ローリング・ストーンズを作った男“ブライアン・ジョーンズ”。彼はバツグンのファッションセンス同様に、天才的な閃きを持っていた!

ローリング・ストーンズを作った男“ブライアン・ジョーンズ”。彼はバツグンのファッションセンス同様に、天才的な閃きを持っていた!

ローリング・ストーンズの名付け親であり、初代リーダーであったブライアン・ジョーンズ。初期のローリング・ストーンズにおいてはミックやキースよりも目を引く存在でした。素敵なのはファッション・センスだけではなく、天才的な閃きでサイケデリック期のローリング・ストーンズに花を添えています。


ブライアン・ジョーンズ

ローリング・ストーンズといえば、1962年の結成以来泣く子も黙るロックの王様として今日まで君臨し続けているイギリスを代表する偉大なバンドです。
今さら説明の必要もないかと思いますが、現在のメンバーはミック・ジャガー(ボーカル)、キース・リチャーズ(ギター)、ロン・ウッド(ギター)、チャーリー・ワッツ(ドラムス)の4人。

右からチャーリー・ワッツ、キース・リチャーズ、ミック・ジャガー、ロン・ウッド

ローリング・ストーンズ

今なお人気も実力も衰えないローリング・ストーンズですが、メンバーは不動というわけではなく、何人か入れ替わっています。なによりスライド・ギターの名手であり、数々の楽器を使いこなした男の名前が現在ありません。
ブライアン・ジョーンズ。彼こそがバツグンのファッション・センスと天才的な閃きを持った初代リーダーであり、ローリング・ストーンズを作った男なのです。

出生名:Lewis Brian Hopkin Jones 
別名:Jones、Nick 
生誕:1942年2月28日 
出身地:イングランド グロスターシャー チェルトナム 
死没:1969年7月3日(満27歳没)
担当楽器:ボーカル、ギター、ハーモニカ、キーボード、アパラチアン・ダルシマー、トランペット、トロンボーン、メロトロン、シタール、タンブラ、リコーダー、サックス、パーカッション、オートハープ、マリンバ、スライド・ギター、オーボエ、バンジョー、クラリネット、ピアノ、フォーク・ギター、シロフォン 
活動期間:1960年 – 1969年

ブライアン・ジョーンズ

ブライアン・ジョーンズは、1962年4月にローリング・ストーンズを結成し、1969年に脱退、というか解雇されてしまいます。
そして、その3ヶ月後に自宅のプールで27歳と言う若さで溺死してしまいました。

ブライアン・ジョーンズ邸

ブライアン・ジョーンズが亡くなったのは、イギリスのサセックスはコッチフォード農場にある屋敷です。
美しいですね。とてものどかそうで、穏やかな感じがします。

因みに、この屋敷はブライアン・ジョーンズの前には「クマのプーさん」で知られる作家のA・A・ミルンが住んでいたことでも知られています。

ローリング・ストーンズ

ブライアン・ジョーンズを語る際にはローリング・ストーンズのことを語らないわけにはいきませんが、ローリング・ストーンズを語る際にもブライアン・ジョーンズを抜きには語れない。ブライアン・ジョーンズとはそんな存在です。

ブライアン・ジョーンズは、イアン・スチュワート(ピアノ)と共にR&Bバンドを結成するためにミック・ジャガーとキース・リチャーズに声をかけ、ローリング・ストーンズを1962年4月にロンドンで結成します。

デビュー時のメンバーである、ベーシストのビル・ワイマンとドラムスのチャーリー・ワッツが参加するのはその後のことです。
因みにビル・ワイマンに声をかけたのは、彼がベース・アンプを持っていたからだそうですよ。

右から3人目がブライアン・ジョーンズ

ローリング・ストーンズ

当初はブルースなどのカバーをやっていたローリング・ストーンズですが、その選曲はブライアン・ジョーンズが行い、ローリング・ストーンズというバンド名も彼が付けています。
リーダーというか、ブライアン・ジョーンズのバンドといった感じですね。

ローリング・ストーンズのレコード・デビューは1963年6月チャック・ベリーのカバー曲「カム・オン」で、デッカ・レコードからリリースされました。
因みにデッカに紹介したのはビートルズのジョン・レノンです。

イアン・スチュワートはデビュー前にメンバーから外れ、その後はロード・マネージャー、サポート・ピアニストとしてローリング・ストーンズに残ります。

1964年リリース

A面
1.ルート66
2.恋をしようよ
3.オネスト・アイ・ドゥ
4.モナ
5.ナウ・アイヴ・ゴット・ア・ウィットネス
6.リトル・バイ・リトル
B面
1.キング・ビー
2.かわいいキャロル 
3.テル・ミー
4.キャン・アイ・ゲット・ウィットネス
5.ユー・キャン・メイク・イット・イフ・ユー・トライ 
6.ウォーキング・ザ・ドッグ

ザ・ローリング・ストーンズ

ファーストアルバムは、アメリカでは「イングランズ・ニューエスト・ヒットメーカーズ」というタイトルが付けられ、収録曲も若干変更されています。

アメリカでのデビュー曲は「ノット・フェイド・アウェイ」です。この曲ではブライアン・ジョーンズの素晴らしいブルースハープを聴くことが出来ます。

オリジナル

1964年11月にリリースされたイギリスでの5枚目のシングル、ウィリー・ディクスンのカバー曲「リトル・レッド・ルースター」は2枚目の全英1位となりました。これは初の全英1位を獲得したブルースです。

素晴らしいスライドギターを披露するブライアン・ジョーンズ。いやぁ、カッコいいですねぇ。

ブルースを追求したかったブライアン・ジョーンズでしたが、徐々にローリング・ストーンズはオリジナル曲へと移行していきます。
オリジナルは、ミック・ジャガーとキース・リチャーズで作られ、結果としてブルース色は薄まり、よりポップなものへと変わることに。

この方向転換は大成功し、ローリング・ストーンズはヒット曲を連発しスターの座に上り詰めました。
しかし、その一方でブライアン・ジョーンズの好みとは離れていき、それは同時に活躍の場を失うことになっていきます。

この頃のブライアン・ジョーンズがビジュアル的にも最もカッコいいかもしれませんね。これ以降は徐々に精神に変調をきたし、ドラッグに溺れていくことになります。

その原因は、バンド内での孤立化です。ミック・ジャガーとキース・リチャーズのコンビが曲を作るようになったことでブライアン・ジョーンズの求心力は急速に弱まってき、ローリング・ストーンズはミックとキースが取り仕切る事になったのです。

マルチプレイヤー

60年代半ばには、ドラッグの影響もあったのでしょうが、ブライアン・ジョーンズはライブに穴をあけるなどといった問題行動が多くなってきます。

その結果、バンドのリーダーシップだけではなく、あれほど素晴らしかったギターはキース・リチャーズに、ブルース・ハープはミック・ジャガーにそれぞれ主導権を奪われてしまいます。

そこでブライアン・ジョーンズはギター以外の楽器で存在感を示すようになります。元々マルチプレイヤーだったと言われていますが、初めて触った楽器でも数時間で弾きこなせたそうです。
こうして1960年代半ばからローリング・ストーンズは様々な楽器を導入するようになり、サイケデリック期のローリング・ストーンズにブライアン・ジョーンズは花を添えました。

それにしても、天才的な閃きとでも言うのでしょうか、この頃の曲を聴くとブライアン・ジョーンズの存在感は際立っています。
この時期を代表するローリング・ストーンズの代表曲である「黒くぬれ」のシタール、「アンダー・マイ・サム」のマリンバ、「レディ・ジェーン」のダルシマーなど印象に残るものばかりです。

それにしても、身のこなしというか、着こなしというか、ブライアン・ジョーンズのファッション・センスはバツグンですね。
だから、音楽のセンスも良いのかもしれません。

誰よりもブルースが好きだったにも関わらず、多彩な楽器を操ってブルース一辺倒だったバンドの音楽性を幅広いものに変えたのはブライアン・ジョーンズでした。何とも皮肉ですが、バンド内ではそうするしかなかったのでしょう。

更に皮肉なことに、サイケデリック期を脱し、ブライアン・ジョーンズが望んでいたブルースやロックンロールにローリング・ストーンズが原点回帰した時に彼は脱退してしまいます。

正確には解雇ですね。麻薬所持による度重なる逮捕に加え、その頃ブライアン・ジョーンズはスタジオにも余り姿を見せなくなっており、とても演奏できる状態ではなかったのだそうです。

ローリング・ストーンズ脱退

ブライアン・ジョーンズは1969年6月8日にローリング・ストーンズを解雇され、その後1枚のみ「ジャジューカ」というアルバムをリリースしています。

1971年リリース

1.55 - 55
2.戦いの時
3.テイク・ミー・ウィズ・ユー
4.幻惑の瞳
5.コーリング・アウト
6.幻惑の時

ブライアン・ジョ-ンズ・プレゼンツ・ザ・パイプス・オブ・パン・アット・ジャジュ-カ

このアルバムはブライアン・ジョーンズの死後の1971年にリリースされていますが、音源は1968年にブライアン・ジョーンズがモロッコに赴いた際にモロッコの民族音楽を現地で録音し、それにスタジオ処理を加えて完成させたものです。

尚、現在では権利の問題等があり「ブライアン・ジョ-ンズ・プレゼンツ・ザ・パイプス・オブ・パン・アット・ジャジュ-カ」というタイトルに変更されています。

ブルースとは似ても似つかない。かと言ってロックでもない。混沌としていて瞑想的で、こうした音楽こそが当時のブライアン・ジョーンズの心情を表しており、また落ち着かせるものだったように思いえます。
ポップなものではありませんし、奇妙ですが、魅力的ではあります。

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