国語の教科書に載っていた懐かしいみんなが好きなお話:スイミー・ごんぎつね・ちいちゃんのかげおくり・セメント樽の手紙 他

国語の教科書に載っていた懐かしいみんなが好きなお話:スイミー・ごんぎつね・ちいちゃんのかげおくり・セメント樽の手紙 他

国語の教科書には、楽しい話、悲しい話、意味が分からない話、いろいろなお話がありましたね。印象深いお話を振り返ってみましょう。


『スイミー』(レオ・レオニ)

小さな黒い魚スイミーは、兄弟みんながおおきな魚にのまれ、ひとりぼっちに。海を旅するうちに、さまざまなすばらしいものを見ます。そして、再び、大きな魚に出会いますが…。世界中で翻訳され、日本でもロングセラーを記録しているレオ=レオニの代表作です。

国語の教科書に掲載されている物語「スイミー」

国語の授業「スイミー」でグループワーク

国語で学習した「スイミー」の壁面作り(2年生)

力を合わせると、すごいことができる!

『ごんぎつね』(新美南吉)

『ごん狐』(ごんぎつね)は、新美南吉作の児童文学。南吉の代表作で、初出は『赤い鳥』1932年1月号。作者の死の直後、1943年9月30日に刊行された童話集『花のき村と盗人たち』(帝国教育会出版部)に収録された。

南吉の出身地である愛知県知多郡半田町(現在の愛知県半田市)岩滑(やなべ)地区の矢勝川や、隣の阿久比町にある権現山を舞台に書かれたといわれている。筆者が村の老人から聞いた話という体裁をとっており、「城」や「お殿様」、「お歯黒」という言葉が出てくることから、江戸時代から明治ごろが舞台となっている。

物語は村の茂平からの伝聞という形式になっている。
両親のいない小狐ごんは村へ出てきては悪戯ばかりして村人を困らせていた。ある日ごんは兵十が川で魚を捕っているのを見つけ、兵十が捕った魚やウナギを逃すという悪戯をしてしまう。それから十日ほど後、兵十の母親の葬列を見たごんは、あのとき逃がしたウナギは兵十が病気の母親のために用意していたものだと悟り、後悔する。
母を失った兵十に同情したごんは、ウナギを逃がした償いのつもりで、鰯を盗んで兵十の家に投げ込む。翌日、鰯屋に鰯泥棒と間違われて兵十が殴られていた事を知り、ごんは反省する。それからごんは自分の力で償いをはじめる。しかし兵十は毎日届けられる栗や松茸の意味が判らず、知り合いの加助の助言で神様のおかげだと思い込むようになってしまう。それを聞いてごんは寂しくなる。
その翌日、ごんが家に忍び込んだ気配に気づいた兵十は、またいたずらに来たのだと思い、ごんを撃ってしまう。兵十がごんに駆け寄ると土間に、栗が固めて置いてあったのが目に留まり、はじめて、栗や松茸がごんの侘びだったことに気づく。
「ごん、おまえ(おまい)だったのか。いつも、栗をくれたのは。」と問いかける兵十に、ごんは目を閉じたままうなずく。兵十の手から火縄銃が落ち、筒口から青い煙が出ているところで物語が終わる。
(出典:Wikipedia「ごん狐」)

国語の教科書にのっていた印象に残っている物語「ごんぎつね」

印象に残っている、国語の教科書にのっていた物語は? 第1位 ごん狐   58人(11.6%) 第2位 スイミー  34人(6.8%) 第3位 走れメロス 25人(5.0%) 第4位 ちいちゃんのかげおくり  12人(2.4%) 第5位 スーホの白い馬 11人(2.2%)

https://gakumado.mynavi.jp/freshers/articles/12869

国語の教科書で印象に残っている作品ランキング! 「スーホの白い馬」「注文の多い料理店」「こころ」あなたはどの作品? | 社会人ライフ全般 | 社会人ライフ | フレッシャーズ マイナビ 学生の窓口

『ちいちゃんのかげおくり』(あまんきみこ)

「おはなし」
お父さんが出征する前の日のことです。先祖のお墓参りに行った帰り道、ちいちゃんのお父さんは家族に「かげおくり」の遊びを教えてくれました。影法師をじっと見つめて10数え、数え終えたらすぐ空を見上げると影がそっくり空に映って見えるというのです。ちいちゃんとお兄ちゃん、お母さん、お父さんは4人で「かげおくり」をしました。影法師は、まるで記念写真のように空に映りました。

「みどころ」
第2次世界大戦の悲惨さを描く物語。ちいちゃん一家の戦争が、やさしく悲しく描かれます。体の弱いお父さんを戦争に送り、家族3人の暮らしが始まったある夏のこと、ちいちゃん一家は空襲に出会います。空襲で焼け出されたちいちゃんは一人ぼっち。空腹に絶え、生きながらえようとする姿は、多くの戦争孤児たちの姿そのものでした。家族4人のかげおくりが、胸に深く焼きつきます。小学3年生の教科書に掲載されている作品。戦争がどんなものなのか、話し合うきっかけになるでしょう。
――(ブラウンあすか)

出典:絵本ナビ「ちいちゃんのかげおくり」

ちいちゃんのかげおくり

夏のはじめのある朝、小さな女の子のいのちが、空にきえました。--悲惨な戦争の中に幼い命をとじた女の子の姿を、静かに描く。

ちいちゃんのかげおくり

あまんきみこ 作/上野紀子 絵 「ちいちゃんのかげおくり」

『くじらぐも』(なかがわりえこ)

この作品は一年二組の体育の時間に白い大きなくじらぐもが現れ、一年二組の子どもたちと先生を乗せて空を飛ぶという話である。

なかがわりえこ作 「くじらぐも」

くじらぐも

『スーホの白い馬』(大塚 勇三)

『スーホの白い馬』(スーホのしろいうま)は、モンゴルの民話。モンゴルの伝統楽器「モリンホール(馬頭琴)」の由来にまつわる物語。「スーホーの白い馬」とも呼ばれる。

日本では、大塚勇三が1967年に中国語のテキストから採話し、赤羽末吉の絵とともに福音館書店から絵本として出版。その後、ほぼ同時期に光村図書出版の小学校2年生の国語教科書に採録された。

「スーホの白い馬のあらすじ」
ある日、遊牧民の少年スーホは帰り道で倒れてもがいていた白い子馬を拾い、その子馬を大切に育てる。それから数年後、領主が自分の娘の結婚相手を探すため競馬大会を開く。スーホは立派に成長した白い馬に乗り、見事競馬大会で優勝する。

しかし、領主は貧しいスーホを娘とは結婚させず、スーホに銀貨を三枚渡し、さらには白い馬を自分に渡すよう命令する。スーホはその命令を拒否し、領主の家来達に暴行され白い馬を奪われる。

命からがら家へ辿り着くが、白い馬を奪われた悲しみは消えなかった。 その頃、白い馬は領主が宴会をしている隙を突いて逃げ出したが、逃げ出した際に領主の家来達が放った矢に体中を射られていた為、スーホの元に戻った時には瀕死の状態であった。看病むなしく白い馬は次の日に死んでしまう。

スーホは幾晩も眠れずにいたが、ある晩ようやく眠りにつき、夢の中で白馬をみる。白馬は自分の死体を使って楽器を作るようにスーホに言い残した。そうして出来たのがモリンホール(馬頭琴)であった。
(出典:Wikipedia「スーホの白い馬」)

大塚 勇三「スーホの白い馬」

昔、モンゴルの草原に、スーホという貧しい羊飼いの少年がいました。スーホはとしとったおばあさんと二人きりでくらし、大人に負けないくらいよく働きました。
ある日、スーホは生まれたばかりの小さな白い馬を拾って帰ります。スーホが心を込めて世話したおかげで、子馬は立派に育ちました。
ある年の春、殿様が町で競馬の大会を開き、一等になったもの者は殿様の娘と結婚させるという知らせが伝わってきました。
スーホは白い馬を連れて競馬大会に出て、見事一等になります。
ところが一等になったスーホが貧しい羊飼いであることを知ると、殿様はスーホにひどい仕打ちをします。

モンゴルの楽器「馬頭琴」の由来となった、せつなく悲しい物語です。
赤羽末吉氏によるダイナミックな構図の壮大なイラストが、このおはなしのスケールを大きく感じさせてくれます。
特に横長の見開きシーンは圧巻です。
権力者の不条理な対応に打ちのめされる羊飼い。
読み進みながら、憤りとせつなさを感じざるを得ません。

小学校2年生の国語の教科書に採用されており、大人と子どもを問わず愛され続けている名作。
ぜひ家の本棚に置いておきたい一冊です。

(金柿秀幸  絵本ナビ事務局長)
出典:絵本ナビ「スーホの白い馬」

大塚 勇三「スーホの白い馬」のみどころ

『大造じいさんとガン』(椋鳩十)

「大造じいさんとガン」(だいぞうじいさんとがん)とは椋鳩十による童話である。老狩人と利口なガンの知恵比べを描いた作品。

『少年倶楽部』昭和16年11月号に初出、書籍収録時に「まえがき」が加筆され、文体がです・ます調となった。小学5年生の国語の教科書(読解の学習)にも掲載され、思い出深い作品として挙げる人も多い。なお、本作はガン猟を描いたものであるが、現在はガン猟は禁止されている。
(出典:Wikipedia「大造じいさんとガン」)

「大造じいさんとガン」(椋鳩十)

国語の授業風景「大造じいさんとガン」(椋鳩十)

『セメント樽の手紙』(葉山 嘉樹)

ダム建設現場で働く男がセメント樽の中から見つけたのは、セメント会社で働いているという女工からの手紙だった。そこに書かれていた悲痛な叫びとは…。

葉山 嘉樹「セメント樽の中の手紙」

木版漫画『セメント樽の手紙』

『ふたりはともだち』の「おてがみ」(アーノルド・ローベル)

〈おてがみ〉
お手紙を今までもらったことのないがまくん。そのことを知ったかえるくんは、がまくんに内緒でお手紙を書きました。でも、配達を頼んだのがかたつむりくんだったので・・・。

『ふたりはともだち』この本の中の一編『おてがみ』が小学校の国語の教科書に掲載されていました

『ふたりはともだち』の「おてがみ」

『モチモチの木』(斎藤隆介)

『モチモチの木』(もちもちのき)は、斎藤隆介作、滝平二郎絵の絵本。1971年11月、岩崎書店発行。

峠の猟師小屋にじさまと住む豆太は臆病者で、夜はじさまを起こさないと雪隠に行けないほど。家の前にあるじさまが「モチモチの木」と名づけたトチの木が怖いのであった。

そんなある晩、じさまは腹痛で苦しみだす。じさまを助けるには暗闇の中、モチモチの木の前を通り、半里(約2km)も離れた麓の村まで医者を呼びに行かなければならない。豆太は勇気を振り絞り医者を呼びに行き、じさまは助かる。

そのときにじさまの話していた木に雪明かりがともり、モチモチの木とはこのことだったんだと意味を知る。しかし相変わらず豆太はじさまを起こさないと雪隠に行けないのであった。
(出典:Wikipedia「モチモチの木」)

斎藤隆介作「モチモチの木」

豆太は,夜中にひとりでおしっこにもいけない弱虫。でも,大好きなじさまのために……。真の勇気とは何かを問いかける感動の絵本。

斎藤隆介作「モチモチの木」

『檸檬』(梶井基次郎)

『檸檬』(れもん)は、梶井基次郎の短編小説。梶井の代表的作品である。得体の知れない憂鬱な心情や、ふと抱いたいたずらな感情を、色彩豊かな事物や心象と共に詩的に描いた作品。三高時代の梶井が京都に下宿していた時の鬱屈した心理を背景に、一個のレモンと出会ったときの感動や、それを洋書店の書棚の前に置き、鮮やかなレモンイエローの爆弾を仕掛けたつもりで逃走するという空想が描かれている。

1925年(大正14年)、中谷孝雄、外村繁らとの同人誌『青空』1月創刊号の巻頭に掲載された。単行本は、梶井の友人である三好達治らの奔走により、梶井の亡くなる1年ほど前の1931年(昭和6年)5月15日に武蔵野書院より刊行され(印刷日は5月10日)、これが梶井の生涯で唯一の出版本となった。同書には他に17編の短編が収録されている。文庫版は新潮文庫、ちくま文庫その他で刊行されている。翻訳版はアメリカ(英語: Lemon)をはじめ、各国で行われている。

「えたいの知れない不吉な塊」が「私」の心を始終圧えつけていた。それは肺尖カタルや神経衰弱や借金のせいばかりではなく、いけないのはその不吉な塊だと「私」は考えた。好きな音楽や詩にも癒されず、よく通っていた文具書店の丸善も、借金取りに追われる「私」には重苦しい場所に変化した。

友人の下宿を転々とする焦燥の日々のある朝、「私」は京都の街から街、裏通りを当てもなくさまよい歩いた。
ふと、前から気に入っていた寺町通の果物屋の前で「私」は足を止め、美しく積まれた果物や野菜を眺めた。

珍しく「私」の好きなレモンが並べてあった。「私」はレモンを一つ買った。始終「私」の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛ゆるみ、「私」は街の上で非常に幸福であった。

「私」は久しぶりに丸善に立ち寄ってみた。しかし憂鬱がまた立ちこめて来て、画本の棚から本を出すのにも力が要った。次から次へと画集を見ても憂鬱な気持は晴れず、積み上げた画集をぼんやり眺めた。

「私」はレモンを思い出し、そこに置いてみた。「私」にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。見わたすと、そのレモンの色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。それをそのままにしておいて「私」は、なに喰くわぬ顔をして外へ出ていくというアイデアを思い浮かべた。

レモンを爆弾に見立てた「私」は、すたすたとそこから出て、木っ端微塵に大爆発する丸善を愉快に想像しながら、京極(新京極通)を下っていった。
(出典:Wikipedia「檸檬 (小説)」)

『檸檬』(梶井基次郎)

梶井基次郎の短編小説『檸檬』で知られる丸善京都。店内にレモンを置くカゴも設置しています。

小説の舞台になった京都丸善のカフェでは「檸檬ケーキ」が提供される。

『かわいそうなぞう』(土家由岐雄)

『かわいそうなぞう』は、児童文学作家、土家由岐雄によるノンフィクション童話。太平洋戦争中の東京・上野動物園で、ゾウが戦時猛獣処分を受けたという実話を元にしている。

第二次世界大戦が激しくなり、東京市にある上野動物園では空襲で檻が破壊された際の猛獣逃亡を視野に入れ、殺処分を決定する。ライオンや熊が殺され、残すは象のジョン、トンキー、ワンリー(花子)だけになる。

象に毒の入った餌を与えるが、象たちは餌を吐き出してしまい、その後は毒餌を食べないため殺すことができない。毒を注射しようにも、象の硬い皮膚に針が折れて注射が出来ないため、餌や水を与えるのをやめ餓死するのを待つことにする。象たちは餌をもらうために必死に芸をしたりするが、ジョン、ワンリー、トンキーの順に餓死していく。
(出典:Wikipedia「かわいそうなぞう」)

『かわいそうなぞう』(土家由岐雄)

罪のない動物たちにまで及んだ、戦争の悲劇を伝える

児童文学作家、土家由岐雄によるノンフィクション童話『かわいそうなぞう』

『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)

「少年の日の思い出」(しょうねんのひのおもいで 原題:Jugendgedenken)は、ヘルマン・ヘッセが1931年に発表した短編小説。日本では、1931年に高橋健二の翻訳が出版され、『少年の日の思い出』の邦題となっている。

主人公の「僕」は、幼いころ蝶・蛾集めに夢中になっていた。最初は、はやりで始めた蝶・蛾集めだったが、「僕」は時間も忘れるほど夢中になっていた。

隣に住んでいる「エーミール」は、非の打ちどころのない悪徳を持っていた。彼は「僕」が捕まえた珍しい蝶(コムラサキ)を見るなり、20ペニヒと値踏みした上、様々な難癖を付け始めた。

そして「僕」はもう二度と「エーミール」に蝶を見せないと決めた。 少年たちが大きくなったある日、エーミールは珍しい蛾(クジャクヤママユ)をさなぎからかえした、といううわさが広まった。

「僕」はその蛾が見たくて彼の家を訪ねたが留守だったので、クジャクヤママユを一目見ようと彼の部屋に入り、その美しさゆえに盗みを犯してしまった。

だが、罪悪感と焦りで蛾をつぶしてしまった。すまなく思い、彼に謝りに行くが、怒りもせず軽蔑的な眼差しで冷たくあしらうだけだった。そして「僕」は収集した蛾や蝶をすべてつぶすのだった。
(出典:Wikipedia「少年の日の思い出」)

『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)

苦々しい思い出。

『少年の日の思い出』(ヘルマン・ヘッセ)

『夏の葬列』(山川 方夫)

太平洋戦争末期の夏の日、海岸の小さな町が空襲された。あわてて逃げる少年をかばった少女は、銃撃されてしまう。少年は成長し、再びその思い出の地を訪れるが…。人生の残酷さと悲しさを鋭く描いた。

どんでん返しのある作品です。

『夏の葬列』(山川 方夫)

『やまなし』(宮沢賢治)

「クラムボンがわらったよ」「クラムボンはかぷかぷわらったよ」
二匹のカニの子どもがかわす会話の不思議な響き・・・
教科書にも載っている、宮沢賢治童話を代表する、珠玉の短編です。

『やまなし』(宮沢賢治)

「やまなし」は、宮沢賢治の短編童話。1923年(大正12年)4月8日付の『岩手毎日新聞』(1933年廃刊。現在の『毎日新聞』とは無関係)に掲載された。担当編集者は当時の主筆(編集長)である岡山不衣。賢治の数少ない生前発表童話の一つであり、「雪渡り」についで発表された。また、発表に先立って執筆されたとみられる下書きの草稿が現存している。発表形との間に異同があり、現行の『新校本宮澤賢治全集』(筑摩書房)では「初期形」として収録されている。 「クラムボン」について 文中で蟹たちが語る「クラムボン」と「イサド」が何を指しているのかは不明である。「イサド」については話の内容からして場所の名前ということだけがわかっているが、「クラムボン」についてはその正体に対して様々な議論が繰り広げられている。英語で蟹を意味する crab や鎹(かすがい)を意味する crampon に由来するとする説、アメンボ説、泡説、光説、母蟹説、妹のトシ子説、全反射の双対現象として生じる外景の円形像説、「蟹の言語であるから不明」とするものや、蟹の兄弟にとって初めて見る、やまなしの花につけた造語だったとするもの、kur (人) ram (低い) pon (小さい) という「アイヌ語でコロボックル」、あるいは「解釈する必要は無い」とするもの、人間という説もある。 光村図書の小学校教科書に掲載された際には、クラムボンについて「水中の小さな生き物」との注釈が挿されたが、旧課程版では「正体はよくわからない」とも注釈されたことがある。 ちなみに、現在の教科書では『作者が作った言葉。意味はよくわからない。』と記されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%97

やまなし - Wikipedia

クラムボンがかぷかぷ笑ったよ・・・という独特の表現を覚えています。クラムボンって何?なんで「やまなし」なの?と意味が分からない話でした。

宮沢賢治「やまなし」

『こころ』(夏目漱石)

『こゝろ』(こころ)とは、夏目漱石の長編小説。友情と恋愛の板ばさみになりながらも結局は友人より、恋人を取ったために罪悪感に苛まれた「先生」からの遺書を通して、明治高等遊民の利己を書く。漱石の代表作の一つ。

1914年(大正3年)4月20日から8月11日まで、『朝日新聞』で「心 先生の遺書」として連載され、同年9月に岩波書店より漱石自身の装丁で刊行された。

上 先生と私
語り手は「私」。時は明治末期。夏休みに鎌倉由比ヶ浜に海水浴に来ていた「私」は、同じく来ていた「先生」と出会い、交流を始め、東京に帰った後も先生の家に出入りするようになる。先生は奥さんと静かに暮らしていた。毎月、雑司ヶ谷にある友達の墓に墓参りする。先生は私に何度も謎めいた、そして教訓めいたことを言う。私は、父の病気の経過がよくないという手紙を受け取り、冬休み前に帰省する。正月すぎに東京に戻った私は、先生に過去を打ち明けるように迫る。先生は来るべき時に過去を話すことを約束した。大学を卒業した私は先生の家でご馳走になったあと、帰省する。

中 両親と私
語り手は「私」。腎臓病が重かった父親は、ますます健康を損ない、私は東京へ帰る日を延ばした。実家に親類が集まり、父の容態がいよいよ危なくなってきたところへ、先生から分厚い手紙が届く。手紙が先生の遺書だと気づいた私は、東京行きの汽車に飛び乗った。

下 先生と遺書
「先生」の手紙。「先生」の手紙には謎に包まれた彼の過去が綴られていた。「K」や「お嬢さん」らとの関係とその顛末、「先生」が「私」に語った謎めいた言葉たちの真相が明かされる。
(出典:Wikipedia「こゝろ」)

『こころ』(夏目漱石)

『朝日新聞の『こころ』再連載

『こころ』(夏目漱石)

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