白井義男 世界のチャンピオン

白井義男 世界のチャンピオン

日本人初の世界チャンピオンになり、敗戦後、自信を失っていた日本人に勇気と歓喜を与えた。その白井義男が世界チャンピオンになった5月19日は「ボクシングの日」になっている。


白井義男

白井義男は
日本フライ級、バンタム級2階級制覇
日本人としてはじめて世界チャンピオンとなり
水泳の古橋廣之進や
ノーベル物理学賞の湯川秀樹と同様
敗戦後の暗い時代に
日本人に明るい話題をもたらした

vs カンガルー

白井義男は関東大震災の年に東京で生まれた
小学校のとき
サーカスが来て
カンガルーとボクシングをすることになった
カンガルーが左腕を下げたので
思わずその手をみていると
下げた位置からフリッカージャブを出して
顔面にもらった
痛くて涙が出た
「こんちきしょー」
白井は突進し
無我夢中で腕を振り回した
力いっぱい振った右フックがこめかみに当たり
カンガルーはコーナーに吹っ飛んで
「キュー、キュー」
と鳴いた
「大丈夫かな」
とのぞきこんだ瞬間
シッポのバネを利かせたパンチが股間の急所に炸裂
白井はダウンした
結局「反則勝ち」でお菓子の袋をもらった

「さあ殴り合え」

白井が
東京・御徒町のガード下にあった「拳道会」に入門した日
同じように7人の入門希望者がいた
そして師範にいきなり
「さあ、順番に殴り合え」
といわれ白井はKO寸前まで殴りつけた
そして30分ほど縄跳びをしてこの日は終わった
次の日は4人になっていた
手に木剣を握った師範がいった
「いいか
前進あるのみ
打って打って打ちまくれ
退るやつは卑怯者だ
そんなやつは俺がぶっ飛ばす」
すでに戦火は日本近海に及んでおり
ボクシングだけでなく日本のすべてが「前進こそすべて」だった

入門2週間でプロデビュー

入門1週間後のこと
試合を控えた先輩のスパーリング相手をやらされ
力いっぱい打った右ストレートが先輩のチン(アゴ)に命中
先輩はダウンし口から泡を吹いていた
師範はいった
「お前が壊してしまった
この状態で試合は無理だ
仕方ない
白井、お前が試合に出ろ」

8日後、
試合は日比谷公会堂で行われた
戦闘帽に国民服、足にはゲートルのレフリーが選手をコールした
「シラーイ、12貫800(48kg)」
「ウミヤマー、16貫(60kg)」
英語は禁止されていた
そして2人の選手をに呼んでいった
「いいか
逃げたりしやがったらやめさせるぞ」
2人を握手させた後
「さあ殴り合え」
で試合が始まった
白井はこの後なにがどうなったか覚えていない
気がつけばリング中央に立っていて
相手は寝ていた
こうしてデビュー戦は打倒(KO)勝ちだった
手渡された2つの封筒には
ファイトマネー20円と
打倒賞として軍事国債5円が入っていた
デビュー戦、14日後の2戦目もKO勝ち
その後も勝ち続け8戦8勝7KO

戦争の影

このころの日本は
ガダルカナル島の戦いに敗れ
マリアナ沖海戦でも敗れ
フィリピンでカミカゼ特攻が行われた
しかしアメリカ軍の日本進攻は進んだ
やがてボクシングは禁止された
やっとつかみかけた青春の光を摘み取られ
白井は暗い気持ちに陥った
この時代を生きた若者の悲しい宿命だった

軍隊では
飛行機整備兵として全国を転々とした
仕事は特攻機の整備だった
昼間は
わき目もふらず敵艦に体当たりする訓練に取り組む特攻隊の隊員の
夜、すすり泣く声が心を打った

戦争が終わり
東北の秘密基地から上野駅にたどり着くと
東京は空襲で消えていた
荒川区三河島の家も影も形もなかった
「いずれ戦争が終わったら」
と大切に包んで保管しておいたボクシンググローブやシューズも灰になっていた
両親と家を失った浮浪少年が
食べ物をあさって闇市や駅の構内をさまよっていた
進駐軍のジープが来ると
彼らはワッと群がり一斉に手を差し出すと
その手にチョコやガムが手渡された
白井は戦争に負けるということがどういうことかわかったような気がした
終戦後、アメリカ軍の進駐すると共にボクシングは全国に広がった
戦争中は禁止されていた、
「ストレート(直打)」
「フック(鉤打)」
「ダウン(被倒)」
などの言葉も復活した

「俺にはボクシングがある」

白井義男の宝物、手製のリングシューズ

白井は生きるためにさまざまな仕事をしながら
来るべき日のために
まずリングシューズを手づくりした
焼跡からテント生地と皮の切れ端を探し出し
足に合わせて型をとり
麻糸にロウを塗り
一目ずつ丁寧にしっかり縫っていった
両足で1週間かかった
いつ使えるか当てもなかったけれど
「俺にはボクシングがある」
という希望の光が胸に灯った
やがて再びボクシングの練習を開始した
屋根もない青空道場だった
戦争が終わり
死の恐怖とがんじがらめの束縛から解放された若者たちが集まり
将来のチャンピオンを夢みてトレーニングした
しかし
カムバック戦は
5R1分14秒でTKO負けした
その後も勝ったり負けたりを繰り返した
戦前の8戦8勝7KOの輝きは失われ
戦後は並みのボクサーになっていた

カーン博士

Alvin Rober Cahn

GHQ(進駐軍)の将校だったカーン博士(アルビン・ロバート・カーン)は
イリノイ大学で生物学と栄養学の教授をつとめ後
GHQの天然資源局で
日本人の食糧支援のために日本の周辺海域でとれる海洋生物の調査を行っていた
カーンの父:アルビン・ベンジャミンは
貧困の中から身を起こし
穀物の仲買業者として成功、株式、証券で財を成したという
カーンはその1人息子だった
カーン博士は
趣味の貝殻集めのため
築地の魚市場に通っているとき
木挽町にあった日拳ジムで練習していた白井を見つけた
カーン博士のもう1つの趣味がボクシングだった
自身はボクシング経験はなかった
大学でテニスのコーチをしていたとき
タイミングの重要性、コンディショニングなどを身につけ
やがてボクシングの研究にも没頭した
運動生理学の見地からボクサーの筋肉の動きに興味を持ち
熱烈なボクシングファンになった
「あのボーイは
なんというチャンピオンか?」
カーン博士は
練習している白井を指してトレーナーに聞いた
「チャンピオンじゃない
名もない選手だ」
聞かれた者は失笑した
白井は勝ったり負けたり、泣かず飛ばずのボクサーだったからだ
しかしカーン博士の目に白井はすばらしいボクサーにみえた
「シライをコーチしてもいいか?」
カーン博士がジムに聞くと
「白井さえよければ」
と答えた
ボロボロのコートを着たカーン博士を物好きなボクシングマニアだと思った

白井は
半そでのカラーシャツと国防色の半ズボンでシャドーボクシングをしていた
「ハロー」
ふと顔を上げると
目の前に初めてみる初老の白人の顔があった
「キミはすばらしい素質を持っている
とくにキミのナチュラルタイミングのパンチはすばらしい
きっとキミを強くしてみせる
どうかね
キミのコーチになろう
2人で一緒にやらないか」
白井は驚いたが
考えてみると
ボクサーになって以来
技術面でキチンと体系的な指導を受けたことはない
すべて自分で編み出した攻撃と防御だった
「Yes」
白井義男、25歳
アルビン・ロバート・カーン、56歳だった

ステップ・バイ・ステップ

翌日からカーン博士の指導が始まった
カーンはひたすら基礎練習を反復した
「オンガード」
といわれて構え
「左ストレート」
といわれればそれを打つ
そうしてそれだけを2時間続けた
「白井のヤツ、
変な外人の年寄りに捕まって
かわいそうに・・・」
仲間は同情した
しかし違った
同じストレートを打つのでも
漠然と打つのではなく
いかに破壊力を増し効果を高めるかに全神経を集中していく
カーンは基礎練習の中で
まずその思想を叩き込んだ
白井は
カーンの科学的な説得力と一途な情熱を兼ね備えた指導から
基本のワンパンチ、ワンステップの中に
実は底知れぬ奥深さがあることを理解した
またカーンは
「ステップ・バイ・ステップ
(焦らず慎重に1歩ずつ階段を上っていこう)」
「ローマは一日にならず」
といい
白井のはやる気を押さえ
コツコツと体を技術をつくることが
結局早く頂点に登りつめる近道だと教えた

打たせずに打つ

「絶対に退いてはいけない
前に出て打って打って打ちまくれ!」
「肉を切らせて骨を断て!」
「防御は卑怯者のすること」
「玉砕戦法!」
当時は勇猛果敢なボクシングスタイルが好まれていた

その典型が拳聖といわれる「ピストン堀口」である
どれだけ打たても前進をやめず
最後は相手を強烈なパンチでリングに沈めた
「こちらが打つ
相手がかわして打ってくる
それをいかに避けるか
大切なのは攻撃と防御のコンビネーションだ」
というように
カーンのボクシングは『相手に打たせず自分が打つ』ものだった
ステップバック、ウィービングなど5種類の防御を1つ1つ納得するまでこなしていく
相手のパンチをサッとステップバックしてかわすという動きに
卑怯者にみられないか心配する白井にカーンは笑いながらいった
「ヨシオの身近に
戦争で攻めることだけ考えて
守りを考えなかったために惨敗した国があるだろう」

フォロースルー 突き抜くように打つ

またカーンは
「フォロースルー」がいかに必要か何度も繰り返し強調した
日本では
打った瞬間、拳をピシッと止めたほうが衝撃力が強く
その後の余分な力は不要といわれていた
しかしカーンは
「止めようと意識して打つとパンチのスピードが落ちる
突き抜くように打つほうが効果は大きい
顔面を打つのではなく後頭部を目がけて突き抜くように打つ
これがフォロースルーだ」
「パンチにウエイトを乗せ
肩を入れて腰を捻って打つ」
「力いっぱい打ってはいけない
スナップを利かせて打ち
当たった瞬間、グッと握るべきだ」
と説明し
延々と反復練習した

栄養

銀座にあったPX(PostExchange 米軍基地内だけにある購買部)

「ヨシオ、散歩しよう」
1日2時間の練習の後、2人は散歩に出た
「ちょっと待っていなさい」
カーンはそういって銀座通りにあった米軍専用のPX(売店)に入り
ポップコーンやキャンディーを買ってきた
多くの日本人が芋粥しか食べられなかったときに
2人はそれをほお張りながら散歩を続けた
やせた犬が道路を渡っていると
カーンはそれを指さし
「イン・イングリッシュ、ドッグ、ジャパニーズ?」
「イヌ!」
白井が答えるとカーンはうなずいて「ドッグ」を何度か反復させる
有楽町近くの数寄屋橋を通るとき
「イン・イングリッシュ、ブリッジ、ジャパニーズ?」
「ハシ!」
「OK、セイ・アゲン、ブリッジ」
「ブリッジ!」
こうして白井は英語をカーンは日本語を勉強していった
そして1年後には通訳抜きで意思疎通ができるようになった
ただしそれは英語で
カーンは
すぐに日本語習得をあきらめ
その後2度と日本語は口にしなかった

カーンは
散歩時のスナックだけでなく
昼食は米軍食堂のホットドッグやハンバーグを運んできて
夜はステーキなどを白井に食べさせた

白井義男復活

カーン式トレーニングを始めて2週間後
若くて人気急上昇中だった石森信之と対戦
「グッドラック」
セコンドはカーン博士だった
1R、
白井は突進する石森の右ストレートをアゴにもらって後ろに倒れ
そのまま1回もんどりかえって立ち上がった
そしてトドメとばかりに襲いかかってくる石森のアゴに
後頭部を打ち抜くストレートが突き刺した
石森の足がキャンバスから30cmほど浮き上がり
そのまま仰向けに倒れ大の字で眠った

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