東京都出身、当時23歳。
大手出版社の営業マン。勤務先のコマーシャルのキャッチフレーズ「ヤリガイ満々」から「ヤリガイ」「バカガイ」と呼ばれていた。グァム・ハワイと2度連続で敗者復活。特に2択3択の選択問題に強かった。
一方で体力系のクイズではアルバカーキでは思考力が鈍って解答までに時間がかかったりほてった体を冷やすために頭から水をかぶる、ニューヨークのマラソンクイズでは敗者とのラスト抜け争いとなり誤答・キャンセルの連続でなかなか決着をつけられず、敗者が誤答ペナルティで解答席を離れた間に通過を決めるなど苦戦し、またドーバーでは3番目に通過した時点で、続くドーバー横断○×クイズにおいて自らの予測した解答と違う側の飛行機の座席しか残っておらず嫌々乗り込んだもののそちらが正解であったりと運で勝ち上がった面もあった。
優勝賞品 1人乗り小型潜水艦
1人乗り小型潜水艦
第10回(1986年)
クイズ王(優勝者) 森田敬和
森田敬和
準優勝者 西沢泰生
神奈川県出身・東京都在住、当時24歳。
東海大学出身、社内報編集者。森田と同様に、数多くのクイズ番組を制覇した実力者。福留からは、その見た目から「とっちゃん坊や」と呼ばれた。機内の成績は、森田とはわずか1点差であった。
アトランタでは森田に次いで2位で通過、「ナイアガラの滝に行きたいので」と北米を選択したが、その際福留から「ひょっとすると森田を避けたか?」とコメントされた。
北米ルートではオーランド、マイアミと2位通過、ナイアガラの準決勝では一旦不正解で-2ポイントまで落としながらも盛り返し、通過クイズ1回目(他挑戦者の不正解のため出題は2問)で決勝進出を決め、決勝での対戦相手について「90%森田敬和君」と予想し、予想通り森田との対戦となった決勝では一旦+2対+9と大量リードで王手をかけられた後から一気に盛り返し、相手の不正解もあり逆転、逆に+9対+8と王手をかける(その後森田の不正解で一旦+9対+7に開く)も、勝負をかけた問題で不正解し+8に後退、最後は2ポイント差で敗れた(優勝に王手をかけた準優勝者は西沢が唯一)。
帰国後、スタジオで「永遠に縮まらない2ポイント」と語っている。優勝賞品贈呈に際して「もう本当に二度とクイズに出るなョ」とマジックで書いた水色のTシャツを森田に送った。
優勝賞品 熱気球
熱気球
第11回(1987年)
クイズ王(優勝者) 稲川良夫
稲川良夫
準優勝者 山賀恵美子
山賀恵美子
優勝賞品 カナダ東部のノバスコシア沖に浮かぶ島
カナダ東部のノバスコシア沖に浮かぶ島
第12回(1988年)
クイズ王(優勝者) 瀬間康仁
瀬間康仁
準優勝者 大江成人
千葉県出身、当時22歳。
早稲田大学の学生。アラスカ鉄道でのクイズの誤答から、あだ名は「ババピー」で、道中の酒の席で、その誤答を女性解答者にからかわれ、酔った勢いもあって首に手を掛けたり、イグアスの大滝びクイズではフレーズが「ババピー」となった(回想シーンも放送された)。
本土上陸当初は中、下位での通過が多くラスベガスのクラップス早押しクイズでは振り直しの末後ろ向きでサイコロを振りラスト通過だったが、トップ通過したサンパウロ以降はフェゴ島でラスト通過となった以外上位通過が多かった(特にフェゴ島では、自身の他人に対する優しさから自身が危機に陥る場面があり、フェゴ島通過の際も勝ち抜いたが葛藤から涙を流す場面があった。その心情もあり、決勝まで勝ち上がった際には決勝の紹介では福留から「彼ほど、この旅で逞しくなった男は過去に見当たりません」と称された)。
優勝賞品 バイオマリンスポーツセット一式
バイオマリンスポーツセット一式
第13回(1989年)
クイズ王(優勝者) 長戸勇人
長戸勇人
準優勝者 永田喜彰
永田喜彰
優勝賞品 冷凍人間保存の会員権
冷凍人間保存の会員権
第14回(1990年)
クイズ王(優勝者) 佐藤光邦
秋田県出身・神奈川県在住、当時33歳。
成蹊大学出身、郵便局員。口髭を生やしていることと、名前の「光邦」を徳川光圀に掛けて、愛称は「ヒゲの黄門様」。クイズ番組への参加も海外旅行も全くの未経験だった。
早押しクイズでは実力を見せたが、体力系のクイズでは苦戦した。
準優勝者 高松康典
熊本県出身、当時25歳。
機械会社勤務。佐藤とは対照的にトマト戦争などの体力系のクイズを得意としていた。
早押しクイズでの解答権取得の素早さも際立ったものの誤答も多く、エリーではラスト抜けを争い相手にリーチのかかった状態で誤答し一回休みと追い詰められた。
決勝戦では自分の勤務する会社の制服を着て臨んだ。
優勝賞品 "ラスベガス"のカジノのオーナー権
"ラスベガス"のカジノのオーナー権
第15回(1991年)
クイズ王(優勝者) 能勢一幸
能勢一幸