90年代に活躍したプロ野球選手の感動した引退試合

90年代に活躍したプロ野球選手の感動した引退試合

90年代頃までは夕食とともに付いているテレビと言えばプロ野球巨人戦だった時代、一家に一台しかテレビはないのでたとえ女の子であっても自然とプロ野球に詳しくなっていったものです。そんな輝かしき90年代に主に活躍した名プレイヤー達の感動を呼ぶ引退試合を特集します。


90年代感動のプロ野球引退試合

90年代頃までは夕食とともに付いているテレビと言えばプロ野球巨人戦だった時代、一家に一台しかテレビはないのでたとえ女の子であっても自然とプロ野球に詳しくなっていったものです。そんな輝かしき90年代に主に活躍した名プレイヤー達の感動を呼ぶ引退試合を特集します。

引退試合とは?

プロ野球の引退試合の場合、サッカーのように「〇〇選手引退記念マッチ」のように特別な試合が組まれることは稀で、公式戦の最終試合など通常のリーグ戦内で行われ、最後に花束贈呈などのセレモニーが行われることが多い。

ただ、最終戦くらいになると順位も確定しており、消化試合のようになっているため、バッターだったら全て直球勝負を挑まれるなど、引退していく選手に花を添えるようなプレイに徹するシーンも多く、感動を呼びやすい。

90年代ではないが、1974年に引退したミスターこと長嶋茂雄氏の引退試合でのセレモニー「我が巨人軍は永久に不滅です」の言葉はあまりにも有名ですよね。

村田兆治(現役時代:1968~1990)

所属:毎日オリオンズ→千葉ロッテオリオンズ
通算成績:215勝177敗33セーブ
主なタイトル:最多勝:1回 (1981年)、最優秀防御率:3回 (1975年、1976年、1989年)、最多セーブ投手:1回 (1975年)、最多奪三振:4回 (1976年、1977年、1979年、1981年)、ベストナイン:1回 (1981年)、カムバック賞 (1985年)、日本シリーズ最優秀投手賞:1回 (1974年)など他多数

その後の類を見ない独特なマサカリ投法で、ロッテの一時代を築いた絶対的エース。2000年代となり、還暦を過ぎた今でも130kmを超える速球を投げるのは語り草となっています。

今、思うとまだできると思う村田兆治のラストイヤーも10勝をマーク、最終試合でも西武の最強クリーンナップを形成していた秋山幸二やデストラーデを三振に切り取るなど惜しまれつつ23年の現役時代に幕を閉じました。

山本和範(現役時代:1980~1999)

所属:近鉄バッファローズ→南海(ダイエー)ホークス→近鉄バッファローズ
通算成績:1400安打 175本塁打
主なタイトル:ゴールデングラブ賞:1回 (外野手部門:1986年)

コワモテの顔面フェイスながら優しき心を持つ、記録以上にファンに愛された愛すべき選手の一人ではないでしょうか?

またここぞという時にホームランなど決定的な仕事をする勝負強さも魅力で、劇的なバッティングを数多く残し、ファンの脳裏に焼く付くようなプレイを多く残してくれました。

引退試合にはまさにカズ山本を象徴するような劇的な1号サヨナラホームランで現役時代を華麗な形で幕を閉じました。ダイヤモンドを回りながら万歳して大喜びした笑顔が忘れられません。

伊藤智仁(現役時代:1993-2001)

所属:東京ヤクルトスワローズ
通算成績:37勝27敗25セーブ
主なタイトル:新人王(1993年)、カンバック賞(1997年)

プロ野球史上最高のスライダーといまだ語り継がれている150kmを超える高速スライダーを武器にルーキーイヤーである1993年には前半戦だけで7勝2敗・防御率0.91という驚異とも言える成績を残し、ヤクルトの不動のエースになる予感がひしひしと伝わっていた。

ところが、ルーズショルダー(非外傷性肩関節不安定症)にもかかわらず、当時の監督である野村監督の指示もあり、無理な登板が祟り、肘を故障。ルーキーイヤーの後半戦から長きにわたり戦線離脱をしてしまう。

その後、1997年にはカムバック賞を受賞するなど不屈の精神で復帰を遂げるものの、慢性的なひじ痛は収まらず、わずか37勝と数字の上では並のピッチャーとして2001年に現役引退を決意。

ところが、その鮮烈なルーキーイヤーをファンは決して忘れていなかった。実質引退試合となった戸田球場には多くのファンが集結。思ったような投球はできないものの、「納得できるまで投げさせてやれよ!」とファンから暖かい言葉が飛んだほどだった。

その時のコーチである岡林コーチとは現役時代の盟友であり、最後の登板を見守る岡林コーチの心情にも注目です。

佐々岡真司(現役時代:1990~2007)

所属:広島東洋カープ
通算成績:138勝153敗106セーブ
主なタイトル:最多勝利:1回 (1991年)、最優秀防御率:1回 (1991年)、MVP:1回 (1991年)、沢村賞:1回 (1991年)、ベストナイン:1回 (投手部門:1991年)

通算成績で見れば、負けのほうが多く、決して好成績とは言えないものの、1991年には最多勝利、最優秀防御率、沢村賞を始め、投手の主なタイトルの総なめ。その後も、カープの絶対的エースとして君臨しました。

男気溢れる性格で、カープの低迷期も支え続けたこともあり、記録は伸びませんでしたが、記憶には深く残る選手の一人です。

引退試合では、相手(DeNA)の主砲である村田修一選手から特大のホームランを打たれてしまい、後日村田選手が「あんなに悲しかったホームランはなかった」と言われるほど印象に残るものとなりました。

池山隆寛(現役時代:1984~2002)

所属:東京ヤクルトスワローズ
通算成績:1784試合 1521安打 304本塁打 1440三振
主なタイトル:ベストナイン:5回 (遊撃手部門:1988年 - 1990年、1992年、1993年)、ゴールデングラブ賞:1回 (遊撃手部門:1992年)

通算1440三振と、当たれば三振かホームランといった豪快さが魅力だった通称ブンブン丸。愛されるキャラクターとして記録以上に記憶に残るミスタースワローズの一人だったではないでしょうか。

引退試合には、どうしても池山まで打席をつなぐべく、飯田や稲葉といった共に戦った盟友たちが執念とも言えるつなぎ方で池山までつなぐプレイは、ファンならずとも大きな感動を呼んだ。

体がボロボロのなか、引退試合の最後の打席に立った池山は、大泣きしながら、最後の最後まで持ち前のプレイスタイルである豪快な空振り三振で幕を閉じたのでした。

鈴木健(現役時代:1989~2007)

所属:埼玉西武ライオンズ→東京ヤクルトスワローズ
通算成績:1686試合 1446安打 189本塁打 812三振
主なタイトル:最高出塁率:1回(1997年)、ベストナイン(三塁手部門):2回(1997年、2003年)、カムバック賞(2003年)

高校時代は当時日本最多記録となる通算83本塁打を記録し、高校野球の強豪である浦和学院の4番バッターが鳴り物入りで地元である西武に入団したものの、思ったような活躍はできず、徐々に出場機会が激減。生き残るため、ホームランを捨てて、ミートに徹するいぶし銀の選手に。

ヤクルトでは貴重な代打の切り札として活躍。記憶に残る選手としてファンに愛されました。引退試合でも、代打として登場。球場いったいとなって、どうしても鈴木健選手に打たせたい空気が充満。横浜(現DeNA)の横山投手と、常にストレートのみの真剣勝負、20球の真剣勝負にファンは酔いしれました。途中でファールボールを取らない村田修一(当時DeNA)の隠れたファインプレイも忘れてはなりません。

その際も常にスタンドからは「健さん」コールが鳴りやむことはなく、最後の最後までファンに愛された象徴するようなシーンでもありました。

新庄剛志(現役時代:1992~2006)

所属:阪神タイガース→ニューヨークメッツなど→北海道日本ハムファイターズ
通算成績:1524安打 225本塁打
主なタイトル:ベストナイン:3回 (外野手部門:1993年、2000年、2004年)
ゴールデングラブ賞:10回 (外野手部門:1993年、1994年、1996年 - 2000年、2004年 - 2006年)など

若手当時の阪神時代には敬遠球を打って、しかもサヨナラヒットにするなど記憶に鮮明に残し、誰もが無理と言った無謀とも言えるメジャー挑戦も、それなりの結果を出すなど伝説とも言えるレジェンド選手。

メジャーからの復帰先はなんと北海道日本ハム。北の大地にプロ野球人気を沸騰されるほど、毎試合新庄劇場とも言われたパフォーマンスで北海道のファンも熱狂されました。

引退試合も実に新庄らしい新庄劇場全開のものでした。

緒方孝市(現役時代1988~2009)

所属:広島東洋カープ
通算成績:1506安打 241本塁打
主なタイトル:盗塁王:3回 (1995年 ~1997年)、ゴールデングラブ賞:5回 (外野手部門:1995年 ~1999年)

広島らしいと言っては語弊があるかもしれませんが、地味ながらも堅実な守備そして3度盗塁王に輝いた快足を活かして、広島不動の1番バッターだった名選手です。

引退後は、現在も古巣・広島の監督となり、広島の黄金期を支える名監督となりつつあります。

引退試合では、見事に3ベースヒットを打つも、パスボール間に豪快なヘッドスライティングでホームを狙うが残念ながらアウトとなったととなったものの、最後まではつらつとしたプレイにスタジアムからは割れんばかりの拍手に包まれました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?こうやって印象的だった引退試合を見てみると、ファンの心に深く刻まれているのは、やはり成績だけではないことがよく分かりますよね。やはり、プロ野球選手一人ひとりに人生があり、物語があるので、思い入れの選手が引退する瞬間は、やはり感動必至になるものでしょう。

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