ジバンシィが提供したヘップバーンの衣装が話題となった。
パリで一緒に Paris When It Sizzles 1964年
ヘプバーンは1964年の『パリで一緒に』で、『麗しのサブリナ』で共演したウィリアム・ホールデンと、ほぼ10年ぶりにコンビを組んだ。
撮影時は、いろいろとグダグダだった・・・
『パリで一緒に』あらすじ
マイ・フェア・レディ My Fair Lady 1964年
イライザ役を持ちかけられたヘプバーンは、自分よりもアンドリュースのほうがイライザに相応しいとしていったん断ったが、最終的にはヘプバーンがイライザ役に決まった。
自分の歌が吹き換えられることを知って、ヘプバーンは怒って、家に帰ってしまったが、しっかり反省して、翌日、全員に謝った。
吹き替えも使うが、ヘプバーンの歌はできるだけ残すという約束だったにも関わらず、最終的には歌のおよそ90パーセントがニクソンによって吹き替えられた。
後にヘプバーンは、もし歌のほとんど全てを吹き替えられることが分かっていれば、あの役を引き受けることは決してなかったと語っている。
ヘプバーンのイライザ役を巡る騒動は、第37回アカデミー賞授賞式で最高潮に達した。
舞台版のイライザ役であったジュリー・アンドリュース(右)は、同年公開の『メリー・ポピンズ』の主役に抜擢され、アカデミー賞主演女優賞を受賞した。
映画がアカデミー賞の主要部門を総なめする中、ライバル候補のジュリー・アンドリュースに奪われる形でオスカーを逃してしまったオードリーの悔しさは相当なものであったらしく、授賞式後に周囲に激しく八つ当たりする映像が残っている。