松本の兄 松本隆博 目指すはNHK紅白歌合戦出場

松本の兄 松本隆博 目指すはNHK紅白歌合戦出場

弟の七光りどころか、松本人志が「怖い」と恐れる実力派。座右の銘は「やればできる できるしかない」


松本隆博は基本的に自ら弟が有名人であることを明かさない。
しかしどうしてもというときは
「実は私、弟が松本人志でして・・・」
と告白。
驚く相手に
「アニキは大変ですよ。
みんな僕のこと『お兄さん』って呼びますから『アンタのお兄ちゃん違う』ゆうてね」
「向こうが僕に似てるんです」
などといってウケをとった。
歩いていて
「お兄さんですよね?」
といわれ写メを撮られたり、飲み会やコンパに誘われたりすることもあった。
「お兄さん、お兄さんと呼ばれてね。
宴会でもオチを期待されて、プレッシャーですよ」

バレンタインディには、1日中、松本家にチョコレートが届いた。
それ用に用意したダンボールの中には、チョコだけではなく
「HITOSHI LOVVE」
と縫いこまれた手縫いの毛糸のマフラーやセーターや帽子もあった。
しかし人志が、それらを食べたり着たりすることは100%なかった。
だからチョコレートは家族で食べ、松本隆博は
「捨てるのはもったいない」
と気に入ったものをもらって着た。

困ったのは家に直接やってくる突撃型のファン。
松本家はそういったファンに対しては、
「1人でもOKにすると他が断れなくなる」
ということですべて拒否することにした。
ある冬の日、女子中学生3人が現れ、インターホン越しに
「お小遣い貯めて和歌山から来ました」
といった。
1人、実家にいた松本隆博は
「寒い中、中学生が尼崎まで数時間、数千円かけてきたのか・・・」
と思いながらも居留守を使った。
しかし何度もインターホンを鳴らされ、ついに
「アカン、断れへん」
と玄関を開け、手作りのセーターやクッキーを受け取った。
さらに家に入れ、お茶も出し、人志の話をした。
フンフンと真剣に聞く3人に人志の部屋を見せ、写真を撮ってあげ、
「何か記念になるものが欲しい」
といわれ、人志が使用したエンピツをあげた。
また人志宛てに山のように届く、ゴルフ会員権やマンション、車の販促郵便物を
「はい、これ海外別荘のハガキね」
「はい、あなたはBMWね」
と1通ずつあげた。
3人からすれば「松本人志」と印字されているだけですごくうれしかった。
数週間後、彼女らは人数を増やして松本家を再訪。
松本隆博はいなかったが
「おっちゃんが『またおいで』っていうてくれた」
と訴え、家の中に入れてもらった。
こうして休日、松本家は観光ツアーの名所のようになり、ピーク時は家の近くでたこ焼きの屋台が出た。

毎週土曜日、12~ 13時生放送されていた「ノックは無用!」にダウンタウンが出演。
松本家の面々はコタツに入って昼ごはんを食べながら
「緊張するなー」
「大丈夫やって」
などといいながらそれをみていた。
そして番組が無事終わると
「よかった」
となったが、3、40分後、突然、人志が家に帰ってきた。
服装は衣装のままで、まるでテレビから抜け出てきたようだった。
コタツの上は、まだ食べかけご飯やシーチキン、永谷園のふりかけやザーサイ、甘納豆、醤油、ソース、新聞、メガネ、爪切り、アメちゃんなどが乗っていて、人志の第一声は
「汚っない部屋やな!」
書類を取りに帰ってきたという人志は、
「衣装が汚れる」
とコタツに入らず、何かの台に腰掛けた。
そして
「アニキ、灯油入れてって」
車のトランクに灯油缶が入っているといわれた松本隆博は
「わかった」
とすぐにスタンドまで走った。
それを受け取ると人志は
「ほな帰るわ」
といった。
「ええ、もう帰るの?
今来たところやないの。
せっかくおでん作ってるのに」
「いや、時間ないねん、ほなっ!」
母、秋子はあわてて台所に走った。
「これ持って帰り!」
「もう帰ったで」
松本隆博が教えると秋子は表に走り出て、人志の車を追いかけた。
「待ってえ。
これ持って帰りー」
その手には生卵が入ったビニール袋が握りしめられていた。

人志は女性スキャンダルが多かった。
すると実家にも取材が入ることがあった。
『あのー○○(雑誌名)の者ですが、人志さんの○○○○の報道の件で・・・・』
「知りません。
ほんとに何も聞いてません」
『今お付き合いされている方おられますよね』
「そりゃおるでしょうね。
でもいちいち聞かないし知りません」
『一部報道で出てますが・・・』
「そんなこと私らもテレビ見てしったくらいです」
『東京でデートされてたとか・・・』
「あのねえ、息子も大人やし、いちいち親がむすこがどこどこでデートしたとか、何をしたとか知らんわ」
インターホン越しに、母、秋子とやり取りが続き、収穫がないと記者は時間を置いて再訪。
「お兄様も今日はおられるということで・・」
となれば松本隆博も同じようなやり取りをする。
翌朝、また同じ記者が来たので、根負けした松本隆博は玄関に入れた。
昨晩、ホテルに泊まったという記者は、何かネタをつかまないまま帰ると交通費も滞在費も出ないから帰れないと訴えた。
泣き落としとわかっていたが、松本隆博は彼を救うための当たり障りのないコメントを与えた。
後日、その雑誌には
「松本の情報に詳しい関係者」
と書かれてあった。

2002年8月25日、早朝4時25~30分、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 」で浜田雅功に走り幅跳び対決で敗れた松本人志に対し、罰ゲームを執行。
日本テレビの駐車場で、家族戦隊松本レンジャイの5人

おとんレンジャイ(父)
おかんレンジャイ(母)
たかひろレンジャイ(長男)
なおみレンジャイ(長女)
ひとしレンジャイ(次男)

が力を合わせて悪の黒鬼軍団からヘイポー少年を助け、戦いの後、松本隆博の生ギターに合わせて「松本レンジャイのテーマ」を歌った。
この他にも松本隆博は、人志、あるいはスタッフから依頼されれば、
「少しでも数字的に貢献できたら・・」
と番組に出て、トークにギターに、その中途半端な素っぷりで盛り上げた。
一方、有名な弟を持つ素人の兄は
「弟の七光り」
「弟様様やな」
と揶揄されてきた。
そういうネガティブな意見に対しては、
「人志の兄ということだけじゃなしに、俺だってやれるんだぜということを見せてやりたい」
と逆にエネルギーにして仕事を一生懸命がんばった。

姉、直美が離婚して、慰謝料をもらわずに電子レンジだけ持って帰ってきたとき、人志は
「手切れ金に電子レンジもろた。
2人の間も冷め切ったってちゅうことで」
とテレビでネタ化し、父、譲一を激怒させたが
「そんなもん、芸人の家族の宿命」
と一蹴した。
直美は他にも、人志に
「鏡台の裏にハナクソをつけていた」
「背中にキスマークがあった」
「パンツにウンコがついていた」
などとテレビでいわれていたが、自身もトイレに行こうとする5歳の人志を羽交い絞めにして漏らさせたり、食事のときに自分が食べているものをのぞいてくる人志の眉間に箸で突いたりしていた。
またビーフジャーキーやポテトチップスなどの異文化を松本家に持ち込み、人志に
「姉ちゃんはザビエル」
といわれた。
人志はビーフジャーキーを初めて食べたときレーザービームで頭を撃ち抜かれたような衝撃を受けたという。
人志いわく、常に前へ前へ出ようとする松本隆博より、ボソリと放つ一言で笑いをとる姉、直美のほうが意外と面白いときがあったという。

松本隆博は、大阪電気通信大学を卒業後、

豊中信用金庫
内田洋行
松下システムソフト
松下電器IT教育研究所

と一貫してSE(システム・エンジニア)をやっていた。
そして40歳のときに、ヒューマンアカデミーで講演を行ったとき、自分の夢をしっかり持って、なりたい自分をめざしている18歳や19歳の若者と出会い
「俺、なりたい自分をずっとおいてけぼりやんけ」
と気づかされた。
そして2002年、ヒューマンアカデミーと松下電器の共同出資によってヒューマックス株式会社を設立され、松本隆博は取締役になった。
会社設立がうまくいくと、勤め人としてずっと鬱積しているものが弾け、
「好きなことをどんどんやってやろう」
という欲求が止められなくなった。
ブログ「取締役 松本隆博」は人気になると
「音楽でとことんやれるところまでやらせてくれてもええんちゃうかあ」
と思い、ヒューマックスの経営+音楽活動をどこまでやれるかに挑戦し始めた。

2004年11月17日、人志作詞、槇原敬之作曲&コーラス、そして浜田雅功が歌う「チキンライス」がリーリス。
人志は深夜に電話が鳴ったため、みると松本隆博だったので無視して寝た。
後で留守録を聞くと、
「人志ぃー兄ちゃんやでえ。
チキンライス聞いて」
と松本隆博がテンションが高い声で前置きした後、ギターを弾いて歌い出したので、人志は速攻で切った。

2006年12月20日、「取締役 松本隆博のフォークギター教室」フォークギターの教則DVDをリリース。
フォークギターを愛する人に手っ取り早く弾いてしまえるエンタメ奏法を伝授。

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