白井義男 世界のチャンピオン

白井義男 世界のチャンピオン

日本人初の世界チャンピオンになり、敗戦後、自信を失っていた日本人に勇気と歓喜を与えた。その白井義男が世界チャンピオンになった5月19日は「ボクシングの日」になっている。


戦争が終わり
東北の秘密基地から上野駅にたどり着くと
東京は空襲で消えていた
荒川区三河島の家も影も形もなかった
「いずれ戦争が終わったら」
と大切に包んで保管しておいたボクシンググローブやシューズも灰になっていた
両親と家を失った浮浪少年が
食べ物をあさって闇市や駅の構内をさまよっていた
進駐軍のジープが来ると
彼らはワッと群がり一斉に手を差し出すと
その手にチョコやガムが手渡された
白井は戦争に負けるということがどういうことかわかったような気がした
終戦後、アメリカ軍の進駐すると共にボクシングは全国に広がった
戦争中は禁止されていた、
「ストレート(直打)」
「フック(鉤打)」
「ダウン(被倒)」
などの言葉も復活した

「俺にはボクシングがある」

白井義男の宝物、手製のリングシューズ

白井は生きるためにさまざまな仕事をしながら
来るべき日のために
まずリングシューズを手づくりした
焼跡からテント生地と皮の切れ端を探し出し
足に合わせて型をとり
麻糸にロウを塗り
一目ずつ丁寧にしっかり縫っていった
両足で1週間かかった
いつ使えるか当てもなかったけれど
「俺にはボクシングがある」
という希望の光が胸に灯った
やがて再びボクシングの練習を開始した
屋根もない青空道場だった
戦争が終わり
死の恐怖とがんじがらめの束縛から解放された若者たちが集まり
将来のチャンピオンを夢みてトレーニングした
しかし
カムバック戦は
5R1分14秒でTKO負けした
その後も勝ったり負けたりを繰り返した
戦前の8戦8勝7KOの輝きは失われ
戦後は並みのボクサーになっていた

カーン博士

Alvin Rober Cahn

GHQ(進駐軍)の将校だったカーン博士(アルビン・ロバート・カーン)は
イリノイ大学で生物学と栄養学の教授をつとめ後
GHQの天然資源局で
日本人の食糧支援のために日本の周辺海域でとれる海洋生物の調査を行っていた
カーンの父:アルビン・ベンジャミンは
貧困の中から身を起こし
穀物の仲買業者として成功、株式、証券で財を成したという
カーンはその1人息子だった
カーン博士は
趣味の貝殻集めのため
築地の魚市場に通っているとき
木挽町にあった日拳ジムで練習していた白井を見つけた
カーン博士のもう1つの趣味がボクシングだった
自身はボクシング経験はなかった
大学でテニスのコーチをしていたとき
タイミングの重要性、コンディショニングなどを身につけ
やがてボクシングの研究にも没頭した
運動生理学の見地からボクサーの筋肉の動きに興味を持ち
熱烈なボクシングファンになった
「あのボーイは
なんというチャンピオンか?」
カーン博士は
練習している白井を指してトレーナーに聞いた
「チャンピオンじゃない
名もない選手だ」
聞かれた者は失笑した
白井は勝ったり負けたり、泣かず飛ばずのボクサーだったからだ
しかしカーン博士の目に白井はすばらしいボクサーにみえた
「シライをコーチしてもいいか?」
カーン博士がジムに聞くと
「白井さえよければ」
と答えた
ボロボロのコートを着たカーン博士を物好きなボクシングマニアだと思った

白井は
半そでのカラーシャツと国防色の半ズボンでシャドーボクシングをしていた
「ハロー」
ふと顔を上げると
目の前に初めてみる初老の白人の顔があった
「キミはすばらしい素質を持っている
とくにキミのナチュラルタイミングのパンチはすばらしい
きっとキミを強くしてみせる
どうかね
キミのコーチになろう
2人で一緒にやらないか」
白井は驚いたが
考えてみると
ボクサーになって以来
技術面でキチンと体系的な指導を受けたことはない
すべて自分で編み出した攻撃と防御だった
「Yes」
白井義男、25歳
アルビン・ロバート・カーン、56歳だった

ステップ・バイ・ステップ

翌日からカーン博士の指導が始まった
カーンはひたすら基礎練習を反復した
「オンガード」
といわれて構え
「左ストレート」
といわれればそれを打つ
そうしてそれだけを2時間続けた
「白井のヤツ、
変な外人の年寄りに捕まって
かわいそうに・・・」
仲間は同情した
しかし違った
同じストレートを打つのでも
漠然と打つのではなく
いかに破壊力を増し効果を高めるかに全神経を集中していく
カーンは基礎練習の中で
まずその思想を叩き込んだ
白井は
カーンの科学的な説得力と一途な情熱を兼ね備えた指導から
基本のワンパンチ、ワンステップの中に
実は底知れぬ奥深さがあることを理解した
またカーンは
「ステップ・バイ・ステップ
(焦らず慎重に1歩ずつ階段を上っていこう)」
「ローマは一日にならず」
といい
白井のはやる気を押さえ
コツコツと体を技術をつくることが
結局早く頂点に登りつめる近道だと教えた

打たせずに打つ

「絶対に退いてはいけない
前に出て打って打って打ちまくれ!」
「肉を切らせて骨を断て!」
「防御は卑怯者のすること」
「玉砕戦法!」
当時は勇猛果敢なボクシングスタイルが好まれていた

その典型が拳聖といわれる「ピストン堀口」である
どれだけ打たても前進をやめず
最後は相手を強烈なパンチでリングに沈めた
「こちらが打つ
相手がかわして打ってくる
それをいかに避けるか
大切なのは攻撃と防御のコンビネーションだ」
というように
カーンのボクシングは『相手に打たせず自分が打つ』ものだった
ステップバック、ウィービングなど5種類の防御を1つ1つ納得するまでこなしていく
相手のパンチをサッとステップバックしてかわすという動きに
卑怯者にみられないか心配する白井にカーンは笑いながらいった
「ヨシオの身近に
戦争で攻めることだけ考えて
守りを考えなかったために惨敗した国があるだろう」

フォロースルー 突き抜くように打つ

関連する投稿


ロッキー・マルシアーノ 24歳で本格的にボクシングを始めるまで

ロッキー・マルシアーノ 24歳で本格的にボクシングを始めるまで

179㎝、84㎏。スピードも、テクニックもなく、不屈のブルドーザーのように突進するファイトスタイルで49戦49勝43KO、引き分けさえない全勝無敗のパーフェクトレコードを持つ世界ヘビー級チャンピオン。


 内藤大助  イジメに克ち、イジメっ子にリベンジ

内藤大助 イジメに克ち、イジメっ子にリベンジ

日本フライ級、東洋太平洋フライ級、WBC世界フライ級チャンピオン、42戦36勝3敗3分、勝率85.7%、KO率63.9%。恐ろしく強いボクサーなのにオネエを疑われるほど柔和、かつ元イジメられッ子。中学時代に凄絶なイジメに遭い、20歳でジムに入門し、 22歳でプロデビュー。そして24歳で全日本新人王になった後、イジメっ子と再会する。


漫画『はじめの一歩』が「ワンダ モーニングショット」と初コラボ!「ファミリーマートのはじめの一歩缶」が数量限定で発売!!

漫画『はじめの一歩』が「ワンダ モーニングショット」と初コラボ!「ファミリーマートのはじめの一歩缶」が数量限定で発売!!

ファミリーマートにて、講談社「週刊少年マガジン」で連載中の『はじめの一歩』と、アサヒ飲料のロングセラー商品「ワンダ モーニングショット」がコラボした「はじめの一歩×ワンダ モーニングショット ファミリーマートのはじめの一歩缶」が1月28日より全国のファミリーマート約16,200店にて発売されます。


漫画家・森川ジョージの麻雀優勝記念緊急企画!『はじめの一歩』の麻雀回(3話分)が無料公開中!!

漫画家・森川ジョージの麻雀優勝記念緊急企画!『はじめの一歩』の麻雀回(3話分)が無料公開中!!

「週刊少年マガジン」で『はじめの一歩』を連載中の漫画家・森川ジョージが、11月27日に放送された麻雀対局トーナメント『麻雀オールスター Japanext CUP 決勝戦』にて優勝を飾りました。それを記念し、『はじめの一歩』の麻雀回が「マガポケ」にて現在無料公開中となっています。


「CRONOS」より実録やくざ映画の金字塔『仁義なき戦い』とのコラボアイテムが発売決定!!

「CRONOS」より実録やくざ映画の金字塔『仁義なき戦い』とのコラボアイテムが発売決定!!

株式会社ワールドフィットが展開する、ミニマルでありながらスタイリッシュ且つ独創的なデザインが特長の“フィジタル パフォーマンス クロージング(※)”を提案する「CRONOS(クロノス)」より、名匠・深作欣二監督による実録やくざ映画の金字塔『仁義なき戦い』とのコラボレーションアイテムが発売されます。


最新の投稿


病院も映画館も煙モクモク!?自由すぎる昭和の常識を徹底図解

病院も映画館も煙モクモク!?自由すぎる昭和の常識を徹底図解

日本文芸社は、「昭和100年」の節目に、書籍『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』を11月27日に発売しました。庶民文化研究家・町田忍氏監修のもと、「病院でもタバコOK」「消費税なし」「過激すぎるTV」など、令和の感覚ではありえない“自由すぎた昭和の本当の姿”を、図解と豊富な資料写真で紹介。世代を超えたコミュニケーションツールとしても楽しめる一冊です。


ビー・バップ・ハイスクール高校与太郎祭!仲村トオルも清水に降臨

ビー・バップ・ハイスクール高校与太郎祭!仲村トオルも清水に降臨

映画『ビー・バップ・ハイスクール』公開40周年記念イベント「清水 ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎祭」が、聖地・清水駅前銀座商店街で12/13・14に開催決定!初日は仲村トオルさん登壇のセレモニーを実施。学ラン・セーラー服でのコスプレOKエリアや、名シーンの聖地巡礼ツアー、映画全6作の上映会など、アツすぎる内容で、あの頃の青春がブッ返る!


プロレス界の歴史が動く今こそ読むべき一冊! 『ようこそ、プロレスの世界へ 棚橋弘至のプロレス観戦入門』2025年12月18日(木)発売!

プロレス界の歴史が動く今こそ読むべき一冊! 『ようこそ、プロレスの世界へ 棚橋弘至のプロレス観戦入門』2025年12月18日(木)発売!

新日本プロレスの“100年に一人の逸材”棚橋弘至氏による著書『ようこそ、プロレスの世界へ 棚橋弘至のプロレス観戦入門』が2025年12月18日にKADOKAWAより発売されます。引退が迫る棚橋氏が、26年の現役生活で培った視点から、プロレスの魅力、技の奥義、名勝負の裏側を徹底解説。ビギナーの素朴な疑問にも明快に答え、プロレス観戦をさらに面白くする「令和の観戦バイブル」です。


ウルトラふろく200点以上を一挙収録!『学年誌 ウルトラふろく大全』発売

ウルトラふろく200点以上を一挙収録!『学年誌 ウルトラふろく大全』発売

小学館クリエイティブは、ウルトラマンシリーズ60周年、『小学一年生』100周年の節目に『学年誌 ウルトラふろく大全』を11月28日に発売しました。『ウルトラQ』から『ウルトラマン80』までの学年誌・幼児誌のウルトラふろく200点以上を網羅的に掲載。組み立て済み写真や当時の記事も収録し、ふろく全盛時代の熱気を再現します。特典として、1970年の人気ふろく「ウルトラかいじゅう大パノラマ」を復刻し同梱。


伝説のプロレス団体 UWF40周年記念イベント“無限大記念日”開催!

伝説のプロレス団体 UWF40周年記念イベント“無限大記念日”開催!

伝説のプロレス団体『UWF(ユニバーサル・レスリング・フェデレーション)』が、設立40周年を記念し、特別イベント「無限大記念日」を書泉ブックタワー(東京・秋葉原)にて開催します(2025年12月24日~2026年1月12日)。第1次UWFの貴重な試合映像や控室、オフショットなど、4,000枚以上のアーカイブから厳選された写真が展示されます。復刻グッズや開催記念商品も販売され、当時の熱狂が蘇ります。