日米ホームラン王によるホームラン競争が行われた!?王貞治VS【ハンク・アーロン】

日米ホームラン王によるホームラン競争が行われた!?王貞治VS【ハンク・アーロン】

1974年11月2日後楽園球場で世紀の対決が行われました。アメリカのホームラン王「ハンク・アーロン」と日本のホームラン王「王貞治」のホームラン競争が行われたのです。結果は?王貞治と対戦したハンク・アーロンってどんな選手なのか。上品にホームランを打ち続け、多くのファンから愛されたハンク・アーロンの半生をご紹介します。


日米ホームラン王による世紀のホームラン競争

1974年11月2日ニューヨーク・メッツと全日本チームの対戦が後楽園球場で開催されました。試合前ここまで通算733本を記録しているアメリカのホームラン王ハンク・アーロン選手(アトランタ・ブレーブス所属)と読売ジャイアンツ所属で通算681ホームランの王貞治選手によるホームラン競争が行われました。

ホームラン競争は通常オールスター戦前などに行われます。ルールは通常10本打って、何本ホームランを打ったのかを記録し、個人だったり団体で競いますが、世紀の一戦は、特別ルールで行われました。

打球がフェアゾーンに入ったら1球とカウントし、5球カウントしたら1ラウンド終了となる。試合は4ラウンドで何本ホームランを打ったのかで競いました。先攻はコイントスの結果、日本の王貞治選手で、ボールを投げるのは、元大洋で当時バッティングピッチャーをしていた「王の恋人」と言われていた峰国安でした。

スコア
先攻 王貞治      3 3 1 2 合計9本
後攻 ハンク・アーロン 2 4 3 1 合計10本

結果はハンク・アーロンが1本差で勝ちました。しかしこの結果には、謎があり、投げた峰もライトで線審をしていた佐藤審判も王貞治が2本多くホームランを打ったと言っています。しかし、球審のペレコーダスが2本ともファールと判定したのでした。球界を代表する紳士である王貞治は、峰に対していいからいいからと、揉めないようにことをおさめました。のちに王貞治は756号を打って、アーロンを抜き、さらに868本と金字塔をうちたてることができました。

ハンク・アーロンってどんな選手

ハンク・アーロン
1934年2月5日生まれ
アラバマ州出身
身長 約183cm 体重 約82kg
右投げ右打ち
ポジション:外野手、一塁手

1954年:メジャー契約 ミルウォーキー・ブレーブス
1966年:本拠地をアトランタに移しアトランタ・ブレーブス所属になる
1975年:ミルウォーキー・ブルワーズに移籍
1976年:この年に引退

ハンク・アーロン生涯成績

大リーグ在籍年数:23年
試合数:3298試合
通算打率:.305
安打数:3771安打
本塁打:755本
塁打数:6856塁打(MLB歴代最高)
打点:2297打点(MLB歴代最高)

ハンク・アーロン 主なタイトル&表彰

首位打者:2回【1956年「.328」1959年「.355」】
本塁打:4回【1957年「44本」1963年「44本」1966年「44本」1967年「39本」】
打点王:4回【1957年「132」1960年「126」1963年「130」1966年「127」】
MVP:1回【1957年】
ゴールドグラブ賞:3回【1958年、59年、60年】

偉大なベーブルースを超えたハンク・アーロン

華々しい記録を残しましたハンク・アーロンですが、偉大なベーブ・ルースの記録である714本にあと1本に迫る記録を残した1973年のシーズンオフはとても長い長いシーズンオフでした。この年40本と量産し、通算713本としました。しかし、人種差別が色濃く残っているアメリカの中で、白人のスーパースター「ベーブ・ルース」の記録を黒人であるハンク・アーロンが超えることは、許せない風潮があり、嫌がらせや危険な目にあったりもしました。

それを知った一部のファンから手紙が届き、白人からも支持されました。そしてハンク・アーロンは語っています。

1974年の4月4日にシーズンが幕開けし、全米中がハンク・アーロンの打席に注目する中、対シンシナティ・レッズ戦。初回ワンアウト、ランナー2人置いて、カウント3ボール1ストライク。相手投手が投じた5球目。アーロンの打球は放物線を描き、初打席にホームランを放ち、通算714号となり、ついにベーブ・ルースに並びました。

4月8日本拠地ミルウォーキーでロサンゼルス・ドジャースを迎えました。この試合3打席目に歴史的瞬間が待っていました。カウント1ボールから投じた2球目。

シーズンオフの悩みが嘘のように全米のファンの願いを込めて通算715号を記録しました。試合は中断され、セレモニーが行われました。
ハンク・アーロンがコメントしました。

ハンク・アーロンは強打者タイプではなかった?

通算ホームラン数755本を記録したハンク・アーロンですが、実は1960年から1968年には2桁の盗塁数を記録しこの間195盗塁と走れる選手でした。また1963年には30ホームラン30盗塁の30-30を成し遂げ、打率も.319記録しているので、いわゆるトリプルスリーを達成しています。好走守三拍子揃ったプレイヤーです。

バッティングスタイルは相手投手の配球を読んでシュアなバッティングをするタイプで、映像からもわかるように踏み込んだ左足を軸に、バットが水平に振り払っていました。力任せにガツンとバットとボールをぶつけて打つのではなく、相手投手のボールを利用して、ホームランを量産していました。

そのシュアなバッティングスタイルで安打も量産し、なんと20年連続で100本以上の安打を記録している安打製造機でもありました。

2007年8月7日にサンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズが塗り替えるまで、通算ホームラン記録755本の記録保持者でした。記録を塗り替えられたとしても、かつての英雄ベーブ・ルースの714本と同じように、ハンク・アーロンの755本の記録は決して色褪せません。

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