声の出演
お父さん、お母さんへの手紙
バブル景気の中で‥‥
うろ覚えで申し訳ないのですが、以前、(おそらく)宮崎監督がおしゃっていたのです。
「この映画をつくった時はバブル景気の真っただ中だった。そんな中、田舎から都会へ出てきた女の子たち、進学だったり就職だったりするだろうけど、新しい世界でいろんな人々に会い、喜んだり、落ち込んだりしながら成長していく姿が、キキと重なったのではないかな?」
というような内容だったと覚えています。
そうだったのか‥‥と私もちょうど、その89年に20歳という若さだったので、「確かに‥‥!」と深く頷いたことも同時に思い出されます。
肩肘を張っていた年代だった‥‥
肩パット入りスーツが流行った時代
この時代、1989年頃といえば、上記のようなファッションが主流でしたね!
ジャケットには必ずといっていいほど肩パットが入っているような‥‥。
なんとなく、その「肩パット」がちょうどこの時代を象徴しているような気がして‥‥。
この少し前くらいに林真理子さんの「ルンルンを買っておうちに帰ろう」という本も売れていたと思うのです。
その林さんの本の中で、
「DCブランドを着たハウスマヌカンたちが、弁当屋に列をなしていたので、興味本位でのぞいてみると、彼女たちが買う弁当は、一番安い『シャケ弁当』だった」
という(これもうろ覚えです)ような文節も出てきたかと覚えています。
服装に高いお金を使うので、一見、見た目はきらびやか、しかもハウスマヌカン(ブティックの店員さん)、イタリア料理でランチ? それとも、もっと高いところで食べるの? と思ってみたら「ほか弁」の中でも一番安い「シャケ弁当」だった‥‥。
バブルだからといって、初任給でそんなに高価なものを買えるわけではなかったでしょう。
肩肘張ってまで、DCブランドの服やらバッグや靴を買っていた時代だったな‥と、なんとなくしんみり思い出してしまいました。
落ち込むキキ
キキも都会である「コリコ」の街に着いて、自己紹介している場面がありましたね。街の人々は、無関心そうにキキに目をやると、何も言わず去っていったり‥‥。
街の女の子が着ている洋服と、自分自身が身に着けている黒いワンピースをショーウィンドウに映して、キキがどことなく屈辱的な顏をしていたシーンもあったり‥‥。
重なってしまう部分はたくさんあったな‥‥とバブル期が少女~青年期だった私は思い出します。
黒猫ジジが人間の言葉を話せなくなったのは‥‥
ジジ
なんとなく生意気口でも、どこかかわいかった黒猫ジジ。
キキとは人間の言葉で会話をしていたのに、突然、人間の言葉を喋らず、「にゃ~」と猫の声を出しはじめた‥‥!
ありましたね!
その理由には、いろいろ説があるようですが‥‥
これは宮崎監督ご自身の言葉のようですよ!
なんと!
キキの魔力が弱まったせいでもなく、キキの精神的ダメージが大きかったわけでもなく、キキが成長したから、ジジの言葉がいらなくなった‥‥とは。
それに私が一番、驚いたのは、ジジの声は元々キキ自身の声‥‥だったと!
それも成長の一つなのですね!
ジジが話せなくなった理由。魔女の宅急便の面白トリビア。 | ミネルヴァのトリビア
こちら「ミネルヴァのトリビア」様サイトに詳しく載っています。
ぜひ見てみてください。
絵描きのウルスラ
ウルスラ