まだ今の芸名になる前、アントニオ猪木のモノマネがここから始まります
その後ラヴ兄弟自体は98~99年頃にユニット解散となってしまいますが、アントニオ小猪木や長州小力、ジャイアント小馬場の原型が生まれたのは確かにこの時代でした。
「西口プロレス」参戦、アントニオ小猪木としてブレイク!
ラヴ兄弟解散後、メンバーだった佐々木孫悟空が西口プロレスを立ち上げることに。
とはいえ解散後のギクシャクのなか、小猪木さんが旗揚げ戦に参加することはありませんでした。
若い時は歌も芝居も喜劇もとマルチタレントを夢見ていたものの…アントニオ猪木のモノマネ一本に絞って腹を括ります。
結果、それまでに培ったコントやダンスが役に立ち、また他メンバーの頑張りもあって西口プロレスが注目を集め始めました。
モノマネ一本に定めたアントニオ小猪木!
最後に残ったのが「猪木モノマネ」だった
20代までと30代以降の人生は全く別物、考え方も変わったと語る小猪木さん。
幼いころの色んな遊びを目を輝かせて語ってくれる小猪木さんにとって、10~20代の葛藤を経て辿り着いた「アントニオ猪木のモノマネ」は本当に大切な「自分が負けないもの」だったのです。
「猪木モノマネ3人衆」の棲み分け
目指すのは「ドリフ・西口・新喜劇」!
アントニオ小猪木一筋に16年、西口プロレスを代表するタレントです。
この先はどこに向かって走っていくのでしょうか?
実際に西口プロレスのリングにはこれまでも、プロレスラーからジャニーズ事務所のアイドルまで、多種多様な方たちが上がっています。
どんな人がリングに上がっても「面白く出来る」それこそが「お笑いプロレス」先駆者である西口プロレス、そしてアントニオ小猪木さんの徹底したこだわりなのだと思います。
お笑いあり、モノマネあり、そしてプロレスあり。
プロレスリングを舞台に繰り広げられる唯一無二の「お笑いプロレス」。
西口プロレスを、読者の皆さんもぜひ一度観戦していただけたらと思います。
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