黒柳徹子のふしぎ発見!  38歳でタマネギ頭、そしてノーブラになるまで

黒柳徹子のふしぎ発見! 38歳でタマネギ頭、そしてノーブラになるまで

6歳のとき、演劇でキリストを演じ、羊役の子にティッシュペーパーを突きつけ「アナタ、羊でしょ。食べなさい」といってから、38歳でニューヨークへ演劇留学し、タマネギ頭、ノーブラになるまで。


徹子は、誰に対してもきちんとした敬語で話し、その言葉遣いが非常にうまい。
それは日本語学者の大野普が
「テレビに出ている人の中では1番敬語がうまい」
と評するほどだが、キレイな言葉を使うことを意識するのようになったのは、中高を過ごした香蘭女学校。
この学校では、乱暴な言葉を使っていると
「あなた、駅で乱暴な言葉を使ってらっしゃったんじゃない?
お気をつけにならないと。
香蘭の生徒として恥ずかしいとお思いにならない?」
と上級生から注意されるという厳しい伝統と環境があった。
そして正しい敬語を意識し始めた徹子は、
『そうよ』

「そうですよ」

『食べる?』

「召し上がる?」

『そっち、そっちに回って』

「そちらよ、そちらにお回りになって」
に変化。
最終的には
「~あそばせ」
をさりげなく使えることを目指した。

「敬語が難しいのは、複数の偉い方が一堂に会したときね。
私の場合、ご成婚記念で横浜にこどもの国というのができて、皇后陛下と皇太子様がいらしゃって、そこにさらにゲストの方々がいらして、会場のお客さんにも敬語を使わねきゃならないときに司会したのがかなり大変でした。
インドのネルー首相から象が寄贈されていて、紹介したんですけど、『さあ、いよいよ象が会場にいらっしゃいます』なんて動物にまで敬語を使ったりしてね」
正しい日本語に敏感な徹子は、よくやめてほしいと思う言葉遣いに遭遇する。
例えば、おいしいものを食べたときに
「ヤバい」
ということ。
「『ヤバい』ってコワい職業の方が危ないときに使う言葉でしょ?
『自分を見失うくらいおいしい』ってことを表現したいなら、なんか自分流のホメ言葉をつくるとかね」
当然、汚い言葉や人を罵倒する言葉も嫌いで
「自分の顔がどんなにブスでも『うわあ、ブス』なんて口にはしません」
といっている。

この頃はとにかく映画少女で
「美しいもの、豊かなものへの憧れはモノがなかったからこそ強まったのでしょう。
私は戦争が終わった10代の頃、食べ物より映画の中に出てくるファッションやインテリアに夢中になりました。
目に入ってくるファッションやインテリアに夢中になりました。
当時はフランス映画を貪るように観ました」
といっている。
また
「優れた音楽は人の心を豊かにしてくれるものです」
といい、映画だけでなく音楽も好き。
中でも幼い頃から親しんだクラシック音楽が大好き。
大人になって「紅白歌合戦」や「ザ・ベストテン」の司会をして歌謡曲やポップスもたくさん聴くことになったが、それでも家でいるときはクラシック音楽しか聴かなかった。
「なぜかというと歌詞がある曲っていうのは、どうしても詞に左右されてしまうのね。
例えば失恋の歌だとか、いろいろ余計なことを考えてしまうじゃない?
いろんなことにどんどん心が動いちゃっうとか。
でもクラシックなら、たとえ落ち込んでいるときでも聴いていれば、たいていが気が晴れてくる感じがするんです」

クラシック音楽の魅力を
「作曲家の人生って結構悲惨で、ベートーベンは途中で耳が聞こえなくなって自殺を考えたり、モーツァルトも随分貧しい生活を送ったようで、最後は無名墓地。
それでも命を削るようにして素晴らしい曲を残したんです。
だからこそ受け継がれてきて、クラシック音楽というのは永遠なんでしょう。
クラシックがさらに贅沢なのは、作曲家だけでなく演奏家の方もプロになるまですごく時間とお金がかかっていることね。
世界の有名な楽団に所属している演奏家はみんな幼い頃からちゃんとした先生について、そこから留学したり、コンクールで勝ち抜いたりしているわけです。
そういう選りすぐりのプロの人たちの演奏が悪かろうはずがない。
たくさんの人が集まって1つの曲を呼吸と心を合わせて演奏する。
それだけでも素晴らしいのに、目の前で起こっていること以外にも作曲家や演奏家のたくさんの時間の積み重ねがあるのがクラシックなのです」
と語る徹子は、父親の仕事をみてクラシック音楽の大変さを知った。
だから芸事に対して厳しい目を持っていて、「徹子の部屋」でお笑い芸人にムチャぶりやキツい一言を浴びせてしまうこともあり、
「芸人キラー」
「芸人潰し」
と恐れられている。


1953年2月、そんな徹子は、オペラ「トスカ」を観て
「歌手になりたい」
と思って東洋音楽大学(現:東京音楽大学)に進んだ。
そして在学中、オーケストラの演奏に加え、豪華な衣装を着た俳優が芝居をしながら歌い、コーラスやバレエまで入るオペラに魅了された。
そして
「弟子入りという感じで・・・」
日本人として初めてニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招聘されて演出を行った青山圭男の仕事場について回った。
しばらく修業した結果、
「オペラ演出家は向いていない」
と自覚。
「音楽評論家はどうだろう」
とも思ったが、
「私、シューベルトの「未完成交響曲」とチャイコフスキーの「悲愴」を聴いても、どっちがどっちかわかないのよね。
子供のころから毎日、聴きすぎて。
それで諦めました」

そして今度は
「子供に上手に絵本を読んでやれるお母さんになりたい」
と思い、NHK放送劇団の俳優募集に応募。
持参するべき履歴書を郵送してしまったり、筆記試験の会場を間違えて遅刻し、問題がわからず答案用紙の裏まで自分の長所を書き、面接では
「親にいったらこんなみっともない仕事と・・・」
「こういう世界は騙す人が多いから気をつけろと・・・」
などといいながら、約6,000人中、13人の合格者の1人になった。
養成所としては第5期生だが、テレビ俳優としては第1期生で、翌年のテレビ放送開始に向けて養成を受けた。

そしてテレビ放送が始まると通行人などに駆り出されたが
「個性が邪魔!」
「個性、引っ込めて!」
といわれて役を降ろされることもしばしば。
ラジオドラマでも劇作家に、
「日本語がヘン」
といわれてガヤガヤ要員に。
ガヤガヤ要員とは「その他大勢」とか「群衆の声」のことで、例えばドラマの中で誰かが倒れたら
「あれ?」
「どうしたんですか?」
などと訛りや声を変えながら1人で何役もしなければならず
「もっと小さな声で」
「もっとくぐもった声で」
と注意されてガヤガヤ要員からも降ろされることもあった。
そんな憂鬱な時期だったが、本読みのために通っていた劇作家の家で、劇作家の娘がいろんなことがあって家にこもっていることを知ると、すぐに部屋を伺って挨拶をした。
「あーら、お嬢様でいらっしゃいますか?
オホホホホ。
私、黒柳徹子と申します」
娘は
「彼女が入ってきたとき、まわりが明るくなって、パアッとお花畑が広がったようだった」
という。

この時代、大卒の平均月給は9千円。
そしてテレビは、1台25万円もした。
日本国内にあったテレビの台数は866台で、すべて白黒だった。
「私がよく覚えているのは、当時、アメリカのテレビから偉い人(NBCプロデューサーのテッド・アレグレッティー)がいらして
『テレビは世の中を変える力を持っている。
永久的な平和を手に入れる鍵もテレビが握っている』
という話をされたんです。
私はこの言葉を信じてテレビをやってきました」
そんなテレビの仕事に使命を感じる徹子は、初めて舞台でカメラの前に立ったとき
「ここが好き!」
と感じたという。

ただその後、何度舞台に立っても、自分の周囲を含め、俳優なら誰でも必ずみるという
「舞台でセリフを忘れて恐怖で立ち尽くす」
という夢をみることがなく
「きっと鈍感なんだわ」
と思っていた。
しかしあるとき、ついにその夢をみた。
それは芝居をやろうと思ったが台本に何も書いていないという夢。
夢をみながら
「わあ、私もみた」
と思っていたが、夢の中の自分は舞台に出ていって
「今日は台本がありませんから違う話をします」
といい、目が覚めたとき
「私、緊張しなくてやんなっちゃう」
と思った。
ちなみに徹子は、これまでの人生で9回くらいしか夢をみていないという。

日本のテレビの技術は急激に進歩し、最初は生放送しかできなかったものが収録が可能になった。
それでも編集はできず、1本の番組は最初から最後まで撮るしかなく、ミスが出たら撮り直しとなった。
こうしてニュースやバラエティなど、徐々に番組が充実してきた日本の白黒テレビ放送だったが、アメリカでは1947年にカラーテレビ放送が開始されており、日本でもカラーテレビ放送を行うべきという意見が挙がり、NHK技術研究所は、1951年からカラーテレビの実用化を目指して実験を始めた。
徹子も実験要員として駆り出され、
「モデルになってほしい」
といわれ研究所に着くと、すぐに顔の右半分を紫色に塗られた。
「せめてピンク色にしてください」
と頼んだが
「ダメなの、今日は紫色の日だから」
とわれ、左半分には白色に塗られ、シマウマのような顔でカメラの前に立たされた。

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