この作品で忘れることが出来ないのは、「隠密剣士」でも実力を発揮していた白影 役の牧冬吉ですね。いい役者です!
そして忘れてはいけない人気の秘密があります。「仮面の忍者 赤影」は、カラー放送だったというのが大きかったのではないでしょうか!?
因みに日本において最初のカラー放送は意外に早くて1960年です。ただ、1965年の時点でもカラーテレビの全国台数は5万台以下だったとか。
全ての放送がカラーとなったのは意外に遅くては1977年10月1日であったのです。
快傑ライオン丸
70年代に入るとチャンバラはどうなったか?仮面ライダーの放送開始が1971年。瞬く間に「変身ブーム」が起こり、チャンバラもその流れに巻き込まれました。
その第1弾といってよいでしょう「快傑ライオン丸」は1972年より放送開始されました。勿論ライオンが忍者になっているわけではありませんよ。忍者が変身してライオンになるんです。
快傑ライオン丸
ライオン丸の着ぐるみというのでしょうか、頭の部分は何種類かあったようで、場合によっては悪人のように見えて、ちょっとコワいんですよ。
因みに、当初の企画では「ライオンマン」となっていて時代劇ではなかったそうです。
後番組として「風雲ライオン丸」が1973年4月14日から同年9月29日まで放送されました。
「快傑ライオン丸」はアメリカでも人気だったようで、2002年には「Samurion」としてリメイクが企画されています。実現はしていませんが、アメリカ版も観てみたいですよね。
変身忍者 嵐
「ライオン丸」と人気を二分した変身ものチャンバラ番組が「変身忍者 嵐」です。変身ものと言うことでは原作が「仮面ライダー」の石森章太郎ということもあり、なんか本流という感じがします。
変身忍者 嵐
Amazon.co.jp: 変身忍者 嵐を観る | Prime Video
原作者だけではなく「変身忍者 嵐」は、放送局、メインライター、監督、ナレーターも「仮面ライダー」と一緒なんです。まさに時代劇版「仮面ライダー」。誰もが大ヒットを疑わなかったわけですが、結果的には裏番組の「ウルトラマンA」に視聴率争いで負けてしまうんですよ(泣)
「快傑ライオン丸」「変身忍者 嵐」だけでなく、必殺シリーズの第1弾「必殺仕掛人」が始まるのも、映画「子連れ狼(テレビ放送開始は1973年)」が公開されたのも1972年です。この年は一風変わったチャンバラ作品の当たり年だったようです。