1993年当時:静岡市清水日本平運動公園球技場(13000人収容)
当時、Jリーグ唯一の市民クラブとして立ちあがった清水エスパルス。あの頃ではよく見かけられた芝生席(ゴール裏とバックスタンドの上段部分)というのどかなスタジアムで有名でした。しかし、開幕当初は、芝のコンディションが悪いスタジアムとしても有名でした。
IAIスタジアム日本平(収容人数20,299人)
ネーミングライツによって「IAIスタジアム日本平」とスタジアム名を変えていますが、1993年当時と同じ静岡市清水日本平運動公園球技場をそのまま使用しています。芝生席を座席に改修するなどして約7000人収容人数を増やしたほか、悪評が多かった芝のコンディションも2015年にはベストピッチ賞の受賞するまでに。
名古屋グランパスエイト
1993年当時:名古屋市瑞穂公園ラグビー場(収容人数15000人)
その名の通り、本来はラグビー場という事もあり、芝がボロボロと酷評されていました。また、屋根がメインスタンドの一部しかなかったり、収容人数も15000人は実際は入らないなど言われており、不評の多いスタジアムでした。
豊田スタジアム(収容人数45000人)
日本を代表する建築家である黒川紀章がデザインした近代的なデザインのスタジアムです。大規模スタジアムで、なおかつ屋根は開閉式と最先端スタジアムながら2002年のワールドカップ開催地には落選して、愛知市民が落胆しました。ちなみに、名古屋市ではなく豊田市にあり、今も豊田スタジアムの他、瑞穂(パロマ瑞穂ラグビー場)も併用しています。また、名古屋市内に新スタジアム建設の要望も絶えません。
ガンバ大阪
1993年当時:万博記念競技場(収容人数19000人)
1972年に大阪万博跡地にできた歴史あるスタジアム。Jリーグ開幕に合わせて照明設備を付けナイターにも対応できるようになりました。また、当時はまだヴィッセル神戸がなかったこともあり、収容人数の多い神戸ユニバーも準ホームスタジアムとして使用していました。
市立吹田サッカースタジアム(収容人数39694人)
吹田市とG大阪が主体となって市民・企業などに寄付を募り、市民の手で作り上げたスタジアムと言われている2016年完成したスタジアムです。国際試合もできる大規模サッカー専用スタジアムというだけでなく、見やすさも考慮されて設計されており、見やすいスタジアムとしてサポーターにも好評です。屋根にソーラーパネルを設置するなど最先端のスタジアムでもあります。
サンフレッチェ広島
1993年当時:広島スタジアム(収容人数13800人)
1993年開幕当時は、広島スタジアムと、広島ビッグアーチをダブルホームスタジアムとして同じくらいの割合で使用していました。特に広島スタジアムは元々陸上の聖地だったこともあり、サンフレッチェのホームスタジアムとしては間借り感が否めませんでした。
エディオンスタジアム広島(収容人数36000人)
2008年から広島ビックアーチ(現:エディオンスタジアム広島)にホームスタジアムを一本化。しかし、アクセスの悪さ、見づらさなどから以前からサポーターからは不評。それもあり、原爆ドーム横の広島市民球場跡地に新スタジアム建設の要望が高まっているが、自治体の反対もあり、現在まだ揉めています。
国立競技場
1993年当時:国立競技場(収容人数50339人)
どこのクラブのホームスタジアムではないものの、Jリーグ基準に満たしていないスタジアムが多く改修中が多かったのと、より多い観客収入を見込んで、多くのチームが収容人数の多い国立競技場を使用していました。Jリーグの開幕戦である川崎vs横浜戦が行われたのも、この国立競技場です。
2019年完成予定:新国立競技場(収容人数68000人予定)
紆余曲折を経て、2019年11月に完成予定の新国立競技場。2020年東京オリンピック後は、トラック部分を無くし、サッカー・ラグビー専用スタジアムになる予定です。アクセスも抜群のため、Jリーグの大きな大会も開催されるかもしれません。
まとめ
いかがでしたでしょうか?やはり2002年の日韓ワールドカップを契機に大きなスタジアムが全国各地に出来上がっていった印象ですね。今では、なかなかスタジアムを満員にするスタジアムは少ないですが、人気を高めてスタジアムを常に満員になるようになれば、おのずとJリーグのレベルも上がり、日本代表の強化にもなっていくのでしょうね。