アリス(谷村新司、堀内孝雄、矢沢透)最大のヒット曲『チャンピオン』
鳴かず飛ばずの下積み時代が長かったアリスは1977年にリリースした「冬の稲妻」で大ブレイク。
続く「涙の誓い」「ジョニーの子守唄」もヒットし、最も勢いがある状態でリリースした『チャンピオン』。
ボクシングのベテランチャンピオンが、勢いのある若き挑戦者に敗れゆく姿を表現した曲である。

アリス『チャンピオン』
当初はゆったりとしたボサノバ調の曲だった。
後に名曲として語り継がれる『チャンピオン』はデモテープの段階では、ゆったりとしたボサノバ調の曲であった。
今までの楽曲から大きな路線変更となるため、スタッフは不安を感じテンポを上げてみようという話になった。
そして、アリス後期のヒット曲「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」などの編曲を手がけていた石川鷹彦の編曲により、アコーステックギターの力強いイントロから入るアップテンポで重厚なメロディーになったという。
『チャンピオン』のモデルは実在のボクサー、カシアス内藤

現役時代のカシアス内藤
恵まれた才能を持ち、世界チャンピオンを期待されるようになったが、元来の気が優しく精神的に脆い面が災いして、後に世界チャンピオンとなる韓国の柳済斗に敵地で敗れ初黒星を喫すると、以降は精彩を欠いた試合を続けるようになった。
重量級の世界チャンピオンとなった輪島とは、ノン・タイトル戦ながら1972年2月に試合を行っており、壮絶な打撃戦の末に7回KO負けしている。
戦績が下降線を辿るようになってくると、勢いのある選手の「かませ犬」のような存在となり、1974年にやはり後の世界王者である工藤政志に判定負けし、一旦表舞台から姿を消した。
4年後の1978年10月に突然復帰。その姿に谷村は胸を打たれた。
4年後の1978年10月に突然復帰。
カシアス内藤を取材し続けていたノンフィクション作家の沢木耕太郎氏と対談した谷村新司は、カシアスが再起することを知り、沢木にジムに連れて行ってもらった。
そして、カシアスの復帰にかける執念に胸を打たれた谷村はボクサーをテーマに曲作りを始めたという。
チャンピオンの歌詞「立ち上がれ もう一度その足で 立ち上がれ 命の炎を燃やせ」とはカシアス内藤への応援であった。
アリスの『チャンピオン』はカシアス内藤が復帰した2ヶ月後にリリースされている。
カシアス内藤は復帰後連勝したが、1979年8月に韓国のソウルに乗り込んで朴鍾八との東洋ミドル級王座決定戦に挑むものの2回KO負けを喫し、その年の末に現役を引退した。
カシアス内藤はアリスの『チャンピオン』について、沢木耕太郎たちとカラオケ行って「チャンピオンでも歌おうかな」って言ったら「あれ、君の歌だよ」って言われて初めて知ったという。
「チャンピオンらしきものを味わったことがあるやつは、みんな心に同じ事がある。全員がオレの歌だって思ってる(笑)。」と語っている。
カシアス内藤は引退後、自身のジムを持つことを夢見ながら大工、トラック運転手、水道屋、銀座のフィットネスジムのトレーナーなど職を転々としながら家族を養っていた。
2004年、咽頭がんを患い余命3か月の末期がんの告知を受けている事を公表。
生きてる間になんとしてもボクシングジムを開設したいと、周囲の協力を得て2005年2月に地元横浜市中区で念願だったボクシングジム「E&Jカシアス・ボクシングジム」を開設した。
「声が出せないと選手を指導できない」との理由でがん摘出手術は拒み、抗がん剤と放射線治療のみを選んだ。
2005年8月、谷村新司とカシアス内藤がテレビで対面。
2005年8月、日本テレビ系列「24時間テレビ28愛は地球を救う」で谷村新司とカシアス内藤が対面。
がんに立ち向かいながら夢に挑戦し続けるカシアス内藤を励ますために、目の前で『チャンピオン』を熱唱し、抱擁を交わした。

現在のカシアス内藤(左)と息子の内藤律樹(右)
『チャンピオン』の歌詞にある「ライラライ…」の意味は?
歌詞の最後にある「ライラライ ラライ……」の意味について諸説あるが、サイモン&ガーファンクルが1969年に発表した曲『ボクサー』のオマージュであるというのが有力である。
ともにボクシングを題材にした曲であり、『ボクサー』の歌詞にも「Lie la lie ... 」という箇所がある。
この『ボクサー』に出てくる「Lie la lie ... 」の意味についても諸説あり、『lie=嘘』だとか『lie=横たわる』だとか言われている。
だが、実際は詞が思い浮かばないので入れたスキャット(意味のない音)で苦肉の策だったと本人が語っていたと伝わっている。
なお、谷村新司が作詞・作曲を行いやしきたかじんが歌ったアニメ映画『機動戦士ガンダム』(劇場版3部作の第1作)の主題歌「砂の十字架」には、「ライリー ライリー」という歌詞がある。
たかじんは「ライリー」の言葉の意味がまったく理解できず、作詞者である谷村に意味を尋ねたところ、民謡の合いの手である「アラエッサッサー」のようなものだといわれ、ますます意味がわからなくなったと語っている。
『チャンピオン』の歌詞「ライラライ…」もスキャットであり、せっかくだから『ボクサー』に合わせ「ラララ」でも「ライリー」でもなく「ライラライ」にしたという谷村新司の洒落心ではないだろうか。
次代の若者にベルトを奪われる悲しく寂しいストーリー
倒れても倒れても若い挑戦者に立ち向かっていく老いたチャンピオン。
歌詞の主人公(チャンピオンのセコンド?)は、歌詞の一番では「立ち上がれ もう一度その足で 立ち上がれ 命の炎を燃やせ」と応援し、二番では「立たないで もうそれで充分だ おお神よ 彼を救いたまえ」と遂に敗北の受け入れを祈る。
そして、試合後に敗れた元チャンピオンが呟く『you're King of Kings』。
新チャンピオンを称え、「帰れるんだ これでただの男に」と背負ってきた重責を降ろす。
次代の若者にベルトを奪われる悲しく寂しいストーリーであるが、なぜかいつ聞いても「やってやろう!」と力が漲る不思議な曲である。
「命を賭けて戦う男」というのは勝者や敗者という枠を超えた魅力があると感じさせてくれた名曲。
ともに高い歌唱力と渋い声を持つ谷村新司、堀内孝雄の二人によって歌われて胸に響かぬ訳がない。
じっくり聴きたいアリス『チャンピオン』のLIVEバージョンと近年のバージョン
【おススメ】アリス ベストCD
カシアス内藤について詳しく知りたくなった方は
一瞬の夏(いっしゅんのなつ)は、沢木耕太郎が著した1981年に新潮社から出版されたノンフィクション作品。
第1回新田次郎文学賞受賞作品。
一度表舞台から去ったプロボクサーカシアス内藤がカンバックし、エディ・タウンゼントともに再度世界チャンピオンを目指す姿を描いた作品。沢木自身も登場し、試合のブッキングなどに奔走している。
E&Jカシアス・ボクシングジム(会長:カシアス内藤)