1946年、タレント議員第一号「吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・石田一松」。「芸能人代議士」と形容された。
タレント議員第一号「吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・石田一松」
芸能人代議士「石田一松」 議席を得ても芸能活動は辞めず昼は国会、夜はステージに立った。
1962年、女性タレント議員の元祖「藤原あき」 「タレント議員」という呼称がマスコミ等で使用されるようになった契機
女性タレント議員の元祖「藤原あき」 その後続々登場するタレント議員のはしりとなった。
1964年東京五輪で女子バレーが金メダルを獲得したときの監督である大松博文、「日本レスリングの父」八田一朗も議員経験がある。
1964年東京オリンピックでのバレーボール全日本女子チーム監督、元参議院議員(自由民主党、1期)大松博文「バレーにヒーローは必要ない。根性が大事なのだ」 スポ根ブームを巻き起こす。
青島幸男 1968年、第8回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し2位で初当選。タレント議員のパイオニア的存在となる。1995年、東京都知事。
主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとなった「超マルチタレント」と呼ばれた「青島幸男」は、参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)などを歴任した。
「青島幸男」は、参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)などを歴任した。
1974年、参議院選挙で、全国区から当選した「山東昭子」
自民党結党以来初の女性派閥領袖「山東昭子」
自民党所属の参院議員総会が開かれ、当選した議員たちが初顔合わせした。握手する山東昭子議員(左)と山口淑子議員。右手前は宮田輝議員、1974年
山口淑子 1974年(昭和49年)に、田中角栄の要請で自由民主党から第10回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し、初当選した。
昭和の大女優「山口淑子」 1974年(昭和49年)に、田中角栄の要請で自由民主党から第10回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し、初当選した。
1974年、フジテレビのワイドショー『3時のあなた』の司会者から参議院議員へ転身した。
扇千景は「3時のあなた」の司会役後(1977年)に、政治家に転身。初代国土交通大臣などを歴任した。
昭和の大女優「扇千景」(おおぎ ちかげ)は「3時のあなた」の司会役後(1977年)に、政治家に転身。