今も語り継がれる伝説の名勝負
宝塚記念の後は休養に入り、秋初戦に毎日王冠を選択した。
ついにオグリキャップと初対戦。
このレースから手綱を任されることになったのは、ベテラン・柴田政人騎手。
道中後方を追走していたイナリワンだが、直線に入るとオグリキャップに馬体を
併せてグイグイと伸びてくる。
ゴール前は2頭の激しい追いくらべとなり、懸命に食い下がったが、わずかハナ差で
競り負けてしまった。
平成三強の座危うし
毎日王冠では負けてなお強しの存在感をアピールしたイナリワンだったが、
あの激闘の反動で天皇賞・秋とジャパンカップを凡走。
オグリキャップ、スーパークリークと並び“平成三強”と称されていたイナリワンの存在は
日に日に薄くなり、有馬記念前には完全にオグリキャップとスーパークリークの“二強”
という見方に変わっていた。
オグリキャップ
スーパークリーク
見よ!イナリワンと柴田の底力!
有馬記念当日、オグリキャップとスーパークリークが圧倒的な支持を受けるなか、
イナリワンは4番人気に甘んじていた。
しかしこの時イナリワンの体調は回復しており、鞍上の柴田政人騎手もかなりの
手ごたえを感じていた。
レースでは、ライバル2頭が前を行く展開を後方で追走。
4角で先頭集団に取りつくと、オグリキャップを交わして先頭に立ったスーパークリークを
捉えにかかった。
柴田の渾身のムチに応え、迫るイナリワン。
ハナ差抜け出したところが、3度目のG1制覇となるゴールだった。
1990年12月23日の奇跡
地方から転厩してG1を3勝。
その活躍から1989年の年度代表馬となる。
1990年に入り重賞を3戦。
天皇賞・春ではスーパークリーク相手に善戦するも2着に敗れた。
続く宝塚記念でも4着に敗れ休養に入るが、脚部不安を発症し、そのまま引退となった。
中山競馬場でイナリワンの引退式が行われたのは1990年12月23日。
その数時間後にライバル・オグリキャップが伝説をつくったのは、やはり因縁と
言うべきか。
主な産駒
大井で重賞4勝をあげたイナリコンコルド。
中央でオープンまで昇りつめ重賞戦線でも活躍したシグナスヒーロー。
自身も制した東京王冠賞を勝ち、親子制覇で話題になったツキフクオーなど、父として
個性的な面々を輩出した。
イナリコンコルド
シグナスヒーロー