清原和博  愛と笑いと涙の巨人時代

清原和博 愛と笑いと涙の巨人時代

ドラフト会議で裏切られたと感じた巨人への移籍。 合理的でクールな関東の最強球団を関西系の番長が盛り上げた。


2004年のシーズンオフ、オリックスブルーウェーブと近鉄バッファローズが合併し「オリックスバッファローズ」が誕生。
監督には仰木彬が就任した。
同時期、清原は、長嶋一茂から
「来季の巨人軍に清原君の居場所はない」
「西部の堤さんが心配していて、そんな扱いをするなら西武に戻してくれといってきている」
といわれた。
長嶋一茂は清原和博は2つ上。
長嶋一茂は1996年に巨人を去り、1997年に清原が入団した。
「一茂さんは球団の人なんですか?」
「この話は僕が巨人軍から預かっている」
(なんで球団は、そんなことを一茂さんにいわすんや。
なんで直接オレに話さんのや)
カチンときた清原は、球団の幹部に直接電話した。
こんな裏口から押し出されるようなやり方は納得できなかった。
移籍するにしても、引退するにしても、出るときは正面玄関から、胸を張って堂々と出ていきたかった。
「僕が事務所に行きます」
「それはまずいよ」
「どうしてまずいんですか」
「とにかくまずいんだ」
「僕は行きます」
「いやホテルで会おう」
清原は球団事務所に乗り込んだ。
自分を残すのか、放り出すのか、ハッキリ聞きたかったが、要領の得ない返答ばかりで結局、うやむやになってしまった。
この直談判はマスコミに報道され騒動化した。

2004年11月23日、ファン感謝デーで挨拶している最中、ファンから「清原コール」を起こされ、堀内恒夫新監督は激怒した。
「監督が挨拶しているのにそういう失礼なことをする。
これはもう巨人ファンとは呼べない」
これ以外にも、試合中に「清原出せ!コール」や、「清原信者」という看板がスタンドに上がった。
清原と東京ドームの一体感はすごかった。
2004年11月30日、
清原は球団に
「一選手が球団に押しかけ直談判などもってのほか」
と謝罪を要求され、清武球団代表と共に会見を行った。
「泥水を飲む覚悟で戦う」
巨人の選手として来年も戦うことを誓い、球団に迷惑をかけたことを詫びた。
しかし腹の中は煮えくり返っていた。
球団事務所に押しかけたことを少しも悔いていなかったし、自分が悪いとも思っていなかった。
悔しくて悔しくて、この悔しさをカラダに刻み込むために、刺青を入れようとした。
そしてそれをみるたびに悔しさを思い出したかった。
入れ墨は母親の反対にあって断念したが、代わりに耳に穴をあけてピアスをした。
自分を曲げてでも巨人に残って最後まで戦い抜こうと思った清原だった。

ヘルメット

2005年シーズン開幕時、清原は4番だった。
4月14日のホームランで、ホームランを打った投手の数が200名に到達した。
(史上初)
2005年5月11日、1点を追う11回裏、9回に同点ソロホームランを放った清原に再び同点アーチの期待がかかる場面。
しかし147㎞/hのデッドボールが頭部を直撃し倒れた。
清原は、すぐに立ち上がり、ヘルメットをたたきつけた。
「謝れ!
こっちに来て謝れ」
マウンドに向かったがローズが制され、怒りをこらえて1塁まで歩いた。
このデッドボールで、西武時代から愛用してきたヘルメットが壊れた。
それは野村克也が西武の現役時代に使っていたもので、西武に入団したとき、自分の頭に合うヘルメットがなく、何気なく野村のヘルメットをかぶると驚くほどフィットしたので、そのまま愛用していた。
巨人に移った後も黒く塗って使い続けた、20年以上も一緒にやってきた相棒だった。
同じ団体競技だが、野球にあってサッカーにないのが、ピッチャーとバッターの1対1の勝負。
あくまでチームの得点を競うゲームでありながらも、格闘技的な勝負も含まれることがその特徴であり魅力の1つである。
清原は徹底的に内角を攻められても
(当てられるもんなら当ててみい)
という気迫をもって勝負に挑んだ。
野茂や伊良部のように清原とは正々堂々勝負をするピッチャーもいるが、通常は長打を打たれるよりはデッドボールの方がよい。
そして196球も清原にぶつけた。
清原は2019年の時点で死球王である

ハイタッチ拒否事件

2005年8月4日、広島市民球場で行われた広島戦。
試合前、左膝痛で3試合ぶりに復帰した清原は打順が7番であることを山本功児ヘッドコーチから伝えられた。
今シーズン、開幕時は4番だったが、故障の度に5番、6番と下がり、ついに西武入団1年目、1986年以来19年ぶりの7番となった。
清原は激怒。
ベンチでおもむろに携帯電話をかけ
「今日な、7番やで!
7番! 
阿部(慎之助)より下や!」
と、これ見よがしに大声で話した。
そして4回、バックスクリーン左上段へ130mの22号ホームランを放った。
ベンチ前に迎え出た堀内監督、コーチ、ナインとハイタッチをせずにベンチに座った。
「怒りの1発や!」
そしてチームは逆転で負けた。
「足のことがあるから楽なところで打たせてやろうと思った」
(堀内監督)
「7番に置いて何が悪いんだ!」
(山本ヘッドコーチ)
欠場明けで走れる状態ではなく、途中交代の可能性が高い清原を7番に置くのは妥当な判断ともいえる。

「キヨ、もう出番はない」

「キヨ、残り試合は若手でいくから、もう出番はない」
そう堀内恒夫監督にいわれ、まだシーズン中だというのに清原はロッカールームの荷物をまとめた。
そして左膝半月板除去の手術を受けるためという名目で2軍降格。
この時点での成績は打率:.212、打点:52、ホームラン:30本だった。
2軍に落ちて間もなく、清原に知らない番号から電話があった。
「おう、わしや」
「はっ?
誰ですか?」
「わしや、わし。
仰木や」
これまで清原は仰木彬に挨拶はしたことはあったが、話をしたことはなかった。
「お前、オリックスバッファローズに来てくれんか?」
「ちょっと待ってくださいよ」
「いっぺん考えてみてくれや」
仰木は、その後もたびたび東京の清原を訪ねた。
「キヨ、わし東京に来たんや。
ちょっと会えるか?」
「キヨ、朝飯食ったか?」
「キヨ、昼飯食ったか?」
本人だけでなく大阪の岸和田の実家も訪ねた。
清原の両親が不在だったため、数時間、土産の虎屋の紙袋をもって立って帰宅を待った。
「息子さんを私に預けてください」
清原は直接会って断るために大阪へ行った。
「とにかく飲もう」
仰木は上機嫌でビールをすすめた。
「あの仰木さん」
「今回のお話なんですけど・・」
いつ誤りの言葉を出そうかうかがっている清原に
「うん?
そういえばこの前、奥さんに会ったわ。
噂以上にきれいな人やなあ」
「アレ、氷が切れそうや」
「悪い、ちょっとトイレ」
と巧みにかわした。
ことごとくタイミングを外された清原が、いよいよ意を決して身を固くすると、仰木は自分の座布団を外して手をついて頭を下げた。
「キヨ、頼む。
わしに力を貸してくれ」
「仰木さんの気持ちはありがたく持って帰らせていただきます」
清原も頭を下げた。

2005年8月29日、手術を翌日に控えた清原は、清武英利球団代表から呼び出された。
場所は、球団事務所ではなく都内ホテル。
しかも裏口から入って地下通路を通って部屋まで案内された。
部屋に入ると
「来季、君とは契約しないから。
で、なんかある?」
「いえ、結構です」
話しは1分で終わった。
清原は神宮外苑の並木道に車を停めて泣いた。
清原だけでなく、他球団で華々しい成績を上げた何人もの選手が破格の報酬で巨人に入った。
そして少しでも調子が落とすと、待っているのは大きなバッシングと球団の冷たい対応である。
巨人は野球少年の夢。
しかしその裏には冷酷な計算に支配された冷たい人たちがあった。
FA宣言したり、他球団から戦力外になったり選手に触手をのばす巨人。
悲劇が繰り返される。
10月1日、巨人は清原と契約を更新しないことを発表。
報道陣に配られたのはA4の紙1枚。
「自由契約とすることを決めました」
などと記したわずか2行の簡単なものだった。

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