「天下とったる」横山やすし vs 「小さなことからコツコツと」西川きよし 怒るでしかし!!

「天下とったる」横山やすし vs 「小さなことからコツコツと」西川きよし 怒るでしかし!!

1980年代に起こった漫才ブームの中で横山やすし・西川きよし、通称「やすきよ」は不動の王者だった 。実力派若手との共演、対決も多かったが「ライバルは?」と聞かれた横山やすしは「相方」と答えた。そして西川きよしは猛獣使いか調教師のごとき見事なムチさばきで荒ぶる相方と対峙した。


順調に愛と幸せを育んでいく西川きよし。
一方、横山やすしは、売れれば売れるほど、なぜか怒りっぽくなっていった。
売れなかった頃に冷たかった人間が手のひらを返したように近寄ってくる様をみて
「なれなれしゅうすな、ドアホッ!」
と思っていたのだ。
当たり前のことかもしれないが、やすしはこういうことが許せなかった。
1969年4月、きよしがマイホームを建てた翌年、やすしは澄子と住之江競艇上のボートの上で結婚式を挙げた。
7ヵ月後、やすしの長男、一八が、その4ヵ月後には、きよしの次男、弘志が生まれ、2人は同級生として仲良く育った。
一八は西川家に泊まりにいったとき、家族全員が同じパジャマ、そして健康のためにノーパンで寝ているのに驚いた。
しかもパジャマは囚人服で、みんな頭におそろいの帽子までかぶっていた。
一八もそれを着さされ、スースーとノーパンを初体験した。


1970年12月2日深夜、TV局での仕事が終わった横山やすしは、友人と酒を飲んだ後、家に向かって高速道路を運転していた。
すると追い越し車線から前に入ってきたタクシーが接触した上、そのまま走っていく。
「オドレ、待たんかい!」
怒るやすしはパッシングとクラクションを連発させながら追走。
下道におりて停まったタクシーに歩み寄った。
「コラァ」
出てきた運転手もケンカ腰で相手をにらんだが、横山やすしだとわかった途端、
「アンタ、横山さん?
TVに出てる横山やすしさんとちゃう?」
と態度を軟化。
しかしやすしはこういうのが1番嫌い。
「やすしやったらどやっちゅうねん。
人と人が話してんねやろが!
芸能人なんか関係あらへんわ!」
すると売り言葉に買い言葉で相手も激昂。
口論が続き、やがてウンザリしたやすしは財布からお金を取り出し
「もうこれでええやろ」
「フンッやっぱり自分が悪いんやないか」
これで限界。
「なんやとコラァ」
やすしは運転手をボコボコにしてしまった。

一般人なら単なる傷害事件だが、横山やすしがやったとなると新聞の一面に載る大事件。
その見出しは
「酔って『正義やでぇ』」
その衝撃は日本中をかけ抜け、やすしは激しい非難の嵐を浴びた。
全番組降板、無期限謹慎処分となった上、連日、マスコミに追いかけられた。
「こういう事件を起こすとは想像もできませんでした。
口ではいいますけど手を出すってことは想像できませんでした」
という西川きよしは裁判を傍聴。
判決は懲役3ヵ月、執行猶予2年。
「なんでこんなにイジメられななアカンのや」
やすしは悔しくて悔しくて仕方がない。
「申し訳ない」
と思うのは運転手に対してではなく相方。
「コンビ解消されてもいかしかたない」
と覚悟。
しかし西川きよしは
「心配せんでも帰ってくるまで待つがな」
といった。

謹慎生活が始まると3ヵ月後に行われる別府大分毎日マラソンを目指し、練習に打ち込んだ。
そして同大会4連覇、東京オリンピックにも出場しクラレ(倉敷レイヨン)の監督をしていた寺沢徹に、練習に参加させてほしいと手紙を書き、鳥羽市で合宿していたクラレ陸上部と合流した。
「夕方から新人の選手と2人で『軽い練習』といわれたが、冗談、冗談、エラいキツい練習やった。
その夜初めて初めて選手の合宿の雰囲気に触れ、和やかなムードに酔ってしまい、ついでに酒にも酔ってしまった。
翌朝、朝食前に昨日の選手と谷村選手と俺と3人で準備運動の後、海岸通りを走った。
走り出したときは2人に合わせてしゃべっていたが、2、3km走るにつれてしゃべっていると足がついてこない。
自然と黙りこむと、すかさず谷村選手が話しかけてくるのはしんどかった。
さすがにこの人たちはよく走ると思った」
「寺沢さんがビールを注いでくれはったので頂戴しながら話を聞いていると、ランナーとして1番大切なことは走ることなのだそうである。
1に走り、2に走り、3に走ると、4に勝つといった風に話の内容を俺は俺なりに解釈していた。
とにかく勝つためには走る以外には手法はない」
その後もやすしは黙々と走り続けた。

12月30日、鳥羽での練習を終えて大阪に戻ると日本陸連から郵便が届いており
「別府大分毎日マラソン出場停止」
と書かれてあった。
理由は傷害事件。
やすしはその文字の上に赤マジックで
「絶対に勝ってやる」
と書いた。
しかし走ることはやめてしまった。


やすしは身なりをビシッと決めて、毎晩、夜の街を濶歩。
高級クラブで高い酒を浴びるように飲み、強いようにみせていたが実は弱いやすしはトイレで吐いた。
「タバコは吸うてエエもんと違う。
吸うんやったら女の乳でも吸うとけ」
というやすしはタバコも嫌い。
自分が吸わないだけでなく楽屋や店で吸われると取り上げて消して
「吸うな!」
と一喝。
それでトラブルになることもあった。
反面、事前に吸っていいかと聞かれると
「構へんよ」
と答えた。
ギャンブルも嫌いで、競艇で舟券を数十~百万円買うこともあったが、それはひいきの選手に対する応援、祝儀。
ついでに浮気はするが風俗は嫌い。
仕事の仲間が店に入っていっても、やすしだけは入らなかった。

1971年10月、やすしの嫁、澄子が、3歳の息子、一八と娘、雅美を連れて静岡県の実家に帰った。
そして25歳の澄子は水商売をやりはじめたが、以後、7年間、実家や親せきの家を転々とし、子供も転校を繰り返した。
やすしは
「ワシは漫才で負けたわけやない。
そやから仕事がのうてもA級漫才師の生活は維持せなアカン。
これは見栄やツッパリやない」
と落ち目になったとか、貧乏になったといわれるのがイヤで借金してでも豪勢に遊び続けた。
本心では気が気でなかったが
「今に見返したる」
「ワイは負けん」
「潰されんぞ」
と歯を食いしばって耐えていた。
一方、きよしは1人仕事を続けていた。
そしてメキメキと腕を上げ、ピンで週11本の番組を持つ超売れっ子となった。

1973年3月13日、事件から2年4ヵ月、横山やすしが、そしてやすきよが復活。
事件もネタにして、ヤンチャなヤッさん、マジメなキー坊は爆笑を起こしまくった。
「今もう一度振り返ってみて思うことは、芸能人という肩書で一時は世間に潰されたものの俺の人生にとっては強靭な試練を与えてくれたことに、俺は世間にあえて感謝してやる。
ガキの時分から負けることを知らない俺が負ける相手は息子と娘しかいないのだ」
と横山やすしは強気で肯定的な姿勢を崩さなかった。
一方、西川きよしもピンで経験を積んだため、ツッコミに加えボケもできるようになっていた。
両方がボケとツッコミができる横山やすし・西川きよしは、
「漫才の革命」
といわれ最強の時代を迎えた。

1976年1月15日、明石家さんまが、月~金、深夜に放送されていた人気番組「11PM」に出演。
20歳になったさんまは、これがTV初出演。
放送5日前の1月10日は成人式で、男女30名の20歳の芸人が出演する「20歳の成熟度ピンクテスト」というコーナーで15名ずつ左右にわかれて座った。
前列中央のさんまは、他の落語家はみんな着物を着ているのに、少しでも目立とうと真っ赤なスーツ、ストライプのシャツ、黒のネクタイ。
司会は、藤本義一。
アシスタントは、海原千里、万里。
コメンテーターは、横山やすし、露乃五郎(落語家)、窪園千枝子(歌手、女優、性評論家)
若手芸人たちはスイッチを持って出題される性に関するアンケートに回答していった。
さんまは物怖じすることなくスキあらばしゃべり、質問が出れば真っ先に挙手、マイクを向けられると自らの性生活を明かした。
『性技の48手以外の技は?』
「逆さ十字落とし」
『それはどんな技なの?』
「女性を逆さに持ち上げまして、そのままベッドに落とすんですわ」
でドカーンとウケたところでCMに入った。
すると藤本義一が
「君、名前なんていうねん」
さんまはホメてもらえると思いながら
「あっさんまです」
と答えたが
「サンマかイワシか知らんけどな、テレビでいうてええことと悪いことがあるんや。
それくらい覚えてから出て来い!」
といわれ、盛り上がっていた現場はシーンとなった。
そしてCM明け、藤本義一がいった。
「それにしても君はしゃべるな。
名前はなんていうの?」
「明石家さんまです」
「師匠は誰?」
ここで横山やすしが割って入った。
「松之助師匠とこの弟子ですわ」
「ああそうか、松っちゃんとこの弟子かいな。
それならしゃーないわ」

生放送が終わり、さんまが控え室で帰り支度をしていると、突然、白いマリンキャップをかぶった横山やすしが入ってきた。
「おう、さんま君」
「はい」
「自分、吉本やな?」
「はい」
「そうか、飲みに行こう」
「あっ、はい。
よろしくお願いします」
「気に入った。
話が早い。
さすが松っちゃん師匠とこの弟子や。
お前らも来い。
連れてったる」
横山やすし、さんま、数人の芸人は2台のタクシーに分乗。
途中、機嫌がよかった横山やすしの表情がみるみる険しくなった。
「視界不良や」
といって後部座席から助手席のヘッドレストを取り外させ、
「オイ、コラ、運転手。
なにチンタラ走っとんねん。
ワシは吉本を担う若手を乗しとんねん。
恥かかすな、アホンダラ」
「アクセルはふかすためについとんねん。
ふかせ!ふかせ!
「さっさと前の車追い抜かんかい、アホンダラが」
「歩道を走れ、歩道を!」
と運転手を急かし続けた。
そして目的の居酒屋に着いて飲み始めると再び上機嫌に。
次々と注文し、さんまたちは急き立てられながら必死に食べて飲んだ。
「芸人として生きていくんやったら勝たなアカン。
負けたらしまいや。
とりあえず勝て。
評判は気にするな。
行くときは行かなアカン。
ハイペースで生きろ。
マイペースはアカン。
どんどんペースが落ちる。
スピードは落とすなよ。
腹くくっていけ」
横山やすしの話の大半は勝負論、そして精神論。
それが終わると競艇の話に移行。
店も変わり、他の若手芸人がグロッキーになっていく中、さんまだけが
「カッコよろしいなあ!」
と大きなリアクションで熱心に話を聞いた。
「気に入った!
お前はワシに似とる。
インからグッといくタイプや。
アウトからチンタラまくるタイプちゃう。
芸人はインからガーッといかなアカン。
よっしゃ、今からワシの家行こう。
アウトの連中はサッサと帰りさらせ」

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