イビチャ・オシム 永遠のif

イビチャ・オシム 永遠のif

世界を憂う哲学者のごとき容貌 相手の意図を瞬時に見透かす鋭い眼と自分の本心は明かさないしたたかさ 並のチームで格上に勝利する挑戦的な策略家


2007年5月15日、日本代表候補合宿で、FWの選出方法について聞かれ、オシムは
「1トップ、2トップ、3トップなど戦術上、いろいろなタイプが必要になる。
それに高原も入れている。
あと日本にどんなFWがいるでしょう。
趣味の問題もある。
まあ趣味について論議してもしようがないという欧州のことわざもある。
ただ大統領令とか何か外からの基準で代表が選ばれるのは良くない。
イケメンだけの代表とか見かけではなく、プレーで真の代表を呼ばないと。」
翌日、流通経大と練習試合を2つ行い、共に1-0の辛勝で終わると
「ケガをしないことが第1で、それは選手もわかっているはず。
この練習試合で犬死にするようなインテリジェンスに欠けた選手はいないはずだ。
プロは全力を出すのが当然だが、その状況をわかることも大事。」
と過密日程で疲労しモチベーションも上がらない選手を擁護した。
2007年6月1日、日本代表はモンテネグロに2-0で勝利。
この試合に、(5月26日にセルティックの試合で右足首を負傷し、日本代表に合流するため日本に帰国していた)中村俊輔はベンチ入りしなかった。
次のコロンビア戦に出場させるのか聞かれたオシムは
「私も出てほしいと思う。
けれど私は医者じゃないので。
大事なのは100%のプレーができる準備が間に合うか。
まあ、ナカムラさんは素晴らしいスター選手ですから、私がここで先発を予告すれば、あと1万5000人ほどは観客が増えるかもしれませんね。
政府がそういう政策なら、協力してもいいかもしれません。
そもそも日本では、1つのニュース番組でナカムラが毎回3本ぐらいゴールを決める。
私が日本に来てから1500日くらいですから、5000点近くみたことになります。
私が生涯でみたゴールよりはるかに多い」
とコメント。

2007年6月4日、コロンビア戦前日の全体練習後、オシムはピッチ上で全選手を集め、3分50秒間のミーティングを行った。
記者会見でその内容を聞かれ
「話の内容は選手に聞いてください。
秘密とはいっていないので選手は正直にいうでしょう。
彼らがあなた方(マスコミ)に話した内容で、どのぐらい私の話が伝わっているかがわかるでしょう。」
翌日、日本代表は、中村俊輔(セルティック、スコットランド)、中田浩二(バーゼル、スイス)と稲本潤一(フランクフルト、ドイツ)、高原直泰(フランクフルト/ドイツ)の4人の海外組、遠藤保仁、鈴木啓太、中村憲剛、中澤佑二、阿部勇樹、駒野友一、GKの川口能活が先発。
前半、ボール支配率は日本49・8%、コロンビア50.2%とほぼイーブン。
後半、オシムは中田浩二と稲本潤一を下げ、今野泰幸、羽生直剛を投入。
60分、左サイドで高原直泰がボールを奪ってドリブルで持ち込んでから、右斜め前の羽生直剛へパス。
羽生直剛はダイレクトで中村俊輔へ。
中村俊輔もダイレクトで遠藤保仁へ。
遠藤保仁からさらに
「高原さんがボールをとった瞬間に前へ出ていった」
とゴール前へ飛び出していた中村憲剛へボールがつながった。
中村憲剛はフリー。
しかしシュートはバーを越え、スタジアムにため息がこだました。
その後も日本代表は攻め続け、終了間際に、高原直泰がヘディングシュートを浴びせたが得点は奪えず、0-0のドロー。
強豪、コロンビアと引き分けた後、記者会見でオシムは
「立ち上がりは『神風システム』という形で臨んだ。
例えばアジアカップでもあるでしょうが、勝ち点1を争うような試合ならば、今日は10分で選手の誰かを交代させていた。
今日のような試合ではなるべく長い時間でプレーをみたいこともあったので、あの時間帯までプレーさせた。
フィジカルで準備できていない選手がいたということ。
でも直すのは簡単です。」
翌月9日にアジアカップ初戦、カタール戦が迫っていた。

2007年6月21日、外国特派員協会で会見したオシムは、ドイツワールドカップで現役を引退した中田英寿氏のカムバックについて聞かれ、
「彼がなぜ辞めたのかはわからない。
しかし明らかにワールドカップでの失望と関係がある。
長くプレーすることで名声を失うことを恐れたのだろう。
まだ若いしプレーできる。
彼が再びプレーすることを決意するのなら代表にも居場所はある。
代表の扉は開いている。」
と語った。

2007年6月23日、田中マルクス闘莉王、伊野波雅彦、水本裕貴、3名のアジアカップ日本代表メンバーがJリーグの試合で故障。
オシムは
「他の国は20日前後準備期間があるのに、日本は30日までリーグ戦がある。
疲れ切った選手とケガ人を連れて大会に挑むのは、斬新なアプローチというしかない。」
と愚痴った。
2007年6月28日、千葉県内で行われた4日間の代表合宿を終え、オシムは、
「日本は前回(2000年、レバノン)と前々回(2004年、中国)と2大会連続で優勝しており、優勝候補扱いされるのは避けられない。
しかし優勝候補扱いされるのは、トランプでジョーカーを引いたようなもの。
嬉しがるチームはいない。
優勝候補と呼ばれるのは、いい気分ではない。
対戦相手は、我々を目標として挑んでくる」
とアジアカップの3連覇は容易ではないとした。
そして先発メンバーを聞かれると
「ピッチの状態がどうなのか、どの対戦相手なのかでスタイルは変わる。
1番、気にするのは気温と湿度。
高温多湿で誰が走れるのか、走れないのか。
うまい選手でも走れなければプレーしない方がいい。
(気候が)先発メンバーにも影響してくる。
試合当日の気温で判断が変わるかもしれない。」
とはぐらかした。

2007年7月7日、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアの4カ国の共同開催となった2007アジアカップが開始。
日本代表は、高温多湿の環境で「走る」サッカーができるのか、懸念されていた。
初戦を前にして記者会見で
『3連覇を目指すにはムードが足りないという声があるが・・・』
と聞かれたオシムは
「あなたが監督をやれば雰囲気が良くなるのでしょう。
そもそも私は自分の選手たちに「王者になれるなんていったことはない。
日本の報道陣は知っているでしょう。
どのくらい準備ができて、できなかったかを。
「タイトルを守る」という質問は良くない。
結果はやってみないとわからないんだから・・」
と厳しい表情で答えた。

2007年7月9日、日本代表は、試合終盤にカタールに追いつかれ、1-1のドロー。
オシムは
「お前たちはアマチュアだ。
オレはプロだから死ぬ気でやっている。
お前たちはそこまでやっていない。
今日は6-1の試合だった。
ボクシングでいうなら3階級上の力の差を見せつけられたはずだ。
勝ち点6でもおかしくない内容だった。
事故、あるいは不注意でこうなった。」
と集中力を切らした選手を厳しく叱責。
試合翌日、選手たちがランニングシューズを履いてリカバリートレーニングをしようとしているのをみたオシムは激怒。
「お前らサッカー選手なのになんでスパイクを履いてないんだ!」
とスパイクを履かせてフィジカルトレーニングを行った。

2007年7月12日、第2戦、UAE(アラブ首長国連邦)戦を前に、オシムはミーティングで
「恥をかきたくなければチャンピオンの誇りを持って1次リーグを突破しろ。
1位か2位かなんて関係ない。
最悪なのは1次リーグが突破できないことだ。」
とチームに檄を入れた。
翌日、気温30度、湿度87%という環境で行われたUAE戦で日本代表は3-1。
2007年7月15日、第3戦、ベトナム戦の前日、記者会見でオシムは
『試合中に(同組の)UAE vs カタール戦の経過を選手に伝えるか?』
と聞かれ、
「こういけばこうなるとか憶測を巡らすのは得策ではない。
何が起こっているか知った後、既に手遅れになっている可能性もある。
私を含めて代表スタッフはある程度の数学はできるので必要なことはわきまえている。」
と答えた。
そして翌日、日本代表はベトナムを4-1で下し、予選グループリーグを1位で通過した。

2007年7月20日、アジアカップ決勝トーナメント初戦(準々決勝)、ドイツワールドカップで敗れたオーストラリアとの試合を翌日に控え、オシムは、
「相手の身長、体重を気にするファンの多い国のチームとしては大きな問題だ。
問題は体の大きさとテクニックの両方になる。
我々の選手が大きければ下手になるだろうし、そういう選手はレスリングをすればいい。
しかしレスリングの試合でも多分、オーストラリアの方が強いでしょう。」
とオーストラリアのフィジカルの強さを表現。
そして試合は、オーストラリアに先制を許すも、同点に追いつき、PK戦に突入。
日本代表は、GKの川口能活は1人目と2人目を止め、キッカー4人が決め、PK戦を4-3で勝利。
オシムはPK戦に入る前に控え室に戻った。
「病気じゃなくてもPK戦は心臓に悪いから。
私は日本では死にたくない。
死ぬならサラエボで死にたいですから、みていて心臓発作を起こすわけにはいかない。」

7月25日、サウジアラビアとの準決勝で日本代表は、2度のビハインドに追いつく粘りをみせたが、最終的に2-3で負けた。
7月28日、3位決定戦で日本代表は韓国と対戦。
勝っても負けても最終戦になる両チームは、互いに譲らなかったが、後半、韓国の姜敏壽が2枚目のイエローカードを受け、退場。
10人となった韓国に対し日本は積極的に仕掛けたが、相手ディフェンスをこじ開けられず、同点のまま、延長戦へ。
延長戦でも、数的有利な日本は得点は奪えず、PK戦へ突入。
PK戦で、韓国は6人連続で成功し、日本は6人目が止められ、敗れた。
10人の韓国から点を奪えなかったオシムは
「チームのレベルアップは、個のレベルアップなしにはない。
サッカーはそういうスポーツです。
我々にも俊輔や高原のような優れた選手はいる。
でもそれだけでは足りない。
バルセロナですらコレクティブ(集団的プレーに優れている)なのですから・・」
と語った。
オシムジャパンは、トルシエ、ジーコと優勝していたアジアカップの連覇に失敗し、4位。
アジアカップの優勝チームは南アフリカワールドカップの前に開催されるコンフェデレーションズカップの出場権が、3位までに入れば、次回アジアカップの予選免除で本戦出場という特典が得られたが、どちらも手に入れることはできなかった。
セルジオ越後は、ニッカンスポーツのウェブサイト内に設置された自身のブログで、
「オシムは最低の監督」
と批判し、更迭を要求した。

アジアカップで評価を落としたオシムジャパンだったが、その後

8月22日、親善試合、カメルーン戦、2-0
9月7日、3大陸トーナメント(オーストリア開催、日本、オーストリア、スイス、チリが参加)オーストリア戦、0-0(PK4-3)
9月11日、3大陸トーナメント、スイス戦、4-3(トーナメント優勝)
10月17日、アジア・アフリカ選手権(アジアチャンピオンvsアフリカチャンピオン)、エジプト戦、4-1

と勝ち続けた。
勤勉で運動量が豊富で技術にも長けた選手が考えながら動いてボールを展開していくスタイルが日本代表に定着し始め、オシムは
「チームづくりが次の段階に進む」
と宣言。
しかし1ヵ月後、大きなハプニングが発生した。

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