萩原健一
さて、ショーケンです。ショーケン、言わずと知れた稀代の俳優にして歌手の萩原健一ですね。最近では俳優としての印象の方が強いのかもしれませんが、元々はザ・テンプターズのボーカリストとしてデビューしています。

その後はテレビドラマ「傷だらけの天使」や「前略おふくろ様」などで人気を博し、俳優として地位を確立しています。
俳優と並行して音楽活動を再開するのですが、これがまた超個性的!他に類を見ないスタイルなのです。が、類を見ないと言いつつも、実際には松田優作や原田芳雄などが思いっきりのフォロワーとなっています。
なんというか、演劇的とでも言えばいいのでしょうか、独特なボーカルスタイルを確立しているのです。
何故このような歌い方が確立されたのでしょう?松田優作や原田芳雄がフォロワーになっているということは、俳優ならでは、俳優であればリスペクトせざるを得ない何かがあるのかもしれません。
それでは、ショーケンの独特な歌の世界をオリジナルと比較することで再確認してみます。
ラストダンスは私に
演劇的な歌い方といえば、元祖とも言えるのが越路吹雪でしょう。まぁ、個性的です。なんといっても宝塚歌劇団男役スターですからね、同に入っておられます。
エディット・ピアフからの影響が大きく、彼女の代表曲である「愛の讃歌」は、越路吹雪にとっても代表曲となっていますね。
ショーケンが歌っているのは、越路吹雪のもう一つの代表曲ともいえる「ラストダンスは私に」です。
映像で観れないのが残念ですが、素晴らしいですねぇ!
因みに「ラストダンスは私に」のオリジナルは、ベン・E・キングがリード・ボーカルだったアメリカのコーラス・グループのドリフターズです。ベン・E・キングは、ソロになってからのヒット曲「スタンド・バイ・ミー」でも知られていますね。
ラストダンスは私に(ショーケン)
さて、そんな「ラストダンスは私に」をショーケンがカバーするとどうなるか?興味津々ですね。1981年2月に9枚目のシングルとしてリリースしています。

ラストダンスは私に
バックを務めるのは、ドンファン・ロックンロール・バンド。大所帯です。しかし、まぁ、これがカッコいいんですね。この大人数感が。
テンプターズはローリング・ストーンズの影響を受けていたと言われています。ローリング・ストーンズ。ショーケンのこの動き方、歌い方はミック・ジャガーからの影響なのでしょう。そうなのかな?よく分かりません。よく分かりませんが、個性的には違いありません。
越路吹雪とは随分と印象が違って聴こえますね。
愚か者
比較すると面白いなぁと思う曲は「愚か者」ですね。1987年1月1日発売された近藤真彦の通算23枚目のシングルです。今のところマッチの最後のヒット曲ですね。
作詞:伊達歩、作曲:井上堯之、編曲:戸塚修という布陣です。作詞の伊達歩とは、作家の伊集院静の筆名なんですよ。
マッチの代表曲のひとつですね。頑張って歌っていると思います。
愚か者よ
さてさて、マッチとの格の違いをパワフルに見せつけるのがショーケン バージョンである「愚か者よ」です。
「愚か者」ではなく、「愚か者よ」としたところがミソですね。また、ショーケンの方は編曲も井上堯之が担当しています。
タイトルに「よ」が付くのと付かないのとでは、こんなにも違うのか!そう叫ばずにはおられませんです。マッチが悪いわけではありませんからね。
しかし、この違いはアレンジがどうのというレベルでは済まされません。格でしょうか、パフォーマーとしての格の違い。だって全然違うんだもん。しかし、これは好みの問題です。実際にマッチの方がヒットしているわけですからね。
酒と泪と男と女
癖が強いんです。ショーケンは。強すぎるといってもいいでしょう。当然好みは別れます。別れますが、好きになると中毒性があるというか、離れられなくなる。そんな毒のような魅力がありますね。
それは1977年4月に発売された4枚目のシングル「酒と泪と男と女」の時点ですでに出来上がっています。
映像では中村雅俊とデュエットしているのですが、オーソドックスに歌っている中村雅俊と我が道を行くショーケンの対比がとても面白いです。
けったいだなぁ。しかし、楽しそうです。ショーケンは。同じ俳優なのに中村雅俊は乗ってこないですね。だからこそ一般的な好感度が高いともいえそうです。
酒と泪と男と女(オリジン)
「酒と泪と男と女」のオリジナルは、河島英五。1976年6月25日に発売され、その後、多くのミュージシャンにカバーされ続けている名曲中の名曲です。
聴いていると、厳かな気持ちになりますね。ビートルズの「レット・イット・ビー」のような感じもします。
そして、ショーケンがこの曲を自分のものにしているのが、よく分かります。
大阪で生まれた女
「大阪で生まれた女」は面白いです。オリジナルは1979年8月1日に発売されたBOROの2枚目のシングルです。この曲は年を重ねる毎にBOROの歌い方がショーケンになっていくんですね。
最初はもっとサラリと、素直に歌っていたのですがねぇ。ショーケンの魂が乗り移ったというべきでしょう。
大阪で生まれた女(ショーケン)
ショーケンが6枚目のシングルとして「大阪で生まれた女」を発売したのは1979年5月1日。実はBOROよりも3ヶ月先に発売しているんです。

大阪で生まれた女
そして、この圧巻のパフォーマンス!
どんな歌でも自分のものにしてしまうんですね、ショーケンというヒトは。感動です。