自然消滅したROCK BAND 「紳助バンド」
ロックバンドとして活動した島田紳助率いる「紳助バンド」(SHINSUKE-BAND)。
漫才ブームの1980年に結成された。その後バンドは自然消滅。
結成のきっかけは「ABCヤングプラザ」に出演した際、キダ・タローに言われ結成。京都花月を皮切りになんば花月など近畿圏中心にライブを行った。
元ヤンの島田紳助(リーダー、ボーカル)の他にも個性的なメンバーが多数在籍していた。
Mr.オクレやパンチみつお、コンビ「紳助・竜介」の相方・松本竜介も参加。
同じ1980年にメジャーデビューしたロックバンドの「アナーキー」を意識した曲も見られた。
(アナーキーの「団地のオバサン」を「おばはんルート24」等)
なお、同時期に太平サブロー・シローは人気に便乗してS・S・T・BAND(サブロー・シローバンド)を結成し、ライブも行なっている。

LP 「漫画HANKO-KI!」
紳助バンドの「漫画HANKO-KI」【極めてレア・再... - ヤフオク!
本物のROCKを目指した「紳助バンド」!
このバンドを知っている人は相当な通だ。漫才ブームの絶頂期に出された彼らのアルバムは、真面目にロックンロールをしたいという気概に満ちあふれていた。流石に一世を風靡した島田紳助。一味違うのである。
極めつけはベースのMr.オクレ!当時吉本で唯一ベースを弾けた人らしい。
「一見テクノ。実はただのイモ」とメンバー紹介されていた。
紳助曰く「生(ライブ)でしか俺たちのパワーは伝わらない。でもレコードで少しは俺達をわかってほしい。」とのこと。

紳助以外も個性的なメンバーがズラリ!!

勢揃いする個性派のバンドメンバー!
紳助バンド 島田紳助/カントリー・ボーイ(EP) ... - ヤフオク!
元々ベーシストだった Mr.オクレ
Mr.オクレ - Wikipedia
弱弱しさが売りの「死に神」こと Mr.オクレ

ムード歌謡と言えば「ザ・パンチャーズ」
EP■ザ・パンチャーズ■可愛い女/私が死んだら■'74... - ヤフオク!
ギター大好き パンチみつお
現在も様々な場面で腕前を披露!

1983年にWパンチ解散後はピン芸人として活躍。
「クイズ!紳助くん」でも島田紳助と共演する等、「紳助バンド」の自然消滅後も関係は続いた。
また、パンチみつおはギターを多く所有しており、自身のホームページで思い入れのあるギターを紹介している。
音楽でも才能を発揮した島田紳助
「紳助バンド」で作詞も行っていたが、その後も音楽と関わっていた島田紳助。
1983年には、自主制作で間寛平の「えっ!さよなら」を作詞作曲している。
しかもそれは隠れた名曲として、後にダウンタウンの浜田がカバー(1991年に「生きろ・ベンジャミン」のカップリオン曲として発売)し、2009年には「HEY HEY HEY」のスペシャル内で披露された。
また、2000年代には自身が司会を務めた「クイズ!ヘキサゴン」でも、音楽ユニットへ楽曲提供を行った。

「えっ!さよなら」
メルカリ - EPレコード えっ さよなら 間寛平&島田紳助 【邦楽】 (¥500) 中古や未使用のフリマ
以上、島田紳助を中心とした「紳助バンド」を振り返った!