子が階段を下りて戸を開け
「師匠、お時間です」
というと
「アホンダ、階段くらい静かに降りぃ!」
と怒られ、次の日、ソーッと下りて
「お時間です」
というと嫁と真っ最中で
「アホ、音出さんかい!」
と怒られた。
結局、その世界で生き残った弟子は3人。
佐野隆仁は競艇の弟子(日本モーターボート選手会専務理事を2期4年間を務めた)
「1万発くらいはドツかれました」
「阪神高速で車から降ろされて置き去りにされた」
「てっちり屋の2階の窓から屋外に蹴落とされた」
という横山たかし・ひろしは、親の虐待から子供が保護されるように周囲の計らいで吉本から松竹へと円満移籍。

やすしにとって放送がある日曜日はボートレースに参加する日で、「久米宏のTVスクランブル」は、生放送開始直前に東京のスタジオ入り。
レース中の事故で歯を折って顔を腫らせて出演したこともあったが、穴をあけたことは1度もなかった。
しかし1984年8月19日、初めて番組を欠席。
表向きの理由は
「過労と肝臓病によるダウン」
とされたが前夜から飲酒し知人宅で寝てしまっていた。
さらに3ヵ月後の1984年11月11日には無断で番組を欠席してしまう。
後に
「渋滞が原因で飛行機に乗り遅れた」
と発表されたが、この1件で「久米宏のTVスクランブル」は降板。
吉本からもタクシー運転手暴行事件以来、2度目の無期限謹慎処分を下されてしまった。
トラブルを起こし続けたため、ヤンチャ、破天荒を、本音のやすしを超えて、
「無茶苦茶」
いうイメージが定着しつつあった。


1986年3月24日、
「高校しか出てない人間が一生懸命やったらどれくらいのことができるか、またどれくらいのことしかできんか、やってんみたいです」
と西川きよしが涙ながらに参院選へ出馬を表明。
きよしにしてみれば、世間でトラブルを起こし続け、酔った状態でTVに出て、その上、生放送の番組で穴をあけたやすしに見切りをつけたのかもしれない。
一方、やすしには相方がなぜ政治家を目指すのか、わからない。
周囲には
「キー坊が選挙通ったら、ワシもなんか1番とらなあかんな」
といいつつ
「アイツが選挙に通ったら、ワシ、置いてけぼりにされてさみしい」
という気持ちがあり、もっといえば
「裏切り」
だった。
4月、やすしは吐血し緊急入院。
5月13日、西川きよし後援会事務所開きに、吉本興業の林正之助会長をはじめ数々の芸人仲間が訪れたが、やすしは現れなかった。
別の場所で
『選挙応援には出るんでしょ?』
記者に問われたやすしは
「いや、それはできん。
せんつもりや」
と答えた。
『それはまたなんで?』
「どういうことかいうたらね。
あのね、まあコンビが夫婦やったら師弟関係は親子や。
なっ?!
俺の師匠の親いうのはノックや。
俺の、まあ女房いうたらキー坊や。
ところが嫁助けたら今度は親が立たずや。
だからワシは応援せん」
と横山ノックは西川きよしの対立候補、中村鋭一を応援していることを理由に応援できないと語った。

選挙事務所が開いて3日後の16日、埼玉県で仕事があったやすしは、夜、東京の赤坂東急ホテルに帰った。
そして23時、吉本の社員に呼ばれ、ホテル内の24時間営業のコーヒーハウスに入り
「明日、大阪に行ってきよしさんの事務所に顔を出して挨拶してほしい」
といわれた。
翌日は選挙の公示日だった。
世間ではコンビ別れが囁かれており、それは選挙的にも、やすきよという吉本の大看板的にも大きなマイナスだった。
社員はそういったネガティブなイメージを払しょくするには
「明日しかない」
と思い
「応援にはいかない」
というやすしを説得にかかった。
「また後々、漫才やるときのために!」
「ここでいっとかないと禍根を残して2人が一緒にやることが永遠にできなくなりますよ」
夜中3時まで説得を受けたやすしは、朝1番の飛行機に乗って大阪の西川きよしの選挙事務所へ。
17日、やすしは7時の飛行機に乗って8時に大阪に着いて、9時に選挙事務所入り。
出陣式が行われる事務所は活気に満ちていたが、やすしだけはムカつき顔で黒いオーラを発していた。
そして
「みなさま、お集まりいただいてありがとうございます。
えーっ、まあ、相方よりも、嫁さんを泣かさんように1票を入れてやって欲しい。
そういうことで、一つよろしくお願いします」
と挨拶。
お立ち台から降りたやすしに後ろで控えていた西川きよしは
「お疲れさん、ありがとう」
と深々と頭を下げた。
しかしやすしは目も合わせようとせず無視。
マイクだけをつき返し、歩き出した。
きよしは下げた頭を回転させ、その背中を目で追った。
その表情は怒りに満ちていた。
控え室に戻ったやすしは
「エラい短い挨拶やったな」
と桂三枝にいわれると一気に笑顔になり、饒舌にしゃべり始めた。
結局、吉本社員の思惑は外れた。
2人の間に溝があることは明白だった。

3ヵ月後の1986年6月19日、徳山青年会議所の「横山やすし 本音で語る 言いたい放題」と題された講演で、やすしは登壇した直後、客に大声で
『西川きよしさんは当選しますか?』
と聞かれ
「落ちる」
と即答。
笑いをとった。
果たして7月7日、西川きよしは当選。
7月12日、当選直後のTV番組の収録で2人は4ヵ月ぶりに共演。
「よかったよかった、おめでとう」
やすしは手を差し伸べて握手。
アナウンサーを交え3人でのトークは最初はいい雰囲気だった。
が、きよしが
「西川きよしに投票するヤツはアホやみたいな発言があったときは、ハッキリいって20年間ってなんだったのかというさみしさは、そらありました」
とこぼすとやすしは眉間にしわを寄せた。
「ワシもそら半々の気持ちでね。
まっ、通ってもエエなあ、落ちてもエエなあ。
落ちたほうが1番漫才を維持しやすいわね」
不穏な空気を感じたアナウンサーがあわてて
『なるほど!
でもそういう機会が少なくなるけれども、その少ない中で・・・』
ととりなそうとすると、しかさずきよしもそれに呼応。
「僕は漫才を・・・・」
『やりたい?』
「やりたいし、してもらいたい、また力を貸してもらいたい!」
そういってアナウンサーときよしはうなづき合った。
しかしやすしは
「いや俺はね、キー坊には悪いけどね、俺は他人のために漫才はやせえへんよ」
といって穏便に収まりかけた空気をブチ壊した。

それはコンビ結成20年目の夏のことだった。
漫才コンビは、家族でも、夫婦でも、お金でもない不思議な関係。
かつてひたすら練習し、ドつき合い、ののしり合いながら日本一を目指して走り続けた横山やすし・西川きよしは、こうして終わった。
「舞台の上では相棒の左半分の唇だけがみえるわけです。
その唇をみながら、鼻の先っちょあたりをみながらだいたいわかりますもん。
舞台の上での23年間、やすしさんのほとんど顔の左側だけをみて、そして舞台の上でも芸のことばっかり、実は考えているということではやっぱりないんです。
たまに間が空いて、お客さんがド~ッと波打って笑っていただいたときに、次のことはもちろん考えてますけれども、笑っていただいているときにホッと目を合ったときには一瞬ですけど、本名の自分たちに帰るときがあるんですよ。
一瞬、パッと『ようウケてんな』っていうやすしさんの顔みながら『長いことやってきてよかったなあ』とか『これからも頑張ろうぜ』とか、あるときは『エラいスケジュールやなあ、たまには休みたいなあ』いうのとか、いろんなことがこう、瞬時にしてパッッパッパッといろんな火花が散るんです。
戦いに火花やのうて愛情の火花が散ったんです」
(西川きよし)


「ノックときよしが漫才を二の次にして政治家としての道を選んだことに、強い失望感を持ったのではないか」
(上岡龍太郎)
「あれで横山さんの歯車が狂ってしまったと思う」
(やすしのマネージャー、松岡由里子)
その後、やすしは石が転がるように転落していった。
1987年12月、日本テレビ「スター爆笑Q&A」に酔ったまま出演し、司会の桂文珍、山田邦子の制止を振り切ってゲストの片岡鶴太郎らに食ってかかった。
舞台裏でマネージャー(松岡由里子)にビンタされて同番組を降板。
「俺、わがままか」
と聞かれた松岡由里子は
「わがままですよ」
と答えると、やすしは
「俺はこれでしか自分をはかれへんのや」
といった。
1988年10月、2日酔いを理由に毎日放送「三枝やすし興奮テレビ」の出演を直前にキャンセルしたために降板。
1988年11月25日、俳優として順風満帆だった19歳の一八がタクシー運転手に対する傷害事件を起こして逮捕。
吉本は一八との契約を解消。
出演中のTVドラマ「疑惑の家族」「はぐれ刑事純情派」も降板。
一八は少年院送りになり、被害者への多額の損害賠償は吉本が肩代わりし、やすしは自ら無期限謹慎を申し出た。

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