坂本博之 「KO命」「殺気と拳の力は比例する」「俺は絶対に倒れないよっていう気迫を出せば倒れない」」逆境を信念で克服したKOキング

坂本博之 「KO命」「殺気と拳の力は比例する」「俺は絶対に倒れないよっていう気迫を出せば倒れない」」逆境を信念で克服したKOキング

ボクサーとして「KO命」「殺気と拳の力は比例する」とスポーツ化してしまったボクシングの原点回帰を体現、人としても「あきらめても仕方ない、熱を持って生きろ!」と訴える。後退せず前進、立ち向かうというシンプルだけど難しいことを教えてくれる。


2度目の世界挑戦、セサール・バサン戦

1年後、2度目の世界挑戦のチャンスが訪れた。
相手はセサール・バサン。
坂本博之は善戦するも判定負けした。

ライト級(58.967 - 61.235kg) という階級への憧れと減量苦

「階級を上げてみたらどうだ?
間違いなく世界獲れるぞ」
といわれたこともあった。
「このままやらせてください。」
坂本博之は頭を下げた。
ライト級にこだわりを持っていた。
ヘビー級に次いで伝統のあるクラス。
「石の拳」、ロベルト・デュラン。
フリオ・セザール・チャベエス。
憧れの歴史に残るチャンピオンがいた。
過去、ライト級で日本人で世界チャンピオンになったのはガッツ石松のみ。
それ以外で挑戦した日本人は5人いたが、いずれもKO負けしていた。
しかも1977年のバスソー山辺が最後の挑戦者。
坂本博之の挑戦は28年ぶりのことだったのだ。
それくらいライト級で世界チャンピオンになることは難しいことだった。

しかも坂本博之は170㎝で、骨太で筋肉質なため普段は73㎏。
ライト級は-61.2kg。
10㎏以上の減量があった。
試合が決まるのはだいたい2、3か月前。
すると坂本は冷蔵庫を空にする。
もしあればつい口にしてしまうかもしれないからである。
そして試合1週間前までに9㎏落とし、
最後の1㎏は脱水状態になるまでサウナに入りながら大量のガムを噛んで唾液を出す。
通常、人間の体に70%以上あるといわれる水分が
最後は20%という状態になるという。

3度目の世界挑戦、ヒルベルト・セラノ戦

坂本博之は2度の世界戦敗北から立ち上がり、以後、数年間、連勝した。
そして2000年1月、3度目の世界挑戦を行った。
相手はヒルベルト・セラノ。
1R55秒、坂本博之は右フックでセラノをダウンさせた。
2分10秒には左フックで2度目のダウンを奪った。
2R、セラノのパンチで左目の下を割られ、右目のまぶたも多いなダメージを負った。
5R2分27秒、坂本博之の右目にドクターチェックが入った。
そしてレフリーは試合をストップした。
坂本博之はTKO負けとなった。

畑山隆則

元世界スーパーフェザー級チャンピオン、畑山隆則は
階級を1つ上げてライト級に挑戦し、2階級制覇に挑んでいた。
そして坂本博之を破ったヒルベルト・セラノをKOし見事それを達成した。
その試合後のリング上、畑山隆則は叫んだ。
「次は坂本選手と戦います。」
畑山隆則は坂本博之についてこう語っている。
「坂本選手とはスパーリングで手合わせしたこともあり、ものすごくパワーのある選手だと認識していました。
実際、背筋力なんてプロレスラー並みの数値を叩き出すらしいし、
たぶん、ボクシングよりもストリートファイトで強いタイプでしょう。
男として、ぜひ一度戦ってみたい相手でした。」

4度目の世界挑戦、畑山隆則戦

2000年10月11日、
横浜アリーナ
WBA世界ライト級チャンピオン、畑山隆則 vs 坂本博之
熊 vs 狼
パワー vs スピード
一撃 vs 連打
さまざまに表現された。
それくらい特徴を持った2人だった。
坂本博之は
背筋力の最高記録は300㎏。
同じく握力は左右共に80㎏。
打たれ強く、決して後退せずに強打を振るうパワー型。
畑山隆則は
スピード、テクニック、連打、パンチ力、フットワーク、コンビネーションを兼ね備えた万能型。
こうしてみると相反しているようにみえる2人だが共通しているところもあった。
それはハート(精神力)の強さと
単に勝つだけではなくKO勝ちを欲する打倒本能だった。

坂本博之は勝利を信じて横浜アリーナのリングに立った。
1R、
両者共に様子見もせずにいきなり打ち合いを始めた。
打たれたら打ち返す。
小手先は一切なかった。
畑山のコンビネーションと坂本の1発。
パンチこそ違え2人はどちらが強いのかを誇示しあった。
そして攻撃重視の作戦に出た。
左ガードを下げて左フックを出しやすくする「デトロイトスタイル」。
その分、防御が甘くなる危険があったが決して下がらず畑山を圧し続けた。

畑山はしっかりとガードを固めてパンチを出した。
下がるところは下がって、入る入るところは入って、決して逃げずに動き続けて、
坂本に比べて決して強いパンチではないが的確にパンチを出し続けた。
坂本博之は1R終了時、左目まぶたから出血。
9Rには左耳からも血が出た。
10R18秒、坂本博之はついに視界と平衡感覚を失い、両膝が折れ大の字になって倒れた。
タオルが投げ込まれ、坂本博之は初めてKO負けした。

「椎間板ヘルニア」との戦い、復帰戦は畑山戦から1年3か月後

セラノに負け、その7か月後に畑山に負け、これで世界戦4連敗。
世界ランキングからその名前は消えた。
30歳の坂本博之に対し、「限界説」「引退説」もあった。
しかし本人は世界チャンピオンになることをあきらめていなかった。
畑山戦の3か月半後、ジムワークを再開、
階級もスーパーライト級に上げることを決めて、新しい戦いが始まった。

しかし数日後には腰痛が発生。
「椎間板ヘルニア」と診断された。
以後、ケガとの戦いも始まった。
2002年1月5日、
畑山戦から1年3か月後、坂本博之はムアンマイ・シズソバと対戦。
1R、ゴングと共にラッシュし左ボディでダウンを奪い
立ち上がってくるところを左右のフックで2度目のダウン。
2分23秒、最後は左フックで沈めた。
坂本博之の451日ぶりの復活を超満員の観客たちが見届けた。
6月にはナンナーム・キャットプラサーンチャイを3RでKOした。

佐竹政一戦、坂本博之らしい戦い

2002年10月5日、
坂本博之は
東洋太平洋スーパーライト級チャンピオン、佐竹政一に挑戦。
勝てば東洋太平洋2階級制覇となる。
また5度目の世界挑戦へ負けられない一戦だった。
11R終了の時点でポイントでは優っていた。
しかし判定で勝つつもりはサラサラない坂本は12R(最終ラウンド)も打ち合った。
そして2分30秒、佐竹のカウンターを食らってダウン。
レフリーはスリップダウンとみなしたが、立ち上がったところをラッシュされTKO負けした。

手術、リハビリ、タッちゃん(西村達也)

9ヵ月後、
坂本博之はこれまで拒んできた椎間板ヘルニア手術を行い腰にメスを入れた。
腰にはボルトが埋め込まれ、そして2ヶ月の入院、1年以上のリハビリに取り組んだ。
ある日、坂本博之はリハビリ室で、西村達也、通称、「タッちゃん」という中学生に会った。
タッちゃんは体育の授業で頸椎を損傷し完全麻痺となり
最初の病院では「一生寝たきり、話すこともできないかもしれない」といわれたが
「4%の確率だが自力で話せ車椅子で社会復帰できるかもしれない」といわれドクターヘリで転院し手術を受けた。
「もうやめようか」
「いや、もう1回」
タッちゃんは理学療法士がいくらやめようといっても、もう1回、もう1回といって立つ訓練をしていた。
その倒れそうな体を理学療法士が支えていた。
坂本博之はその少年に「熱」を感じた。
時間を忘れみていると1時間が過ぎたがやめる気配はなかった。
リハビリが終わるのを待って坂本は車椅子に乗ったタッちゃんに近づいていった。
「すごいねえ
君、すげえ根性あるねえ。」
タッちゃんは微笑んだ。
以後、2人は毎日リハビリ室で顔を合わせた。
そしてそれぞれのメニューを黙々とこなした。
「跳び箱から落ちる?
みんなあることじゃないですか。
俺だって何回こけたかわからないのになんでタッちゃんはそうならなくちゃいけないの?
それを考えると本当に嫌になる。
僕はボクシングを続けたくて手術に踏み切った。
でも不安はあった。
でもね、
タッちゃんに会って弱い自分が消え去った。」
まだ退院の日どころか、腰がどうなるかもわかっていなかったが坂本博之はタッちゃんにいった。
「タッちゃん
俺決めたから
必ずリングに復帰してみせる。
俺の復帰戦に招待するから、それまでに東京に来られるようにリハビリ頑張ろうよ。」
坂本博之はタッちゃんだけでなく壮絶な闘病生活を送る人たちと出会って
改めて人間は強い気持ちを持てばなんでもできるんだなと感じさせられた。

2003年8月に退院。
3ヵ月後、腰のコルセットが取れた。
ケビン山崎トレーナーの指導で腰に負担がかからないように下半身強化を始め
4月にはジムワークと本格的なトレーニングを開始した。
だがブランクは大きくスパーリングで新人にパンチをもらった。
しかしボクシングができることがうれしかった。
タッちゃんも1年7か月ぶりに中学校に戻り奇跡の社会復帰を果たした。
2人は定期検診で再開し
タッちゃんは
2年近く授業を受けていないのに県内で1番難しい高校に合格すること。
そして将来パソコン関係の仕事に就きたいということを打ち明けた。
坂本博之は
「復帰戦は日本ランカーと戦う」といった。

「復帰戦のことですがお願いがあります。
ぜひ相手は日本ランカーにしてください。」
坂本博之は角海老宝石ボクシングジム会長、鈴木真吾に頭を下げた。
通常、ケガで2年以上試合をしていない選手がいきなり日本ランカーとやるなんてあり得ない。
まず実戦感覚を取り戻すためにランカー以外と選手と戦うのが常識である。
しかし絶対に逃げない、絶対に曲げない坂本博之は、日本ランキング4位、柏樹宗との試合を決めた。

柏樹宗戦、2年ぶりの試合でいきなり日本ランカー

2005年春、
坂本博之が復帰戦に向けてジムで汗を流しているとき
タッちゃんは第1志望ではなかったものの第2志望の高校に合格した。
「僕は思うんです。
夢を持って突き進むのは体がどうのこうのとか年齢なんて関係ない。
若いからとか年をとっているからダメとかそういうのは絶対にない。
人間誰だってやれる。
タッちゃんを知っている人はみんなそれを感じるはず。
今度はオレがそれを証明する。」

そして2005年5月12日、
坂本博之は2年7か月ぶりにリングに上がり柏樹宗と戦った。
1Rから両者は壮絶に打ち合い坂本博之のハンマーのようなフックは会場は沸かせた。
しかしブランクのせいかラウンドごとに失速。
4Rの終わりにはコーナーに詰められてサンドバックのように打たれまくった。
そして5R、意識もうろうののまま打たれ続けレフリーが試合をストップした。
坂本博之はTKO負けとなった。
「タッちゃん、勝てなくてごめんな。
でも俺は自分自身にウソをついていないから。
そういう試合をしたと思う。
負けたけどまだあきらめない。
次は頑張るからな。」
坂本博之はタッちゃんの車椅子を押しながら後楽園ホールを出た。

筑波大学でトレーニング、飽くなき向上心

「坂本はもう終わった。」
「まだやるのか?」
そんな声も聞こえる中、坂本博之は毎日ジムに通った。
そして自ら考えて新しいトレーニングも導入した。
週1回、東京の自宅から車で1時間、65㎞離れた茨城県つくば市にある筑波大学のトレーニングクリニックに通った。

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