大杉漣プロフィール

大杉 漣
本名 大杉 孝(おおすぎ たかし)
生年月日 1951年9月27日
没年月日 2018年2月21日(66歳没)
出身地 徳島県小松島市
死没地 千葉県
身長 178 cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル 舞台・映画・テレビドラマ
活動期間 1973年 - 2018年
活動内容 俳優
著名な家族 大杉隼平(長男)写真家
生誕

徳島県小松島市
1951年9月27日、徳島県小松島市にて、4人兄弟の末っ子として誕生。
母は京都の銀閣寺の傍らにあった下宿屋の娘で父より3歳年上の姉さん女房。
父は38歳で小松島市立小松島中学校の校長に抜擢され、徳島県立小松島西高等学校、徳島県立富岡東高等学校、徳島県立城東高等学校の校長を歴任。
劇団活動と下積時代

緊縛いけにえ[ビデオ]
1973年、雑誌『新劇』に掲載されていた太田省吾の記事に感銘を受け、太田の劇団員募集広告に応募し研修生として採用される。
応募するにあたり、大学は中退。同年6月、22歳で別役実作品『門』の「娼婦を買いに来る客A」役で舞台デビューを果たしています。
意外かもしれませんが1980年に新東宝映画のピンク映画『緊縛いけにえ』で映画俳優としてデビューされ下積時代は日活ロマンポルノや新東宝映画などのピンク映画に積極的に出演されていました。
俳優への転機

ソナチネ[DVD]
22歳で俳優デビューしてからも長い下積時代が続きます、中々、希望する役を射止めることはできず、主にVシネマなどに出演して生活費を稼ぐ日々が・・・
芽が出始めたのは、実に40代半ばになってからだそうです。
北野武監督による『ソナチネ』(1993年)のオーディションを受け、合格。
ただ当初与えられたのは単なるヤクザ事務所の電話番という、台詞のない端役だったとか、
たけしさんの「全部アドリブでやって」という指示に対し、大杉さんが演じたヤミ金の取り立ての演技にたけしさんが「うめえな、この人」と感心、脚本を書き換えて役を大きくしたところ、「最後までうまくやっちゃった」という。
この作品での演技が転機となり、映画界において演技派の一人として知名度を得ていきました。
300の顔を持つ男
ミル・マスカラスではありません(あちらは千の顔を持つ男でした)。
その後も数多くのドラマや映画に出演され、公安刑事から体制破壊主義者、堅実なサラリーマンからホームレス、学校長からヤクザ、好人物から偏狭な人物、誠実な父親・夫から退廃的な不良中年、精神異常を思わせるサイコ色の強い異常人格から変態・オカマ・エロ系の人物まで、様々な役柄を演じ熟した事から「300の顔を持つ男」「カメレオン」などの異名を得る。
確かに思い出しても大杉さん色々な役を演じられていました。
冠番組

大杉漣の漣ぽっ
デビューから実に40年(62歳)の時の2013年4月13日より、BSフジにて自身初の冠番組となる旅番組『大杉漣の漣ぽっ』が放送開始されました。(苦労されています)
第1回は大杉さんの地元である徳島県を散策した回を放送、以後2018年に急逝するまで、約5年、60回(地上波で放送されたスペシャル版1回を含む)に亘って放送されたそうです。

大杉漣の漣ぽっ
アウトレイジ 花菱会乃長

アウトレイジ 最終章 [DVD]
花菱会会長:野村 和夫 (のむら かずお)役
叩き上げのヤクザではなく、堅気の出身 のヤクザ。
先代会長の娘婿で元証券会社の会社員で、定年退職後に現職に就いた。
関西出身ではなく、標準語で話し、関西弁を非常に嫌っている。
花菱会の古参の構成員たちに対して、上からの物言いで接し、定例会を頻繁に開催したり、シノギのノルマを課したりする。
金になるビジネスなら何でも許しており、先代の布施が禁止していた違法薬物の取引も解禁しちゃった風変わりな親分役を大杉さんは見事に演じきっていました。
改めて大杉さんの作品を見直してみても、演技派で実にうまいのがよく分かります。
異変

バイプレイヤーズ
2018年2月20日、千葉県富津市内などで午前中からドラマ『バイプレイヤーズ 〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら〜』の撮影を行い、21時頃に終了。
その後共演者の松重豊さん、田口トモロヲさん、光石研さんと食事に行き、23時頃にホテルの部屋に戻った後、日付をまたいだ21日0時頃に共演者同士のグループLINEに腹痛を訴えるメッセージを送信。
66歳での突然死
異変に気付いた松重さんと撮影関係者らに付き添われタクシーで救急病院へ。
到着時には既に重体だったそうです、総合病院への搬送も検討されたそうですが、「治療が間に合わない」という病院側の判断で集中治療を継続。
しかし容態は悪化し、病院で家族やテレビ東京関係者、同ドラマ共演者(先述の3名と遠藤憲一さん)、事務所関係者、一部制作スタッフなどに見守られながら、
2018年2月21日午前3時53分、息を引き取りました。
66歳没。死因は急性心不全。
没後

バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら~
ドラマ『バイプレイヤーズ 〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら〜』は大杉さんが倒れる前の20日までに撮影を終えていた分は2月28日OA予定の第4話が7割、3月7日の最終話に当たる第5話が3分の1)を編集し放送されました。
葬儀・お別れの会
葬儀・告別式は大杉さん本人の生前の意思により、家族および近親者のみで執り行われました。
改めて2018年4月14日にお別れの会「さらば!ゴンタクレ」が東京都青山葬儀所にて開かれ約1700人の方が参列されました。
最後に・・・
個人的にも大好きだった大杉漣さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。