同曲でのDEV LARGEのリリック「所詮どの道 草食動物 肉食動物に食われるのがルール」でDEV LARGE節を炸裂させています。草食動物はジブラの名前の元にもなっているゼブラ(しまうま)を指しており、さらに肉食動物はDEV LARGEの別名である「大峠雷音(おおとうげライオン)」を用いて対比関係を作り出しています。
DJ HAZIMEのミックステープへの収録でしたが、DEV LARGEによるアンサーソングということで、非常に注目度の高い楽曲となりました。
『その後』
日本語ラップ界の重鎮同士のビーフに発展すると思われたこの一件ですが、後にZeebraが「狩人の唄」はDEV LARGEをDisったものではない、DEV LARGEは大切な友人であると発言し、当事者同士の誤解は解かれ、和解に至っています。
その後はNBAの2000年シーズンのNIKEキャンペーンの為に制作された楽曲「Player's Delight」で、ZeebraとDev Large、Twigyによるマイクリレーを披露するなど、友好な関係を維持していたようです。
しかし、この時にDev LargeはZeebraとKGDR(キングギドラ)で活動するK Dub Shineに対して不信感を持ったとされています。それはこの後にご紹介するビーフにて説明いたします。
「Player's Delight」
「DEV LARGE」と「K Dub Shine」
2004年に起こったDEV LARGEとK Dub Shineのビーフ。インターネット上に突如、DEV LARGEと思わしき人物がK Dub ShineをDisった楽曲「Ultimate Love Song」を公開します。
あえてラヴソングというキーワードを皮肉としてタイトルに盛り込み、さらにアメリカのヒップホップにおいて著名なDisソングである「New York, New York」のトラックを引用している点も、より批判の強度を感じさせました。
「MUSIC」
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DEV LARGEがDisソングを制作するに至った原因として、2004年にK Dub Shineが発売したアルバム「理由」が大きく関わっています。
同作の発売にあたり受けたインタビューで「バイリンガルでやろうとしてるヤツ、とにかく歌に何か英語のフレーズを入れりゃカッコ良いと思ってるヤツらに向かってダッセーなーって言ってる」と、英語と日本語を駆使するバイリンガルラッパーを否定したK Dub Shine。
これに反応したのが元祖バイリンガルラッパーでもあり、若い頃のアメリカ時代からK Dub Shineと親交のあったDEV LARGEでした。
「理由 SPECIAL EDITION」
雑誌の発売から間もなく制作され、公開された「Ultimate Love Song」。曲に入るまでの導入部では、K Dub Shineとのこれまでの関係性を語りながら、「嘘で固めたクソパブリックイメージをひっぺがえす」「完全な個人攻撃 お前ひとりを狙い撃ちだ」とK Dub Shineへの信頼性の欠如などを、語気を荒めた強い口調で訴えています。
そして、前項「ZeebraとDEV LARGE」で「カモ狩り」制作時に起きたK Dub Shineへの不信感も発言しています。「いつも善意の第三者のフリをしていた」「ジブラとのあの曲の時も、ヒデ(Zeebraのこと)なら言いかねないと担がれた」とまくし立てるDEV LARGE。
「あの時は人を見抜く目を俺が持ってなかったからしょうがねえよ。」と自戒しつつ、終始K Dub ShineへのDisを展開。9分にも及ぶ楽曲はネット上で大いに盛り上がることとなりました。
公開当時、クレジットが不明でDEV LARGEによる楽曲かその真偽が疑われていましたが、後日DEV LARGEがラジオ出演時に同曲を放送したことで、ラップをしているのがDEV LARGE本人であることが発覚します。
すると、同曲の発表から約10日後にK DUB SHINEからのアンサーソング「1 THREE SOME」が公開されます。DEV LARGEを「パラノイア」と罵り、アメリカのラッパーKRSワンとネリーのビーフで用いられたあいうえお作文的手法を取り入れるなど、完成度の高い楽曲でした。
すると、DEV LARGEは再びアンサーソング「前略ケイダブ様」を公開。K DUB SHINEに対して「10日も掛けてあんなもんか」と批判します。その後はK DUB SHINEからの返答はなく、事態は次第に沈静化していくことなりました。
K DUB SHINEはアルバム「理由」に収録された楽曲「来たぜ」で、初めてBUDDHA BRANDの面々と会ったアメリカでの様子を想起させるリリック「そんとき初めて出会ったブッダ バトルは俺が完全に食った」とラップしていて、これに対してDEV LARGEはK DUB SHINEではなく、Zeebraのスキルにヤラれたと主張しています。
『その後』
2015年5月4日にDEV LARGEは亡くなってしまいますが、2013年にDEV LARGEとK Dub Shineは和解しています。
そのきっかけは代々木上原で二人がバッタリと会ったこと。何が二人を引き寄せたのか、久しぶりに会話を交わし、お互いにビーフの一件を水に流そうと握手をしたそうです。そして、その翌日に開催された、同年7月に脳内出血のため逝去したMAKI THE MAGIC(キエるマキュウ)の追悼イベントに、K Dub ShineがDEV LARGEを誘います。
すると当日、DEV LARGEはCQとステージに上がり、日本語ラップのクラシックであるBUDDHA BRAND「人間発電所」を披露しています。
DEV LARGEが亡くなったことが分かると、K Dub Shineは公式発表の前でしたが堪らずツイートで追悼をしています。「長年の友人であり、ライバルでもあり、同志でもあった世界に誇る日本のヒップホッパー」と最大級の賛辞をささげ、故人を偲んでいます。