少年誘拐殺人ホルマリン漬け事件とは
少年誘拐殺人ホルマリン漬け事件の経緯
事件の経緯
●巣山和利君が行方不明
●巣山和利君宅に身代金要求の手紙・誘拐事件
●精神病院から通報
●病院の患者宅で遺体発見
●容疑者逮捕
被害者少年宅に身代金要求
和利君が行方不明になってから2日後に身代金を要求する手紙が届きます。
当時の大卒銀行員初任給が12700 円、国家公務員初任給が 9200 円と言われている時代です。
身代金要求がきたことで息子が誘拐されたとはっきり分かった母親。この時点で警察に通報します。
警察は誘拐事件として捜査を開始し、母親は警察の指示で身代金を持って指定された場所に行きます。周りでは警察が見張っていましたが....犯人らしき人物は出てきませんでした。
巣山和利君の同級生の証言で和利君が25歳前後の男と一緒に銭湯「若松湯」から出てきたという目撃情報がありますが、事件の進展はないまま1週間が経った頃、警察に一本の電話がはいります。
犯人逮捕
警察もその患者の自宅に急行します。その患者とは林邦太郎。
家宅捜査で遺体が発見され、林邦太郎は緊急逮捕されました。
犯行の詳細
1957年4月2日、銭湯「若松湯」から巣山和利君と林邦太郎が出て、午後9時ごろ2人で林邦太郎が家族と暮らしている自宅へ帰宅します。
実は事件の数日前に、林邦太郎と和利君が接触していることがその後の調べて分かっているということですが、その時から林邦太郎は和利君に目を付けていたようです。
その時も銭湯で接触していた2人。この時和利君は同級生に「さっき、僕の背中を流してくれたあの人に、僕は殺されるかもしれない」と言っていたと言います。
見ず知らずの男性が12歳の少年の背中を流したその状況も不思議な光景です。林邦太郎と和利君の間に何があったのかは不明ですが、和利君はなにか察知していたのか?脅されていたのか?
そんなこともあり、2人は林邦太郎の自宅に帰ると、林邦太郎は家族に銭湯に行くように言い自宅から追い出します。
これで自宅には林邦太郎と和利君の2人っきり。
そして林邦太郎は和利君の服を脱がせ、いらずらをしようとしますが和利君に拒否られてしまいます。そのため、暴力をふるい、和利君の意識を失わせたところ絞殺したということです。
これでも十分な自分勝手な残虐な殺人ですが、林邦太郎の異常行動はここからさらにとんでもないことをしていきます。
林邦太郎は和利君の遺体をのこぎりや出刃包丁などを使い、2日間かけてバラバラにします。しかもあろうことか、バラバラにした遺体を、2つの金魚鉢に頭と両足を...2つの水槽に胴体と両腕をいれホルマリン漬けにし、密封した状態で部屋においておいたということです。
捜査員が林邦太郎の家を訪れ部屋に入り遺体の入った”それ”は部屋の畳の下から発見されています。
その後、警察の調査で、林邦太郎の部屋からホルマリン漬けで発見されたバラバラの遺体は巣山和利君であると判明したということです。
誘拐してその日のうちに絞殺し、その後2日かけてバラバラにしているその後に身代金要求の手紙を出しています。
これは本当にお金を取ろうと思ったのではなく、ただのいらずらだったということですが、部屋にホルマリン漬けの少年をそこにおいておいて家族にいたずら心で手紙を....。
普通の精神状態ではないことはここまでの状況からもわかります。
犯行動機と林邦太郎の人物像